17話 村を案内します!
歓迎会の翌日。
まだ日が昇り始めたばかりだというのに、外から何かを振る音が聞こえてきた。
「はっ!せいっ!」
規則正しい音に目が覚める。
私は窓から外を覗くと、庭で木剣を振っているレオンさんの姿が見えた。
「もう起きてる⋯⋯」
昨日あれだけ遅くまで歓迎会をしていたのに。私は急いで身支度を済ませ、外へ出る。
「おはようございます、レオンさん」
レオンさんは木剣を止め、私へ一礼した。
「おはようございます、フローラ様」
「朝早いですね」
「習慣です。毎朝鍛錬をしないと落ち着かなくて」
そう言ってまた木剣を構える。無駄のない綺麗な構えだった。
そこへ、フィルが一本の枝をレオンさんの肩へ乗せる。
「⋯⋯?」
レオンさんは少しだけ首を傾げた。
するとフィルは枝で木剣をちょんちょんと叩く。
「あっ」
私は思わず笑ってしまった。
「フィルも混ざりたいみたいです」
「⋯⋯そういうことでしたか」
レオンさんは真面目な顔のまま一本の木の枝を拾い、フィルへ差し出した。
「どうぞ」
フィルは嬉しそうに枝を受け取る。
そして——ぶんっ。ぶんっ。
見よう見まねで枝を振り始めた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
私とレオンさんは顔を見合わせる。
「なんだか、様になってますね⋯⋯」
「ええ。フィル様は筋が良いです」
フィルって剣士の才能があったのか⋯⋯。⋯⋯いや、それはおかしい。だいたい、なんで木のフィルが木の枝を振ってるんだ。
そんな私の混乱を他所に、フィルは得意そうに枝葉を揺らしていた。
「おーい!フローラ!レオン!」
ロイドさんが家から出てくる。
「朝飯だぞ!」
「はーい!」
「ありがとうございます」
私たちは家に戻り、今日も美味しいロイドさんのご飯を食べる。朝食を終えると、ロイドさんがお茶を飲みながら言った。
「フローラ」
「はい?」
「今日はレオンに村を案内してやってくれ」
「分かりました!」
私は立ち上がる。
「レオンさん、行きましょう!」
「よろしくお願いいたします」
こうして村案内が始まった。
最初に向かったのはベイク亭だった。
「おはようございまーす!」
扉を開けると、甘い香りが広がる。
「おっ、フローラ!」
厨房から顔を出したトーマスさんは、私達を見るなり笑顔になった。
「レオンも来たか!」
「おはようございます」
「ちょうどいい!」
トーマスさんは焼き立ての焼き菓子を差し出した。
「新作だ!」
「また新作ですか?」
「昨日思い付いた!」
「昨日歓迎会でしたよね?」
「歓迎会だったから思い付いた!」
「な、なるほど⋯⋯」
思わず笑ってしまう。
すると奥からエマさんが出てきた。
「あなた、朝からフローラちゃんを実験台にしないの」
「実験じゃない!味見だ!」
「それを実験って言うの」
いつもの夫婦漫才が始まる。
レオンさんは少し困ったような顔で私を見る。
「⋯⋯いつもこんな感じなんですか?」
「はい。毎日です」
「仲が良いんですね」
「すっごく仲良しですよ」
そんな話をしている間に、トーマスさんは焼き菓子をレオンさんへ押し付けていた。
「食え!」
「えっ」
「良いから食え!」
「⋯⋯では⋯⋯」
そう言い、一口食べ——レオンさんの表情が少し変わる。
「⋯⋯美味しいです」
「だろ!」
トーマスさんが胸を張る。
「レオン、今度は感想を聞かせろ!」
「はい」
「全部食べたらな!」
「全部ですか?」
「全部だ!」
「あなたねぇ⋯⋯」
エマさんがまた呆れている。
ベイク亭を出る頃には、レオンさんも少しだけ笑っていた。
「次は鍛冶屋ですよ」
村の奥へ歩いていくと、金属を叩く音が聞こえてきた。鍛冶屋では大柄な男性が剣を打っている。——ここは、村唯一の鍛冶屋だ。
「ボルドさん!」
男は金槌を置くと、こちらを見る。
「⋯⋯フローラか」
「おはようございます」
ボルドさん——リーヴェ村唯一の鍛冶師さん——は無言で頷くと、今度はレオンさんへ視線を向けた。
腰の剣を見て一言。
「⋯⋯良い剣だ」
レオンさんは少し驚いたようだった。
「ありがとうございます」
「丁寧に手入れされてるみたいだな」
「はい」
「今度、研いでやる」
それだけ言うと、また仕事へ戻ってしまった。
レオンさんは少しだけ笑う。
「寡黙な方ですね」
「でも、すごく優しい人なんですよ」
私達は鍛冶屋をあとにし、そのままガストンさんの作業場へ向かった。
広場の端では、大きな丸太を相手にガストンさんが斧を振るっている。
「がははは! これくらい朝飯前だ!」
どんっ、と大きな音が鳴ると、太い丸太が真っ二つになった。すごい。
「ガストンさん!」
「おぉ!フローラか!」
ガストンさんは斧を肩へ担ぐと、レオンさんを見て豪快に笑った。
「お前さんは、昨日の!」
「レオン・アッシュです。よろしくお願いします」
「がははは!固い固い!」
ばんばんとレオンさんの背中を叩く。
レオンさんは一歩も動かなかった。
「おっ?⋯⋯おぉ?」
今度はガストンさんが少し驚く。
「見た目よりずっと鍛えてるじゃねぇか!」
「ありがとうございます」
「気に入った! 今度腕相撲しよう!」
「⋯⋯努力します」
「努力するんかい!」
ガストンさんが一人で大笑いする。その間もガストンさんがバシバシ叩くが、レオンさんは微動だにしない。⋯⋯昨日、私がフィルをぽかぽか殴った時と同じくらい動かない。丸太を真っ二つにできるガストンさんが叩いているのに、フィルくらい動かないのは凄い。私は素直に感心してしまった。
次に向かったのはマーサさんの薬草畑だった。色々な薬草が畑いっぱいに育てられている。
「マーサさん!」
「おや、来たかい」
マーサさんはしゃがみ込み、薬草の葉を一枚摘んでいた。
「今日はレオンさんに村を案内しているんです」
「そうかい」
マーサさんはレオンさんを見る。
「騎士さんでも薬草くらいは覚えときな。怪我をした時、知ってるのと知らないのじゃ大違いだからね」
「ぜひ教えてください」
レオンさんは真剣な表情で頷いた。
私は少し驚く。
「薬草にも興味があるんですね」
「守るために必要な知識は、多い方が良いと思っています」
その返事は、いかにもレオンさんらしかった。
マーサさんは少し嬉しそうに笑う。
「真面目な騎士さんだねぇ。フローラ、この子なら安心だ」
その言葉に、私は少し照れくさくなった。
一通り村を案内し終えた頃には、すっかり昼を過ぎていた。
「これで全部です」
私は振り返る。
「小さな村ですけど⋯⋯どうでしたか?」
レオンさんは村をゆっくり見回した。
畑で働く人達。遊ぶ子ども達。気持ち良さそうに枝葉を揺らすフィル。最後に私を見て————。
「⋯⋯良い村ですね」
短い一言だった。
でも、それだけで十分だった。
「でしょう?」
私も嬉しくなって笑う。
しばらく二人で歩く。
不思議と沈黙は気まずくなかった。すると村の入口から元気な声が聞こえる。
「フローラお姉ちゃーん!」
リリィちゃん達だった。
「村の案内終わった?」
「うん!」
フィルも枝を大きく振る。
レオンさんはその光景を見つめ、小さく口元を緩めた。
「⋯⋯フローラ様」
「はい?」
「皆さんに、とても愛されているのですね」
私は少しだけ照れながら笑う。
「みんなが優しいだけですよ」
レオンさんは小さく首を横へ振った。
「⋯⋯それはきっとフローラ様が、皆さんを大切にしているからです。だから皆さんも、フローラ様を大切にしているのでしょう」
その言葉に、私は何と返せばいいのか分からなかった。
少しだけ照れくさくて、頬が熱くなる。
「⋯⋯ありがとうございます」
そう返すのが精一杯だった。
次回は本日19時に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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