1話 フローラ・リーフレット
こちら、短編版「王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした」の連載版になります。
短編版はこちらをどうぞ。
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「おはよう、フィル」
いつものように結界樹——フィル——の幹へ手を当てる。
朝露に濡れた葉っぱは、朝日を浴びて気持ちよさそうに輝いていた。
葉っぱを一枚持ち上げて裏側まで確認する。
虫はいない。色艶も良い。枝にも異常は見当たらなかった。
「今日も元気そうで安心した」
幹をぽんぽんと軽く叩くと、枝葉がさわりと揺れる。毎朝見ている光景なのに、それだけで少し嬉しくなった。
根元の土へ水を与えながら、ゆっくり様子を見ていく。少しだけ乾いていた土が水を吸い込み、落ち着いた色へ変わっていく。
⋯⋯今日はこれくらいで大丈夫かな。
私はじょうろを置き、今度は幹の周りをぐるりと一周する。
小さな傷が付いていないか、枝が折れていないか。毎日見ているからこそ、小さな変化にも気付ける。
「よし、異常なし」
思わず笑みが零れた。
今日もフィルは元気だ。それだけで十分嬉しい。
あと一か月もすれば、この枝いっぱいに花が咲く。あの景色を見るのが私は大好きだった。
王宮のみんなも毎年楽しみにしているけれど、一番楽しみにしているのは、きっと私だ。
「今年も綺麗に咲かせようね」
枝葉がまた小さく揺れる。
「ふふっ。任せてって顔してる」
もちろん、本当に返事をしているわけじゃない。
でも、長い付き合いだから分かることもある。嬉しい時、元気な時、少し疲れている時など、フィルの小さな違いは、何となく伝わっていた。赤子の時から一緒に過ごしてきて、家族同然のフィルと私には、人間と植物という壁を超えた絆がある、と私は思っている。
とにかく、今日のフィルはとても元気そうだ。
私は満足して立ち上がる。
今日のお世話はこれで終わり。午後になったら、もう一度様子を見に来よう。
そう思って振り返った時だった。
「フローラ・リーフレット様」
後ろから声を掛けられ、私は足を止めた。
振り返ると、王族近衛騎士の一人が立っている。この王宮内では見回りの騎士は良く見れど、近衛騎士は滅多に見ないので少し驚いた。
陽光のような金色の短髪に、温かな印象を与える琥珀色の瞳。肌は健康的に日焼けしていて、顔つきは誠実さが滲み出る端正な顔立ちだ。こんな人が居たんだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
軽く挨拶を返すと、騎士さんは少しだけ表情を引き締めた。
「ガイアス王太子殿下がお呼びです」
「⋯⋯ガ、ガイアス殿下が?」
驚いた。王宮内に住んでいる私だが、王族と謁見するなんてことは殆ど無い。
結界樹について話すことはある。でも相手は担当の大臣や貴族ばかりだ。
ガイアス殿下と直接お話しした回数なんて、覚えている限り片手で足りるはず。
いったい何の話だろう。⋯⋯普通のことではなさそうだ。
「分かりました。すぐ向かいます」
「お願いいたします」
少し不安なまま騎士さんの後ろを歩きながら、私はもう一度だけ振り返る。
「行ってくるね、フィル」
枝葉がさらりと揺れた。
その姿を見届けてから、私は王宮の廊下を歩いていく。
謁見の間へ向かう道は、滅多に通らない。王族と会うのだ、下手な粗相をすれば最悪死罪も有り得る。⋯⋯お腹痛くなってきた。
今日はどんな話をされるんだろう。結界に異変でもあったのだろうか。
そんなことを考えているうちに、大きな扉の前へ着いた。
騎士さんが扉を開く。
「フローラ・リーフレット様をお連れしました」
私は深く頭を下げ、そのまま中へ入る。
最初に目へ入ったのは、玉座の前に立つガイアス殿下だった。アッシュブラウンの髪を無造作に跳ねさせ、青みがかった灰色の瞳はどこか冷たさを感じさせる。肌は真っ白で、それも彼の印象を冷たい印象にさせた。
ガイアス殿下の隣には宰相であるアーヴィン様。さらに、見たことない何人もの貴族が並んでいる。
なんだか人が多い。
それに、部屋の空気が重かった。
誰も口を開かない。
何かあったのだろうか。そんな不安が胸をよぎる。
ガイアス殿下は私を見ると、小さく息を吐いた。————その表情は、どこか苦しそうに見えた。
「フローラ・リーフレット」
「はい」
名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばす。
ガイアス殿下は少しだけ目を伏せると、静かに口を開いた。
「本日をもって、お前を王宮結界樹管理人の任から解任する」
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