15話 レオン・アッシュ
「最後に、一つだけ頼みがある」
私が頭を上げると、ガイアス殿下はロイドさんへ向き直った。
「この村には戦える者が少ない」
その言葉に、ロイドさんは苦笑する。
「否定はできませんな」
「今回の件は私の責任だ」
ガイアス殿下は静かに続けた。
「償いになるとは思っていない。だが、それでも君達を守れる者を、この村へ置かせてほしい。これは国益でもあるからな」
そう言うと、殿下は玄関の方へ視線を向けた。
「レオン」
「はっ」
扉が開き、外で待機していた護衛の騎士さんが静かに部屋へ入ってくる。今回はゆっくり入ってきたからか、普通に見えた。透明人間とかではないようだ。
背筋は真っ直ぐ伸び、歩き方に一切の無駄がない。ただそこへ立っただけなのに、部屋の空気が少し張り詰めたような気がした。
「紹介しよう」
ガイアス殿下は騎士さんの肩へ軽く手を置く。
「近衛騎士団長、レオン・アッシュだ」
「⋯⋯え?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
「こ⋯⋯近衛騎士団長⋯⋯?」
ロイドさんも驚いたように目を見開く。
「王都最強の近衛騎士団、その団長ですか」
「ああ」
殿下は頷く。
「私が最も信頼している騎士だ」
その言葉に、レオンさんは何も言わない。
ただ静かに頭を下げただけだった。
でも、その姿だけで分かる。この人は強い。
きっと私なんかでは想像もできないくらい。
「レオン」
「はっ」
「頼めるか」
「仰せのままに」
短い返事だった。
けれど私は慌てて立ち上がる。
「ま、待ってください!」
全員の視線が私へ集まる。
「そんな凄い方を、この村へ置いていただくなんて!近衛騎士は王族を、王都を守る方ですよね?私たちなんかのために、そんな方を⋯⋯」
するとガイアス殿下はゆっくり首を横へ振った。
「違うぞ。私たちなんか、ではない」
その一言に、私は言葉を失う。
「君と結界樹を守ることは、この国を守ることと同義だ。だから、これは私が考え抜いた結果だ」
そして今度はレオンさんを見る。
「これは命令ではない。断っても構わない」
部屋が静まり返る。
レオンさんは少しだけ目を閉じた。
考えているのだろうか。
やがて静かに目を開き、真っ直ぐ殿下を見た。
「私はこの村に残ります」
その声には迷いが無かった。
「フローラ様とフィル様をお守りすることが、この国を守ることへ繋がると、私も判断いたしました」
つまり、殿下に言われたからではなく、自分で決めたということなんだ。
ガイアス殿下は小さく微笑んだ。
「ありがとう。私とレオンは少々手続き等があるため、ここで失礼させてもらおう」
ガイアス殿下は、レオンさんを引き連れて家を出ようとする。
「あ、あの!レオンさん!」
私は慌ててレオンさんを呼び止める。
レオンさんが静かに振り返った。
「何でしょうか?」
「ずっと、お礼を言いたかったんです」
「?」
「王宮を出る時⋯⋯」
あの日のことを思い出す。
泣きそうになっていた私へ、優しくハンカチを差し出してくれた騎士さん。
「あの時、ハンカチを貸そうとしてくれましたよね」
レオンさんは少しだけ目を細めた。
「⋯⋯あの時は、お受け取りいただけませんでしたが」
「すみません」
私は苦笑する。
「騎士さんの大切なハンカチを汚したくなくて⋯⋯」
「そうでしたか」
レオンさんは騎士服の内側へ手を入れる。
取り出したのは、一枚の白いハンカチだった。
「今回は」
そう言って私へ差し出す。
「受け取っていただけますか」
一瞬だけ目を丸くした。
同じハンカチだ。あの日、差し出してくれた。今日の私は泣いてないけど⋯⋯。
「⋯⋯はい」
私は両手で受け取る。
「ありがとうございます」
レオンさんは小さく頷いた。
「ようやく、お渡しできました」
その一言だけだった。
でも、何だか胸が温かくなる。
「今度は、大切に使わせていただきます」
「ええ」
短いやり取りだったけれど、不思議と嬉しかった。
「では」
ロイドさんが立ち上がる。
「改めて歓迎しよう、レオン殿」
「ありがとうございます」
「村は狭いが、良いところだ。ちょうどこの家は空き部屋が多い。護衛対象のフローラも住んでいることだし、ここに住むと良い」
「ありがとうございます。かつての英傑であられるロイド様の元でお世話になることができ、大変光栄です。ぜひ稽古を付けていただけると」
「ふっ⋯⋯。もう年老いたジジイだぞ俺は」
なんだ、この強者のやり取り。ロイドさん、何やら只者では無い雰囲気もあったけど、かつての英傑って何?何者なの?そもそも王宮に生まれ住んでたお父さんとも友人って言ってたし⋯⋯。謎は深まるばかりだ。
え?というか⋯⋯え?
「えーっ!?レ、レオンさんも一緒に住むんですか!?」
「護衛としては理想的な条件です。⋯⋯俺が一緒の家に居るのは不快でしょうか?そうであれば、フィル様の木の上などに住ませていただければ————」
「ちちち、違います!不快とかじゃなくて!!」
な、なんだこの展開は。私はこれまでお父さんと結界樹(先代とフィル)としか暮らしたこと無かったのに。突然、歳の近い男性とひとつ屋根の下で——!?
私が混乱していると、リリィちゃん達が玄関から顔を覗かせた。
「終わった?」
「もう大丈夫?」
「!⋯⋯う、うん」
私が笑うと、三人とも安心したように駆け寄ってくる。子供たちの前でいつまでも狼狽えてはいられない。平常心、平常心⋯⋯ただの護衛、ただの護衛⋯⋯。
「この人はね」
私はレオンさんを見る。普通に出来ている⋯⋯と思う。
「今日から私達と一緒に暮らす騎士さんだよ」
「ほんと!?」
リリィちゃんの目が輝く。
「お兄ちゃん!」
いきなりそう呼ばれ、さすがのレオンさんも少しだけ困ったような顔をした。
「ええと⋯⋯」
「レオンお兄ちゃん!」
「よろしくね」
ルーク君とノア君まで続く。
三人に囲まれたレオンさんは少し視線を泳がせる。
近衛騎士団長にも苦手なことはあるらしい。その様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
ガイアス殿下も小さく笑っていた。
「さて」
殿下は静かに立ち上がる。
「行くぞレオン」
そう言い、今度こさレオンさんとガイアス殿下は家を出た。外で何やら話し込み、二人がまた帰ってきた。
「手続きは完了した。荷物は既に持ってきている。このままロイド氏の家でお世話になる。よろしく頼む」
そう言って殿下は家を出た。もう荷物があるって事は最初からレオンさんを村に置いていく気で、私の承認待ちの最終的な処理だけ今してきたんだろう。⋯⋯なんというか、凄いお方だ。あと、レオンさんの荷物が私くらい少なくて驚いた。
村の外には、帰りの殿下を護衛するための近衛騎士が二人ほど来ていた。どこまでも用意周到である。
殿下は馬に乗る前、村の人々を見回した。そして最後に私を見て口を開く。
「この国を、頼む」
私は大きく頷いた。
「はい。私とフィルで、必ず守ります」
その言葉を聞き、ガイアス殿下は安心したように笑った。
「君なら、そう言ってくれると思っていた」
馬がゆっくり歩き出す。
その背中が少しずつ小さくなっていく。フィルは枝を大きく振った。
さわっ、さわっ。
まるで「またね」と手を振っているみたいだった。
ガイアス殿下も一度だけ振り返り、小さく手を上げる。
やがて、その姿は村の向こうへ消えていった。
私は隣に立つレオンさんを見る。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こうしてリーヴェ村へ、新しい家族がまた一人増えたのだった。
次回は本日21時に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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