13話 説明
ロイドさんの家へ入ると、居間には静かな空気が流れていた。
ロイドさんが席を勧め、私とガイアス殿下は向かい合って座る。
護衛の騎士さんは部屋へ入らず、玄関の外で待機していた。後でハンカチのこと、お礼と謝罪が言いたいけど⋯⋯まずはガイアス殿下のことが先だ。
窓の外では、フィルが静かに枝葉を揺らしている。その音だけが、不思議と私の緊張を和らげてくれた。
「⋯⋯改めて、突然訪ねてきたことを詫びよう」
ガイアス殿下が静かに頭を下げる。
「いえ⋯⋯」
私は何と返せばいいのか分からず、小さく首を振った。
しばらく沈黙が続く。
やがてガイアス殿下は息を整え、ゆっくり口を開いた。
「今日は謝罪をしに来た⋯⋯と言いたいところだが、その前に伝えなければならないことがある」
私は黙って頷いた。
「君が解任された理由だ」
その言葉に、私は自然と背筋を伸ばす。
「⋯⋯はい」
「まず、伝えておきたい」
ガイアス殿下は真っ直ぐ私を見る。
「私は、君の働きを軽く見ていたわけではない。⋯⋯言い訳にしか聞こえないだろうが、君が毎日結界樹を大切に育てていたことも、王宮結界樹管理人として責務を果たしていたことも理解していた」
その言葉は、少しだけ意外だった。
私は不要だったから解任されたのだと思っていたからだ。
「では、どうして⋯⋯」
思わず口を開く。
ガイアス殿下は静かに頷いた。
「王宮結界樹は国宝だ⋯⋯。一人の管理人へ全てを任せる現体制には、以前から懸念の声が上がっていた。
もし管理人が病に倒れたら、もし事故に遭ったら。⋯⋯代わりが居なくては一大事だ」
私は黙って聞く。
「組織として管理すべきだ、という意見は何年も前から出続けていた」
そうだったんだ。私は知らなかった。
「そして⋯⋯」
ガイアス殿下は少し言葉を選ぶように視線を落とした。
「先代リーフレット家当主⋯⋯つまり君の父君であるアルフレッド男爵が亡くなられてから、その声は一層強くなった」
胸が少し痛んだ。
「アルフレッド男爵は王宮でも大きな信頼を得ていた。彼は多才で、数々の功績を挙げたと聞く。そんな彼がおられたからこそ、男爵家であるリーフレット家へ結界樹を任せることに異を唱える者は少なかった。⋯⋯だが、その後ろ盾が無くなった」
私は静かに目を伏せる。
お父さんは、本当に多くの人から信頼されていた。私は、その信頼の上に立っていただけだったのかもしれない。
「そこへ、王立植物研究所を首席で卒業したミリア・ヴェルデが現れた。植物学の知識や研究実績は十分すぎるほどにある。私は、そんな彼女を君の補佐として付け、少しずつメンバーを増やしていき、やがて君を主軸とした組織管理体制を築こうと考えていた」
そうだったんだ。ガイアス殿下は、私を解任したかったわけじゃなかった。⋯⋯ということは⋯⋯。
「しかし⋯⋯多くの貴族達は君を排斥し、彼女を中心とした新体制を支持した。⋯⋯会議の流れを制御できず、最終的には君の解任を決定した」
だから、あの日の会議で決まった⋯⋯。そういうことだったのか。
私はゆっくり息を吐く。
「⋯⋯ガイアス殿下とミリアさんは、私を追い出そうとしていたわけでは、ないんですね」
ガイアス殿下は首を横へ振った。
「違う。私は最終的には君の解任を決定した。私は君に恨まれて当然だ。⋯⋯しかし、ミリアは——彼女は何も知らなかった。王宮から管理を任された、それだけだ」
私は少しだけ驚く。素直に自分の非として認めることも、ミリアさんのフォローをすることも、ガイアス殿下のイメージ的には意外だったからだ。もっと高圧的で冷たい人かと思っていた。
「彼女は君が残した管理日誌を読み込み、その通りに結界樹を管理していた。理論上完璧な管理方法だった。だが⋯⋯」
ガイアス殿下は窓の外へ目を向ける。
そこには、穏やかに葉を揺らすフィルの姿があった。
「結界樹は王宮を去ってしまった」
部屋が静まり返る。
「彼女は、自分の力不足だと思い、毎日自分を責め続けている」
「⋯⋯そう、だったんですか」
私はミリアさんと会ったことは無い。だけど、何も悪くない人が——そして同じ植物を愛する人が、傷ついているのは悲しい。
私は小さく息を吐いた。
「⋯⋯ミリアさんを責める気持ちはありません」
それは本心だった。
あの人も、王宮から任された仕事を一生懸命やっていただけなんだ。
ガイアス殿下は少しだけ表情を緩めた。
「そう言ってもらえると救われる」
その顔は本心のようだった。
この人が言ったことはきっと本心なんだろう。だからこそ⋯⋯ガイアス殿下を許すかどうか⋯⋯。
そう考えていると、窓がピシピシと叩かれる。犯人は——フィルだ。
「フィル?」
「⋯⋯フローラ。窓を開けてくれ」
「は、はい」
私はガイアス殿下に言われるがまま窓を開ける。すると、フィルの枝が凄い勢いで部屋の中へ侵入し、殿下の眼前へ迫った。不味い————!
そう思った瞬間、フィルの枝がガイアス殿下の前で止まる。いつの間にか外にいた筈の護衛の騎士さんが、ガイアス殿下の前に立っていたからだ。⋯⋯全然見えなかった。どうやってこの一瞬で来たんだろう⋯⋯。
騎士さんの前でピタリと枝が止まっているが、騎士さんは油断することなく剣の柄に手をかける。しかし、それをガイアス殿下が手で制した。
「良い。結界樹にも思うところがあるのだろう。⋯⋯レオン、下がれ」
「ですが殿下⋯⋯殿下の身に何かあっては————」
「下がれと言っている」
「——失礼いたします」
ハンカチの騎士さんは、レオンさんというらしい。
レオンさんは改めて私たちに頭を下げると、家の外へ出て行った。
レオンさんが居なくなると、フィルは思い出したように枝をしならせ————殿下の額を思いっきり叩いた。
「っ〜〜〜〜!」
「フィ、フィル!?」
「⋯⋯⋯⋯」——ぶわっ!
どうやらフィルは怒っているようだ。私を悲しませ、ましてや私とフィルを引き離したことに。その結果、フィルの結界樹デコピンがガイアス殿下に直撃した。
⋯⋯あれ、しっかり枝の硬いところでやってたよなぁ⋯⋯。ギリギリ血は出てないけど、めちゃくちゃ痛かっただろうなぁ。⋯⋯でも。
「ふふふふふ⋯⋯!」
「フ、フローラ⋯⋯」
「す、すみません⋯⋯!さっきまであんな張り詰めてたのに⋯⋯!た、たぶん殿下が人類で初めて、木にデコピンされたと思いますよ⋯⋯!ふふふ⋯⋯!」
「そ、そうだな⋯⋯。それは名誉なこと⋯⋯なのだろうか⋯⋯」
「ふふっ⋯⋯あははは!も、もう!フィル!ダメでしょ!⋯⋯あははははは!」
フィルもガイアス殿下も、守りに来たレオンさんも。みんな真面目にした事だ。だからこそ、なんだろう。ちょっと馬鹿げた光景に笑いが止まらなくなってしまった。
気が付けば私は、色々な迷いや悩みを全て笑い飛ばしてしまっていたのだった。
「⋯⋯ふふっ、あはははっ⋯⋯はぁ⋯⋯。殿下」
「な、なんだ⋯⋯?」
「私は⋯⋯」
一度だけフィルを見た。フィルは、私が笑ったことでなのか、満足そうだ。
「もう大丈夫です。私は、殿下を恨んでいません」
「⋯⋯!し、しかし⋯⋯」
「でも、もちろんタダとは言いません」
私は飛び切りの笑顔を殿下に向ける。
「殿下には、今から言う条件を呑んでいただきます」
次回は明日12時(正午)に投稿いたします。
1日に複数話投稿しますので、ご注意ください。
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