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0話 結界樹、大地に立つ

こちら、短編版「王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした」の連載版になります。


短編版はこちらをどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n7071mh/

 朝。

 今日も太陽が昇る。ぽかぽかして気持ちがいい。


 大樹は葉っぱを揺らした。毎朝、この時間になると来る人がいる。


 大好きな人だ。優しく笑って、幹を撫でてくれる。お水をくれて、自分を齧る虫を追い払ってくれる。いつも優しく声をかけてくれる。


『おはよう、フィル』


 今日も、その声を待つ。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯しかし、来ない。

 大樹の葉っぱが少しだけ垂れた。


 でも、大丈夫。

 きっと遅れているだけだろう。もう少し待とう。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯やはり、来ない。

 風だけが吹き抜ける。


 昨日も、その前の日も来ていない。

 ⋯⋯寂しい。


 大樹の葉っぱが、しゅんと下を向いた。


「おはようございます!」


 ————来た!

 そう思ったが、そこには「あの人」じゃない、別の女の人が居た。

 ⋯⋯⋯⋯違う。


「うーん⋯⋯なんで元気無いんでしょうか⋯⋯」


 挨拶してきた女の人は、じょうろでたっぷり水をくれる。他にも色々触ったり、手入れをしてくれる。だが————。


「元気になりません⋯⋯なんでぇ⋯⋯!」


 ————違う。欲しいのは水じゃない。

 大樹の葉っぱは、垂れたまま動かなかった。


「どうかしたんですか?」

「あっ、おはようございます!」


 女性は、見回りの騎士に声をかけられて挨拶をする。

 騎士は元気が無い大樹を見上げ、その管理を任されている女性を見比べ、悟ったように声をかけた。


「ミリア様、どうやら上手く行っていないようですね」

「ううっ⋯⋯そうなんです⋯⋯理論的には、この薬に肥料、光源や水の魔力量など完璧な筈なんですけど⋯⋯」

「私には良く分かりませんが⋯⋯さすが、王立植物研究所の首席卒業者ですね。お詳しい」

「今上手く行ってないんじゃ、意味が無いですよぉ⋯⋯。なんでだろう、未知の病気とかなのかなぁ⋯⋯?」


 ————違う。体は元気だ。

 元気な体と違い、心は——寂しい、会いたい。そう叫んでいて、苦しかった。


 そして————大樹の枝が、小さく揺れる。


 行こう。

 会いに行こう。

 そうだ、来てくれないなら自分から会いに行けば良いんだ。なんかその気になったら、「あの人」がどこにいるのか分かったから。


 ズボッ。


「⋯⋯え?」


 騎士が固まる。


「⋯⋯え?」


 女性も、騎士と同じように固まった。


 ズボッ。

 

 もう一本。


 ズボボボボボッ!!


 無数の根が地面から飛び出し、土が舞う。

 大樹は己の意思で無数の根を地面から引き剥がし、その立派な根で大地に立った(・ ・ ・)


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 女性と騎士は、口を開けたまま動かない。


 早く会いたい。すぐに行こう。

 大樹は一本の根を前へ出した。


 どしん。

 一歩、歩いた。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯え?あ、あの⋯⋯」


 どしん、どしん、どしん、どしん。

 根が大地を踏みしめる度、重厚な歩行音が王宮に響く。鳥や虫はその羽で、王宮からなるべく離れようと一斉に飛び立つ。


 ずずん、ずずん、ずずん、ずずん。

 大樹が歩を進めることで、その体積によって大地がずりずりと抉れ、地面が揺れた。


「⋯⋯⋯⋯」

「あ、あの!ミリア様!け、結界樹が⋯⋯!!」


 女性はまだ止まっている。

 ————そして数秒後。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 王宮中に響くほどの悲鳴だった。


「あ、あああ、ある、歩いたぁぁぁぁぁ!?」


 女性の声に、騎士も釣られて大きな声で驚く。


「び、びっくりしたぁ!え、あれどうなってるんですか!?」

「えぇぇぇぇ!?」

「ど、どうしてですか!?驚いてないで、答えてくださいよ!!」


 もちろん女性は答えられるはずがない。

 長い王国の歴史でも、結界樹が——というか、木が歩いたなんて話は聞いたことが無いからだ。


 大樹にも、なぜ歩けているのか分からなかった。

 ただ、会いたい。それだけの思いで歩を進める。

 だから歩く。大樹はそのまま門へ向かう。


「ま、待ってください!」


 女性が大樹を追い掛け、駆け出す。しかし、大樹は意に介さず、歩を緩めない。

 

 どしん、どしん。


「待ってくださいってば!」


 もちろん止まらない。大樹は足——根の歩みを止めない。


「ミリアさん!私が止めてみせます!」

「騎士さん!」


 女性よりも健脚である騎士が、大樹を追い掛ける。

 しかし————大樹は意外と速い。歩幅(?)が大きいからだ。


「は、速い!!」

「なんで歩く木がそんな速いんですかぁぁぁ!?」


 ほかの騎士達も、騒ぎを聞き付けて集まってきた。


「何事だ!」

「侵入者か!」

「違う!結界樹が歩き出して——王宮を脱走しようとしている!!」

「⋯⋯⋯⋯は?」


 全員が大樹を見た。


 どしん、どしん、どしん、どしん。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 一人の騎士が、隣の騎士へ聞いた。


「おい⋯⋯」

「なんだ⋯⋯」

「結界樹って⋯⋯歩くのか?」

「⋯⋯⋯⋯普通、木は歩かんだろう⋯⋯」

「そう、だよな⋯⋯」

「でも、あれって⋯⋯どう見ても歩いてる⋯⋯よな⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 大樹は、混乱する騎士達の横を普通に通り過ぎようとする。彼らが混乱していることなど、まるで意に介さない。


「と、止まれ!」


 騎士の一人が、使命を思い出し正気を取り戻した。なるべく大きな声で、大樹に静止を呼びかける。


 それに対し、大樹は枝を一本だけ上げた。

 

 ひらひら。

 まるで、『おはよう』と挨拶するように。

 ⋯⋯そして、そのまま通り過ぎる。


「無視されたぁぁぁ!!」


 騎士が叫んだ。


「木に無視されたぞ!?俺って、木より遥かに下なのか!?」


 王宮は大混乱に包まれた。

 

 それでも、大樹は歩く。

 そのまま門の前まで来た。門番が慌てて門を閉める。


「ここで止まっ————」


 大樹の枝が伸びた。

 ガチャ、と音が鳴ると、そのまま器用に門を開けた。


「開けたぞ!!?」

「木が自分で開けたのか!?嘘だろ!?」


 門番達の絶叫を背に、大樹は王宮の外へ出た。

 門の先には王都が広がっている。しかし、大樹にとっては王宮の敷地内に居ようが、王都の街中に居ようが、何も無い荒野にいようが関係なかった。大好きな「あの人」が居るか居ないか、それだけが全てだった。


 王都の中をどしん、どしんと歩く度、舗装された地面が壊れていく。王都の人々は、歩く大樹を唖然と眺めていた。


 途中、「あの人」が好きだった焼き菓子屋を見つけると、大樹は葉っぱを嬉しそうに揺らす。

 あの人に早く会いたい。焼き菓子を持って行ったら、喜ぶかな。


 大樹は焼き菓子屋の前で止まると、その枝を焼き菓子屋に向けて伸ばす。

 それはまるで、「はじめてのおつかい」であった。


「?もしかして、クッキーが欲しいのかい?」

「⋯⋯⋯⋯」——ざわざわ

「あー、はいはい。嬢ちゃんが言っていたのはアンタの事なんだね。⋯⋯はいよ、出来たてのクッキーさね。嬢ちゃんに渡してやりなね」

「⋯⋯⋯⋯」——ひゅんひゅん

「お金は嬢ちゃんにつけておくから、また来なさいと伝えておいておくれ」

「⋯⋯⋯⋯」——さわさわ


 大樹は「あの人」へのお土産を手に入れると、まるで会釈するかのように焼き菓子屋へ枝を下げた。


 そして、そのまま軽やかな足取り(?)で「あの人」のもとへ歩いていく。


 これは、寂しがり屋の大樹と、その家族の物語。

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