18話 森の猟師
歓迎会から数日。
朝食を食べ終え、食器を片付けていると、ロイドさんの家へマーサさんがやって来た。
「フローラ、ちょっといいかい?」
「はい、どうしました?」
マーサさんは少し困ったように笑う。
「薬草の在庫が減ってきてねぇ。悪いけど、森に採ってきてもらえないかい?」
「もちろんです!」
薬草採取なら大歓迎だ。
王宮では結界樹の世話が中心だったから、こうして森へ入る機会は少なかった。植物に囲まれる時間は、私にとって何より落ち着く時間でもある。
「俺も同行します」
隣にいたレオンさんが静かに言う。
「護衛としてお供します」
「それなら、俺も行こう」
「ディーンさん?」
たまたま通りがかったディーンさんが、私たちの会話に入ってくる。相変わらず音もなく歩く人だ。ビックリした。
「今日は狩りへ行く日だから、途中まで同じ道だ。護衛は多いに越したことないだろう」
「父ちゃん!俺も行く!」
すると元気な声と一緒に、向こうでフィルとリリィちゃん、ノア君と遊んでいたルーク君が駆け込んできた。
「⋯⋯勝手な行動はするな」
ディーンさんは短く言う。
「うん!」
「俺の見える場所から離れるな」
「うん!」
「⋯⋯それなら良い」
そう言いながらも、ディーンさんは少しだけ口元を緩めていた。
やっぱりルーク君のこと、大好きなんだなぁ。
私たちはマーサさんの依頼を達成するため、森に入る準備をする。準備を終えて村の入口へ向かうと、フィルが待っていた。
枝が私の肩へ伸びる。
「フィル」
私はフィルの幹を優しく撫でる。
「今日は薬草を採りに行ってくるね」
さわさわ。
「夕方には帰ってくるから」
フィルは少しだけ枝を下げる。
「寂しい?」
ぶわっ。
葉っぱが大きく揺れた。
「ふふっ」
分かりやすい。
「お土産、期待しててね」
そう言うと、フィルはようやく機嫌を直したようだった。
「行ってきます!」
私達は森へ向かって歩き始めた。
◆
村から少し離れると、景色はすっかり森へ変わる。
木漏れ日が地面を照らし、風が葉を揺らす。鳥のさえずりも心地いい。
ディーンさんは迷いなく先頭を歩いていた。
「ここから先は獣道だ」
短く言う。
「足元をよく見ろ」
私達は頷く。
ルーク君も真剣な顔で父親の後ろを歩いていた。
「この草は踏むな」
ディーンさんが一本の草を指差す。
「え?」
私が近付いて見ると、そこには細い蔓植物が絡み付いていた。
「これ、薬草じゃないですよ?」
「違う」
ディーンさんは首を振る。
「踏むと匂いが出る。その匂いで猪が興奮して襲ってくる可能性が高まる」
「なるほど⋯⋯」
私は思わず感心した。
植物の知識なら負けない自信がある。でも、森でどう役立つかはディーンさんの方がずっと詳しい。
レオンさんも真剣に話を聞いていた。
「勉強になります」
「森では、俺より詳しい奴はいない」
珍しく少しだけ自信ありげな声だった。
「だから森では俺の言うことを聞け」
「はい」
王宮では近衛騎士団長だったレオンさんが、素直に頭を下げる。
その姿を見て、何だか嬉しくなった。王族の護衛を行う近衛騎士——その長であるレオンさんはとても偉い人だ。だけど、森には森の先生がいることを素直に受け入れられる、度量の広い人らしい。中々できないことで尊敬する。
しばらく歩くと、今度は私の出番だった。
「あっ、この辺りに薬草があります」
しゃがみ込み、一株の植物を指差す。
「これは傷薬の材料になります」
レオンさんも隣へしゃがみ込む。
「葉の裏が少し白いでしょう?」
「本当ですね」
「乾燥させてすり潰すと止血薬になります」
ルーク君も覗き込む。
「これ覚えてる!」
「正解」
私は笑って頭を撫でる。
「じゃあこれは?」
少し離れた場所の植物を指差す。
ルーク君は腕を組んで考え込む。
「うーん⋯⋯」
やがて自信満々に答えた。
「あ!揚げたら美味しい野草だ!」
「残念」
「えぇー!」
「毒草です」
私は苦笑する。
「野草に見た目は似てるけど、葉っぱの縁がギザギザになってるでしょう?」
「ほんとだ」
「だから絶対に間違えちゃ駄目だよ?」
「うん!」
レオンさんはそのやり取りを静かに見ていた。
「植物にも、これほど違いがあるのですね」
「好きになると自然と覚えちゃうんです」
「好き、ですか」
「はい」
私は思わず笑う。
「植物を見てると楽しいんです」
レオンさんは何も言わなかった。でも、その横顔はどこか優しかった。
「あっ!」
ルーク君が少し離れた場所を指差した。
「父ちゃん!あそこに花が——」
「待て」
ディーンさんの一言で、ルーク君の足が止まる。
ディーンさんは近くに落ちていた石を拾うと、花の方へ放り投げた。————次の瞬間、一匹の蛇が姿を現し、石へ噛み付いた。
すかさず背中の弓矢を構えると、蛇に向かって矢を射る。矢は音すら聞こえないスピードで蛇に迫り、そのまま蛇の額を貫いた。
「⋯⋯」
私は思わず息を呑む。
「毒蛇の魔物だ。人間含め、動物を魅了する花粉を出す花で誘き寄せ、近付いたところを毒の牙で噛み付く」
ディーンさんは短く言う。
「森は危険が多い。迂闊なことはするな」
ルーク君は小さく頷いた。
「ごめんなさい」
「気付けたなら、それでいい」
レオンさんが小さく息を吐く。
「⋯⋯全く気付きませんでした」
「騎士より猟師の方がすぐ対処出来ることもあるってことだ。王宮での警護が主な任務だったんじゃ仕方ないだろう。あまり気にするな」
ディーンさんはそう言って歩き出す。
その背中が、少しだけ大きく見えた。
次回は本日21時に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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