14話 フローラの条件
「殿下には、今から言う条件を呑んでいただきます」
私がそう言うと、ガイアス殿下は一切迷うことなく頷いた。
「分かった」
あまりにも即答だったので、逆に私の方が驚いてしまう。
「まだ何も聞いていませんよ?」
「君が望むことなら受け入れる。それが私の責任だ」
その目は真剣だった。
もう言い訳をするつもりも、自分を守るつもりもないのだろう。
私は小さく息を吸った。
「まず一つ目です」
ガイアス殿下は黙って耳を傾ける。
「ミリアさんを守ってあげてください」
「⋯⋯ああ」
「わざわざ言うことではないかもしれませんが、彼女は悪くありません。何も知らず、王宮から任された仕事を一生懸命頑張っただけです。フィルに美味しいお水やご飯をくれた人が悲しむのは⋯⋯絶対に嫌です」
「約束しよう」
迷いのない返事だった。
「二つ目です」
私は窓の外を見る。
フィルは窓からこちらを覗き込みながら、葉っぱを揺らしていた。
「これから先も、フィルの気持ちを一番に考えてあげてください」
ガイアス殿下も窓の外を見る。
しばらく何も言わなかった。⋯⋯やがて、小さく頷く。
「ああ。もう二度と、国宝だからという理由だけで扱うことはしない。一つの命として向き合うと約束しよう」
その言葉を聞いて、私は安心した。
「ありがとうございます。そして最後です」
私はガイアス殿下を真っ直ぐ見た。
「私は、この村で暮らします」
部屋が静かになる。
「王宮へは戻りません。フィルも、この村で暮らします」
少しだけ緊張した。
この条件だけは、断られるかもしれない。
でも。
「⋯⋯分かった」
ガイアス殿下は静かに頷いた。
「君達の意思を尊重しよう」
「ありがとうございます」
受け入れてくれて良かった。と思ったのだが⋯⋯。
「ただ⋯⋯現在、王国の結界出力が日に日に下がってきていてな⋯⋯このままでは、被害が出る日も⋯⋯」
「えっ。フィル、そうなの?」
「⋯⋯⋯⋯」
知らないよー、といった反応だ。⋯⋯うーん、私のワガママで誰かが傷付くのは困るなぁ⋯⋯。
そう考えていると、フィルが何やら眩い光に包まれる。
「む?魔術通信⋯⋯私だ」
「?」
すると、今度はガイアス殿下が何やら喋りだした。魔術に関してはからっきしで、殿下が何をしているのかサッパリ分からない。
殿下は数秒手を耳に当てて黙っていたが、すぐに大きな声を出して立ち上がった。
「なに!?結界の出力が100パーセントに戻っただと!?」
「えっ⋯⋯」
何だか分からないが、犯人は100パーセント⋯⋯。
私はフィルを見る。発光していたフィルだったが、既にフィルの発光は収まっていた。当人⋯⋯当木?は、何やら仕事をやり遂げたような反応だ。
「あぁ、あぁ⋯⋯。分かった、とりあえず続きは王都に戻ってから話そう。⋯⋯とりあえず、課題は解決だ」
「あ、あのー⋯⋯」
「⋯⋯ふぅ。結界樹——いや、フィルは凄いな。どういう理屈か分からないが、先ほどの発光現象以降、結界の出力が安定したそうだ」
「そ、そうですか⋯⋯フィル、ちゃんとお仕事してたんだね⋯⋯」
「私としては、結界の出力が維持出来れば問題無い」
これで、本当の本当に終わった。
そう思った、その時だった。
「⋯⋯だが」
ガイアス殿下が小さく笑う。
「今度は、私から条件がある」
「え?条件⋯⋯ですか?」
「ああ」
ガイアス殿下は姿勢を正した。
「フローラ・リーフレット」
「はい」
「本日をもって、君の役職——王宮結界樹管理人の仕事に加え、『王宮結界樹相談役』という役職を授ける」
な、なんだそれは。
「相談役⋯⋯ですか?」
「以前の役職だけ、というのは色々と都合が悪い。私直々に作った新たな役職も兼任することで、他の貴族たちの意見を握り潰す」
ガイアス殿下は、今まで見た中で一番笑っていた。私への敵意は無いし笑っているのだが、これまでで一番恐ろしく感じる。これは恐らく、貴族たちへの報復なのだろう。
「もちろん、これまで通り王宮への出入りも自由だ」
「⋯⋯でも、私はもう王宮の人間では⋯⋯」
「いや」
ガイアス殿下は首を横へ振る。
「君はこれからも、この国に必要な人材だ。だからこそ、新しい形で協力してほしい」
胸の奥が少しだけ熱くなる。追い出された私に、もう一度必要だと言ってくれたのだ。
「それと」
ガイアス殿下は少し咳払いをした。
「待遇も見直そう。⋯⋯これまでの給与は低すぎた。今後は、これまでの五倍を支給する」
「⋯⋯⋯⋯え?」
思考が止まる。
「ご、ご、ご⋯⋯」
五倍?今、五倍って言った?
「ご、五倍ですか?」
「ああ。それでも安いくらいだと思っている」
私は思わずロイドさんを見る。
ロイドさんも珍しく目を丸くしていた。
「⋯⋯殿下」
「なんだ」
「そんなに貰ってしまって、本当に良いんですか?正直、以前の給料でも私としては余っていたんですけど⋯⋯」
「当然だ。これまで君は、働きに見合わない待遇だった。これは償いでもあり、正当な評価でもある。それに、正しい評価がされれば君を軽んじる人間が減り、今回のような事故は起きなくなるはずだ」
そこまで言われると、断る理由は無かった。
私は立ち上がる。そして、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
一呼吸置く。
「これからも、この国のために力を貸します」
顔を上げる。そして、笑顔で続けた。
「私は⋯⋯私たちは、このリーヴェ村で暮らします。そして、リーヴェ村から王国を守ります」
窓の外を見ると、フィルが嬉しそうに枝葉を揺らしていた。
さわさわ。
ここが、私の帰る場所なんだ。
「もちろんだ」
ガイアス殿下も笑った。
「君の帰る場所は、君が決めればいい」
その言葉を聞いた瞬間。
胸につかえていた最後のわだかまりが、ふっと消えていった。
次回は本日19時に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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