24話 二人だけの帰り道
日中にやる事が終わって、何をするでもなくボーッとしていると、ロイドさんが小さな籠を持って近づいてくる。
「休んでるところ悪いな。ベイク亭に卵を届けてきてくれねえか」
「はい!分かりました!」
ロイドさんの家で飼っている鶏が産んだ卵だ。たまにベイク夫妻の家に持っていくことがある。私は籠を抱えて玄関へ向かう。
「レオンさん、行きましょう」
「はい」
当たり前のようにレオンさんに声をかけると、レオンさんも自然と後ろへ続く。
もう、一緒に歩くことにもすっかり慣れていた。
「いらっしゃい!」
ベイク亭へ入ると、トーマスさんが大きく手を振った。
「ロイドさんから卵を預かってきました」
「おぉ、助かる!」
籠を受け取ったトーマスさんは、中を確認して満足そうに頷く。
「ちょうど切らしてたんだ!」
「それは良かったです」
すると奥からエマさんが顔を出した。
「お礼にこれ持っていって」
紙袋を手渡される。
「えっ、そんな」
「いいからいいから」
中を覗くと、焼き菓子がいくつも入っていた。
「新作も入ってるぞ!」
「また新作ですか?」
「毎日進化するからな!」
胸を張るトーマスさんに、エマさんが呆れたように笑う。
「この人、最近ますます寝なくなったのよ」
「良い案が浮かぶと眠れん!」
「身体も大事にしてくださいね」
「分かってる!」
⋯⋯たぶん分かっていない。
私は苦笑しながら紙袋を抱えた。
「ありがとうございました」
「また来いよ!」
帰る頃には、空が茜色へ染まり始めていた。
村へ続く一本道を、私とレオンさんは並んで歩く。
紙袋からは、焼きたてのお菓子の甘い香りが漂っていた。
「良い匂いですね」
「はい」
私は思わず笑う。
「ベイクへ行くと、毎回幸せな気持ちになります」
「俺も嫌いではありません」
「嫌いじゃない、ですか?」
「はい。ですが、行くたびに新作を食べることになります」
私は吹き出した。
「確かに!」
「断れませんよね」
「トーマスさん、すごい勢いで勧めてきますもんね」
「ええ。感想まで求められます」
「ふふっ」
あの真剣な品評会を思い出し、笑いが込み上げる。
「レオンさん、ちゃんと全部答えてましたよね」
「本当は難しかったです」
「意外です」
「ですが、一生懸命作ったものですから。適当に答えるのは失礼だと思いました」
その言葉に、私は少しだけ足を止めそうになった。
レオンさんは、本当に優しい人なんだ。相手が誰でも、真剣に向き合う。だから子ども達にも好かれるし、村のみんなも自然と笑顔になる。
また少し歩く。吹き抜けた風で、紙袋がふわりと揺れた。
「あっ」
手から離れそうになる。
その瞬間、レオンさんの手が紙袋を支えた。
「大丈夫ですか」
「は、はい!」
思ったより近い距離に、少しだけ胸が高鳴る。
「ありがとうございます」
「いえ」
レオンさんは何事も無かったように手を離した。
私は歩きながら、自分の胸へそっと手を当てる。⋯⋯今、少しだけ驚いただけ。きっと、それだけ。
そう自分に言い聞かせる。
しばらく歩くと、村の入口が見えてきた。
フィルがいつもの場所で待っている。
「ただいま!」
私が手を振ると、フィルは嬉しそうに枝葉を揺らした。
そして、私とレオンさんを交互に見つめる。
枝が私を指し。今度はレオンさんを指し。また私へ戻る。
「⋯⋯?」
何を言いたいんだろう。
首を傾げると、フィルはもう一度同じことを繰り返した。
「フローラ様、何か伝えたいのでしょうか」
「うーん⋯⋯」
少し考えてみる。でも分からない。フィルのことはなんでも分かるのに、今日はよく分からなかった。悔しい。
「ごめんね、フィル」
私はフィルの幹を優しく撫でた。
「何が言いたいのか分からないや」
フィルは小さく枝を揺らすと、諦めたように葉っぱをさわさわと鳴らした。
その様子がおかしくて、私は思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
レオンさんも小さく笑った。
「今日はよく笑われますね」
「レオンさんが居ると、楽しいことが多いので」
口にしてから、少しだけ恥ずかしくなった。
「あっ⋯⋯」
思わず俯く。
レオンさんは少し驚いたような顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。
「それは光栄です」
夕日が二人の影を長く伸ばしていく。
家へ帰るまで、もう特に会話は無かった。それでも、不思議と気まずくはない。静かな時間なのに、どこか心地良い。
こんな風に誰かと並んで歩くのは、いつ以来だろう。
父と歩いていた、あの頃以来かもしれない。
私は隣を歩くレオンさんを、ほんの少しだけ見上げた。
この人といると、不思議と安心する。その理由は、まだ自分でも分からなかった。
次回から、また1日1回21時に毎日投稿へ戻します。
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