0話 結界樹、大地に立つ
こちら、短編版「王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした」の連載版になります。
短編版はこちらをどうぞ。
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朝。
今日も太陽が昇る。ぽかぽかして気持ちがいい。
大樹は葉っぱを揺らした。毎朝、この時間になると来る人がいる。
大好きな人だ。優しく笑って、幹を撫でてくれる。お水をくれて、自分を齧る虫を追い払ってくれる。いつも優しく声をかけてくれる。
『おはよう、フィル』
今日も、その声を待つ。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯しかし、来ない。
大樹の葉っぱが少しだけ垂れた。
でも、大丈夫。
きっと遅れているだけだろう。もう少し待とう。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯やはり、来ない。
風だけが吹き抜ける。
昨日も、その前の日も来ていない。
⋯⋯寂しい。
大樹の葉っぱが、しゅんと下を向いた。
「おはようございます!」
————来た!
そう思ったが、そこには「あの人」じゃない、別の女の人が居た。
⋯⋯⋯⋯違う。
「うーん⋯⋯なんで元気無いんでしょうか⋯⋯」
挨拶してきた女の人は、じょうろでたっぷり水をくれる。他にも色々触ったり、手入れをしてくれる。だが————。
「元気になりません⋯⋯なんでぇ⋯⋯!」
————違う。欲しいのは水じゃない。
大樹の葉っぱは、垂れたまま動かなかった。
「どうかしたんですか?」
「あっ、おはようございます!」
女性は、見回りの騎士に声をかけられて挨拶をする。
騎士は元気が無い大樹を見上げ、その管理を任されている女性を見比べ、悟ったように声をかけた。
「ミリア様、どうやら上手く行っていないようですね」
「ううっ⋯⋯そうなんです⋯⋯理論的には、この薬に肥料、光源や水の魔力量など完璧な筈なんですけど⋯⋯」
「私には良く分かりませんが⋯⋯さすが、王立植物研究所の首席卒業者ですね。お詳しい」
「今上手く行ってないんじゃ、意味が無いですよぉ⋯⋯。なんでだろう、未知の病気とかなのかなぁ⋯⋯?」
————違う。体は元気だ。
元気な体と違い、心は——寂しい、会いたい。そう叫んでいて、苦しかった。
そして————大樹の枝が、小さく揺れる。
行こう。
会いに行こう。
そうだ、来てくれないなら自分から会いに行けば良いんだ。なんかその気になったら、「あの人」がどこにいるのか分かったから。
ズボッ。
「⋯⋯え?」
騎士が固まる。
「⋯⋯え?」
女性も、騎士と同じように固まった。
ズボッ。
もう一本。
ズボボボボボッ!!
無数の根が地面から飛び出し、土が舞う。
大樹は己の意思で無数の根を地面から引き剥がし、その立派な根で大地に立った。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
女性と騎士は、口を開けたまま動かない。
早く会いたい。すぐに行こう。
大樹は一本の根を前へ出した。
どしん。
一歩、歩いた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯え?あ、あの⋯⋯」
どしん、どしん、どしん、どしん。
根が大地を踏みしめる度、重厚な歩行音が王宮に響く。鳥や虫はその羽で、王宮からなるべく離れようと一斉に飛び立つ。
ずずん、ずずん、ずずん、ずずん。
大樹が歩を進めることで、その体積によって大地がずりずりと抉れ、地面が揺れた。
「⋯⋯⋯⋯」
「あ、あの!ミリア様!け、結界樹が⋯⋯!!」
女性はまだ止まっている。
————そして数秒後。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
王宮中に響くほどの悲鳴だった。
「あ、あああ、ある、歩いたぁぁぁぁぁ!?」
女性の声に、騎士も釣られて大きな声で驚く。
「び、びっくりしたぁ!え、あれどうなってるんですか!?」
「えぇぇぇぇ!?」
「ど、どうしてですか!?驚いてないで、答えてくださいよ!!」
もちろん女性は答えられるはずがない。
長い王国の歴史でも、結界樹が——というか、木が歩いたなんて話は聞いたことが無いからだ。
大樹にも、なぜ歩けているのか分からなかった。
ただ、会いたい。それだけの思いで歩を進める。
だから歩く。大樹はそのまま門へ向かう。
「ま、待ってください!」
女性が大樹を追い掛け、駆け出す。しかし、大樹は意に介さず、歩を緩めない。
どしん、どしん。
「待ってくださいってば!」
もちろん止まらない。大樹は足——根の歩みを止めない。
「ミリアさん!私が止めてみせます!」
「騎士さん!」
女性よりも健脚である騎士が、大樹を追い掛ける。
しかし————大樹は意外と速い。歩幅(?)が大きいからだ。
「は、速い!!」
「なんで歩く木がそんな速いんですかぁぁぁ!?」
ほかの騎士達も、騒ぎを聞き付けて集まってきた。
「何事だ!」
「侵入者か!」
「違う!結界樹が歩き出して——王宮を脱走しようとしている!!」
「⋯⋯⋯⋯は?」
全員が大樹を見た。
どしん、どしん、どしん、どしん。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
一人の騎士が、隣の騎士へ聞いた。
「おい⋯⋯」
「なんだ⋯⋯」
「結界樹って⋯⋯歩くのか?」
「⋯⋯⋯⋯普通、木は歩かんだろう⋯⋯」
「そう、だよな⋯⋯」
「でも、あれって⋯⋯どう見ても歩いてる⋯⋯よな⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
大樹は、混乱する騎士達の横を普通に通り過ぎようとする。彼らが混乱していることなど、まるで意に介さない。
「と、止まれ!」
騎士の一人が、使命を思い出し正気を取り戻した。なるべく大きな声で、大樹に静止を呼びかける。
それに対し、大樹は枝を一本だけ上げた。
ひらひら。
まるで、『おはよう』と挨拶するように。
⋯⋯そして、そのまま通り過ぎる。
「無視されたぁぁぁ!!」
騎士が叫んだ。
「木に無視されたぞ!?俺って、木より遥かに下なのか!?」
王宮は大混乱に包まれた。
それでも、大樹は歩く。
そのまま門の前まで来た。門番が慌てて門を閉める。
「ここで止まっ————」
大樹の枝が伸びた。
ガチャ、と音が鳴ると、そのまま器用に門を開けた。
「開けたぞ!!?」
「木が自分で開けたのか!?嘘だろ!?」
門番達の絶叫を背に、大樹は王宮の外へ出た。
門の先には王都が広がっている。しかし、大樹にとっては王宮の敷地内に居ようが、王都の街中に居ようが、何も無い荒野にいようが関係なかった。大好きな「あの人」が居るか居ないか、それだけが全てだった。
王都の中をどしん、どしんと歩く度、舗装された地面が壊れていく。王都の人々は、歩く大樹を唖然と眺めていた。
途中、「あの人」が好きだった焼き菓子屋を見つけると、大樹は葉っぱを嬉しそうに揺らす。
あの人に早く会いたい。焼き菓子を持って行ったら、喜ぶかな。
大樹は焼き菓子屋の前で止まると、その枝を焼き菓子屋に向けて伸ばす。
それはまるで、「はじめてのおつかい」であった。
「?もしかして、クッキーが欲しいのかい?」
「⋯⋯⋯⋯」——ざわざわ
「あー、はいはい。嬢ちゃんが言っていたのはアンタの事なんだね。⋯⋯はいよ、出来たてのクッキーさね。嬢ちゃんに渡してやりなね」
「⋯⋯⋯⋯」——ひゅんひゅん
「お金は嬢ちゃんにつけておくから、また来なさいと伝えておいておくれ」
「⋯⋯⋯⋯」——さわさわ
大樹は「あの人」へのお土産を手に入れると、まるで会釈するかのように焼き菓子屋へ枝を下げた。
そして、そのまま軽やかな足取り(?)で「あの人」のもとへ歩いていく。
これは、寂しがり屋の大樹と、その家族の物語。
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