22話 休日
その日の朝は、珍しく穏やかだった。
ロイドさんは回覧板に目を通しながら、お茶を飲んでいる。
私は朝食の後片付けを終え、食器を拭いていた。
「今日は静かですね」
「そうだな」
ロイドさんは湯飲みを置く。
「畑仕事も昨日終わったし、薬草も十分ある。特に急ぎの仕事は無い」
「それじゃあ今日はお休みですか?」
「そういうことになるな」
「うーん、久しぶりに心行くまでお昼寝もありですね⋯⋯」
なんだか久しぶりに何も予定の無い一日だ。
すると、隣で朝食を食べ終えたレオンさんが姿勢を正した。
「でしたら、俺は村の警備へ向かいます」
「おいおい」
ロイドさんが苦笑する。
「お前、この前まで王都で仕事してたんだろ?」
「はい」
「少しは休め」
「ですが——」
「警備なら外周の騎士達がいるし、それに村の中で何かあればフィルが一番早い」
ロイドさんが庭に立つフィルを見る。
フィルは何を話しているのか気になったのか、こちらへ枝を伸ばして窓をこつこつ叩いていた。
「今日くらいは肩の力を抜け」
「⋯⋯承知しました」
少しだけ困ったように頷くレオンさん。
私は思わず笑ってしまう。
「レオンさん、お休みの日って何をしてたんですか?」
「鍛錬です」
「え?お休みですよ?」
「だから鍛錬です」
「休んでないじゃないですか」
「⋯⋯そうでしょうか」
真面目な顔で返されてしまい、私は吹き出した。
「ふふっ」
この人、本当に真面目なんだなぁ。
ロイドさんも呆れたように笑う。
「今日はフローラ、お前さんが連れ出してやれ」
「あ、それは良いですね。レオンさんに村案内した時よりもっと楽しめると思います」
「⋯⋯そうですね。お言葉に甘えさせていただきます」
私は立ち上がる。
「レオンさん、私が休日らしいこと、教えてあげますね」
レオンさんは少し驚いた顔をした後、やや目を逸らして答える。
「よろしくお願いします」
◆
最初に向かったのはベイク亭だった。やっぱりここからだよね。
扉を開けると、甘い焼き菓子の香りが店いっぱいに広がる。
「おはようございまーす」
「おっ!」
厨房からトーマスさんが顔を出す。
「フローラ!」
そしてレオンさんを見るなり、大きく笑った。
「それに騎士!」
「レオンです」
「そうだったそうだった!」
豪快に笑うと、トーマスさんは厨房の奥へ消えていく。
嫌な予感しかしない。
「できたぞぉ!」
案の定、大皿いっぱいの焼き菓子を抱えて戻ってきた。
「新作だ!」
「またですか?」
「まただ!」
「昨日も新作でしたよね?」
「昨日とは違う!」
自信満々で胸を張る。この人の「新作」って言葉、冗談抜きでこの人から「リリィ」って言葉を聞くより聞いてると思う。最近気付いたけど、この人焼き菓子バカなんだよな⋯⋯。
「今日は蜂蜜を増やした!」
「それだけですか?」
「それだけじゃない!」
「じゃあ何ですか?」
「食べろ!」
「説明してくださいよ⋯⋯」
私が苦笑すると、奥からエマさんが出てきた。
「あなた、説明が面倒だからって毎回食べさせようとしないの」
「食べた方が早い!」
「そういう問題じゃないでしょ」
夫婦漫才を見ているだけで楽しい。
私は焼き菓子を一つ口へ運ぶ。
「⋯⋯美味しい!」
蜂蜜の優しい甘さが広がる。
レオンさんも一つ食べ、小さく頷いた。
「甘さが控えめで食べやすいですね」
「おっ!」
トーマスさんの目が輝く。
「どこがだ!」
「え?」
「もっと詳しく!」
「えぇ⋯⋯」
レオンさんが珍しい顔をするものだから、私は横で笑いを堪えるのがやっとだ。
「レオンさん、頑張ってください」
「護衛より難しい任務かもしれません」
「ふふっ」
結局レオンさんは真剣に焼き菓子の感想を語ることになり、その間トーマスさんは何度も頷きながら紙へ書き留めていた。
「なるほど⋯⋯食感か⋯⋯そこは気付かなかった⋯⋯」
最後には両手を握り締める。
「ありがとう!参考になった!」
「い、いえ⋯⋯」
レオンさんは少し照れくさそうだった。
エマさんはそんな二人を見て笑う。
「あなた、今日は良い先生が見付かったわね」
「次の新作も頼む!」
「毎日来てもらう気ですか」
私が笑うと、店中が笑い声に包まれた。
ベイク亭を出る頃には、お昼前になっていた。
「さて」
私は空を見上げる。
「次はどこへ行きましょうか」
目的も無く村の中を歩く。
畑では村人達が手を振り、井戸端ではおばあちゃん達がお喋りをしている。
「フローラちゃん、おはよう!」
「おはようございます!」
この村では誰と目が合っても自然と挨拶になる。レオンさんはそんな様子を静かに見渡していた。
「皆さん、本当に仲が良いのですね」
「はい」
私は少しだけ笑う。
「最初は私も驚きました。王都では、近所の人と毎日挨拶することなんてありませんでしたから」
「そうなのですか?」
「はい。もちろん仲の良い方はいましたけど、ここまで村全体が家族みたいな感じではありませんでした」
レオンさんは小さく頷く。
「確かに、王都では隣に住む人の顔も知らないことがあります」
「そうなんです」
少し歩くと、小さな橋が見えてきた。
橋の下には透き通った川が流れ、小魚が群れになって泳いでいる。
「綺麗⋯⋯」
私は橋の欄干へ寄り掛かった。
レオンさんも隣へ並ぶ。
「ここ、好きなんです。何も考えずに水を眺めているだけで落ち着くので」
しばらく二人で川を眺める。
言葉は無い。でも、その沈黙は心地良かった。
村を歩き始めてから何度も思う。レオンさんとは、不思議と無理に話題を探さなくても気まずくならない。それが少し嬉しかった。
「フローラ様」
「はい?」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「王宮にいた頃⋯⋯休日は何をされていたのですか」
私は少し考える。
「休日と言っても、フィルのお世話は毎日でしたから、休日らしい休日は無かったですね。ああでも、お父さんが生きていた時は、たまに王都に遊びに行ってましたね」
「なるほど」
私が小さい頃。基本的にはずっと結界樹のお世話をしていたが、たまにお父さんが王都に連れて行ってくれて、今日みたいに焼き菓子を買ったりして遊んでいた。帰るとフィルが焼き菓子の匂いに釣られて葉っぱをわさわさ揺らして、みんなでワイワイとしていた。
最近はフィルの傍にいるだけで、こんな事ほとんど無かったな。
私は今思ったままを話す。
「だから今、こうしてまた誰かと休日を過ごせることが、とても嬉しいんです」
レオンさんは何も言わなかった。
ただ、私の言葉を静かに受け止めるように頷いた。
そのまま歩き続けると、フィルが見えてきた。
子ども達に囲まれながら枝を伸ばし、何やら遊んでいる。
「あれ?」
近付いてみると、リリィちゃん達が縄を持っていた。
「フローラお姉ちゃん!」
「何してるの?」
「縄跳び!」
見ると、フィルが両端を枝で持ち、器用に縄を回していた。
「いーち!」
「にー!」
「さーん!」
ルーク君が楽しそうに飛び跳ねる。
「フィル、そんなことまで出来るの?」
聞いてみると、さわさわと得意そうに枝葉を揺らしている。
「本当に器用になったね」
私は思わず笑った。レオンさんも少し口元を緩める。
「子ども達も、フィル様も、とても楽しそうです」
「みんな友達ですから」
「友達⋯⋯ですか」
レオンさんはその言葉を小さく繰り返した。
少しだけ間が空く。
「俺には、そう呼べる相手がほとんど居ませんでした」
「え?」
「騎士になるための訓練ばかりでしたから」
「休みの日も?」
「鍛錬です」
思わず吹き出してしまう。
「また鍛錬ですか」
「はい」
「真面目ですね」
「それしか知りませんでした」
その言葉には、どこか寂しさが混じっていた。
私は少しだけ考えてから笑う。
「じゃあ、これから覚えていきましょう」
「覚える?」
「休日の過ごし方です」
レオンさんは少し目を丸くする。
「美味しいものを食べたり、みんなで遊んだり、お散歩したり。そういうのも、きっと悪くありませんよ」
レオンさんはしばらく黙っていた。やがて、小さく笑う。
「⋯⋯そうですね。今日一日で、少し分かった気がします」
その笑顔を見て、私も嬉しくなる。
「また、お休みの日が合ったら一緒にお散歩しましょう」
「はい」
レオンさんは穏やかに頷いた。
「その時は、またよろしくお願いします」
春風が村を吹き抜ける。子ども達の笑い声。フィルの葉擦れの音。それらを聞きながら、私は心の中でそっと思った。
こんな休日が、これからもずっと続けばいいな。
次回は明日0時に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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