20話 畑仕事
森へ薬草採取に行った翌日。
朝食を食べ終えた私は、籠を抱えて家の外へ出た。
「フローラ様、本日はどちらへ?」
後ろからレオンさんが声を掛けてくる。
「今日は畑仕事です」
ロイドさんの家の裏には、小さいながらも畑がある。
季節の野菜を育てていて、普段はロイドさんやノア君のお父さん達が世話をしているが、私も時間がある日は手伝わせてもらっていた。
「畑仕事⋯⋯ですか」
「はい。野菜のお世話も植物のお世話ですから」
私は笑いながら鍬を持つ。
するとレオンさんは少し考え込み、真面目な顔で言った。
「俺にも何か手伝えることはありますか?」
「え?」
「護衛とはいえ、見ているだけというのも落ち着きません」
レオンさんらしい。
「もちろんです」
私は鍬を一本手渡した。
「じゃあ今日は、一緒に畑仕事をしましょう」
「よろしくお願いいたします」
◆
「まずは、この雑草を抜いていきます」
私は畑の端へしゃがみ込む。
「こうやって根元を持って、ゆっくり引っ張るんです」
説明しながら力を加えると⋯⋯綺麗に抜けた。
「なるほど」
レオンさんも同じようにしゃがみ込む。
しかし。ぶちっと音が鳴り——。
「あっ」
葉っぱだけ取れてしまった。
「根っこが残っちゃいましたね」
「も、申し訳ありません⋯⋯!」
「謝ることじゃないですよ」
私は思わず笑う。
「もう一回やってみましょう」
今度は慎重に——よし!
「出来ました」
「はい、上手です」
褒めると、レオンさんは少しだけ嬉しそうだった。
それから二人で雑草を抜き続ける。
「次は畝を整えます」
鍬を使って土を寄せる。
レオンさんは真剣な表情で見ていた。
「やってみます」
「はい」
最初はぎこちなかった動きも、数分後には見違えるほど綺麗になっていた。
「凄い⋯⋯」
私は思わず声を漏らす。
「覚えるの早いですね」
「剣と同じです。最適な動き方を考えながら素振りをする時のように、今も最適な動き方を考えています」
そう言われると、確かに無駄な動きが全く無い。
「騎士さんって凄いんですね」
「いえ」
レオンさんは首を横へ振る。
「先生が良いので」
「え?」
「教え方がお上手です」
突然そんなことを言われ、私は少し照れてしまった。
「そ、そんなことありませんよ」
「あります」
真顔で返される。
この人、本当に思ったことをそのまま言うんだなぁ⋯⋯。そんな時、聞き覚えのある音が聞こえる。
さわっ。
「フィル?」
いつの間にか歩行フォームのフィルが畑の横まで来ていた。
枝をゆらゆら揺らしながら、こちらを見ている。⋯⋯目は無いんだけど。
「おはよう」
さわさわ。
「フィルも手伝いたいの?」
ぶわっ!
元気よく葉っぱが揺れる。
「じゃあ、お水お願いできる?」
私はジョウロを指差す。
フィルは枝で器用にジョウロを持ち上げると、井戸から水を汲み始めた。
「凄い⋯⋯」
レオンさんが少し驚いたように呟く。
「もう何でも出来ますね」
「最近どんどん器用になってるんです」
フィルは嬉しそうに畑へ水を撒いていく。
「うん、上手上手」
さわさわ。
褒められて嬉しかったのか、フィルの枝が大きく揺れた。
そして————調子に乗った。
ぶわっ!!
ジョウロいっぱいの水を、一気に空へ放り投げる。
「え?」
大量の水が弧を描き——。
「きゃっ!」
私とレオンさんへ降り注いだ。
いや、それだけじゃない。畑の土が一気に泥へ変わる。
「フィルーー!!」
「フローラ様!危ない!」
慌てて叫ぶと、バランスを崩してしまう。それをレオンさんが支えようとして——逆にレオンさんの足が滑った。
「⋯⋯!」
レオンさんは、見事に尻もちをついた。
白かった騎士服が、一瞬で泥まみれになる。
「⋯⋯⋯⋯」
レオンさんはそのまま固まった。
私は必死に笑うのを我慢する。でも無理だった。
「あっ⋯⋯あはっ⋯⋯!」
肩が震える。
「ご、ごめんなさい⋯⋯!」
謝りながらも笑いが止まらない。笑ったらいけないと思えば思うほど、笑ってしまう。
「ふふっ⋯⋯あはははは!」
レオンさんを見る。
髪にも泥。頬にも泥。なのに真顔。それが余計におかしい。
「あはははっ!レオンさん、その格好⋯⋯!」
フィルは枝をしゅんと下げている。
どうやら反省しているらしい。
「⋯⋯⋯⋯」
しばらく沈黙。
やがてレオンさんは自分の服を見る。⋯⋯そして、小さく笑った。
「⋯⋯これは」
一呼吸置く。
「なかなか酷いですね」
その一言で、私はさらに吹き出した。
「もうっ⋯⋯!あはははは!」
笑い過ぎて涙が出てくる。
フィルも恐る恐る枝を伸ばし、レオンさんの肩をつついた。
さわっ。
「許してほしいの?」
ぶわっ⋯⋯。
申し訳なさそうに葉っぱが揺れる。
レオンさんはそんなフィルを見上げると、小さく笑って幹を軽く叩いた。
「気にしないでください。誰にでも失敗はあります」
フィルは安心したように、葉っぱをさわさわと揺らした。
「レオンさん、フィルを甘やかさないでください」
「で、ですが⋯⋯」
「フィル?罰として、ここら辺の水分量が適正になるように地面の水を吸い上げて。あと、フィルが普段から蓄えている栄養も、少し畑に分けてあげなさい」
「⋯⋯⋯⋯」
「しゅんとしてもダメ!ロイドさんに迷惑がかかるんだから!分かった?」
「⋯⋯⋯⋯」
フィルは力無く頷いた。
「おーい!」
すると、畑の向こうからガストンさんの声が聞こえる。
「どうしたー!⋯⋯って、がはははは!」
レオンさんを見るなり、大笑いした。
「騎士様が泥だらけじゃねぇか!」
その笑い声を聞き付けた村人達も集まってくる。
「まあ!」
エマさんが口元を押さえる。
「レオンさん、大丈夫ですか?」
「はい」
「ちょっと待ってな!」
トーマスさんが笑いながら言う。
「うちで風呂入っていけ!」
「着替えも用意するわ」
エマさんも頷く。
マーサさんは笑いながらタオルを差し出した。
「騎士さんも泥遊びするんだねぇ」
村人達が笑う。
私も思い出したかのように笑ってしまう。
フィルも嬉しそうに枝葉を揺らす。みんなが笑っていて、釣られて元気を取り戻したようだ。
その輪の中心で、レオンさんは少し照れたように笑った。
「⋯⋯皆さんには敵いませんね」
次回は本日19時に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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