第九話 救出
その部屋に入った直後、私は顔をしかめながら、部屋内にいた全てのゴブリンを即座に始末した。
……血が飛び散らないようなやり方で。
その部屋には、多数の女性達がいた。
……目も虚ろで、絶望に沈んだ女性達だ。
私は収納結晶を取り出しながら、囚えられていた女性達に告げる。
「ごめんなさい、本当はあまり良くないことなのだけれど、今は貴方達の意思が必要なの。『清潔』『治癒』『希望』『勇気』」
汚れを落とす魔法と回復魔法、それに加えて二種類の精神魔法を女性達に施した。どれも元来一人に対してかける魔法だが、対象数を増やす技術程度、当然習得済みだ。
絶望に沈んだ者の心を精神魔法で無理やり引き上げ、前を向かせる。
自分でも言った通り、これは本当はあまり良くない。
効果が切れた直後、再び相手を深い絶望に叩き落とすことになる。
魔法自体に依存性があるわけではないが、絶望の中で魔法による希望を見た者達は、一時の希望を見せた魔法に精神的に依存してしまう事が多い。
だから、こういった魔法を使うのは、精神を治療する過程などで注意深く行うべきだ。
だが、わかっていても使わざるを得ないときがある。
例えば、命の危機。恐怖に飲まれれば死ぬのなら、魔法で勇気を奮い立たせることも必要だろう。
今回に関して言えば……彼女達には自分の意思、自分の足で移動してもらう必要があった。加えて、可能なら子供達の面倒も見てもらいたい。
残念ながら、私の習得している魔法に、多数の人を一度に運べるような便利なものはない。
絶望して動けない彼女達を私一人で運ぶとなると、数人ずつ抱えて、男達のところと往復する必要がある。
その間にゴブリン達に気づかれれば、残っている人質たちが危なかった。
「貴女は、誰なの?」
女性の一人に問いかけられた。
私は収納結晶から取り出した簡単なワンピースのような服を人数分取り出し、それを渡しながら答える。
「私の名前はアンテルーチェ。貴女達を助けに来ました」
「私達を助けに? ……私達、助かるのね!?」
「ええ。……ですが、一旦落ちついてください。……まず、これからの方針をお伝えします。とりあえず服を着ながら聞いてください」
言われるまま私の渡した服を着始める女性達。
「まず、この後私が貴女達に透明化魔法と静音魔法をかけます。それによってゴブリン達に気づかれないようにこの砦内を移動し、人質となっている子供達を救出します。その後は、子供達と一緒に砦を脱出。外にいる男性の方々と合流していただきます。よろしいですか?」
「……ええ、大丈夫よ。子供達は……私達が背負って連れて行くわ」
女性達の目には、強い意思があった。……それに対し、申し訳なくなる。
「今、貴女達には精神魔法をかけて、精神状態を安定させています。……おそらく、それが解けると大変辛い思いをすることになるでしょう。ごめんなさい。それでも、貴女達に自分の足で歩き、前へ踏み出す意思を持ってもらう必要がありました」
「いいよ。むしろありがたいぐらい。そのお陰で子供達を助けられるんでしょ? だったら、後で辛かろうと、貴女に感謝するわ」
代表らしき女性はそう言ってくれた。……だが、彼女もきっとその言葉を後悔するだろう。
それほど、絶望と希望との落差というものは辛いと聞く。
「村に帰り着いたら、皆さんには何種類かのお薬をお渡しします。その中に精神の状態を整える薬もいれるつもりです。しばらくはそれを飲むようにしてください」
「何から何までありがとう」
そんなやり取りをしている内に、女性達は全員服を着て立ち上がった。いつでも部屋の外に出られる。
「では、行きましょう。互いが見えなくなるので、全員で手を繋いで移動します」
私の言葉を聞いて、みんなで手を繋ぐ。
全員が一繋ぎになったのを確認し、私は魔法を唱えた。
「『透明』『無音移動』
そうして、女性達は透明となり、足音や衣擦れの音も消えた。
そのまま、子供達の囚えられた部屋へ移動を開始する。
途中何度かゴブリンとすれ違ったが、気づかれることなく移動できた。
そして、子供達の囚えられている部屋へ辿り着く。
見張りのゴブリンが居るので、無詠唱の『風弾』で制圧。
扉を開ける。
中の子供達は驚いてこちらを見た。
そこで、透明化の魔法を解除する。
「あんた達!」
「姉ちゃん!」
女性達と子供達が互いに駆け寄る。
私は外の状況を警戒しながら、少しの間だけその様子を見守る。
あまり悠長にはしていられない。いつ女性達が捕まっていた部屋がもぬけの殻になっていると気づかれてもおかしくない。
残念だが、あまり長い時間はあげられなかった。
「『静穏』……では、脱出しますよ。女性の皆さんは可能な限り子供を背負ってください。子供達はお姉さん達にしがみついてくださいね。背負うのは小さい子からで。子供の方が多いので、大きい子は何人か女性の方の間に入るようにして手を繋いでください」
女性も子供も、言う通りに動いてくれた。
子供達には精神を安定させるための魔法を使った。できるだけ静かに移動する必要があるから、これも仕方ないと思って欲しい。
そうして、出発しようかと思っていると……遠くでゴブリン達が騒ぎ始めた。
「どうやら女性の皆さんが部屋にいないこと気づかれたようですね。急ぎましょう。『透明』『無音移動』」
全員に改めて魔法をかけ、移動する。
何度もゴブリンとすれ違う。
女性の鼓動が速くなっているのを感じた。魔法は鼓動の音も息遣いも消してくれているが、私ぐらいになると音がなくても気配でわかる。
むしろ、『静穏』を受けている子供の方が落ち着いてそうだ。女性達には適度に緊張感を持っていて欲しかったのでかけなかった。『希望』『勇気』も緊張や恐怖に負けない意思力を与えてくれるが、緊張や恐怖そのものを防いではくれない。
まぁ、問題ない。ゴブリン達はそういった気配を読み取れるほど敏感ではないのだ。
慎重に、けれど速やかに移動し……砦の入口まで戻ってきた。
さて、来るときは壁を飛び越えて侵入したが、流石に今回はそういうわけにはいかない。飛行魔法はかけられる側の訓練も必要だから、今かけても上手く飛べないだろうし。
なので、門を破壊する。
私は、自分に掛かっていた分だけ、魔法を解除した。
「皆さん聞こえますね? 私は今から門を破壊します。破壊したら、門から見て右斜め前方に魔法を放つので、その方向に向かってください。私はそのまま、この砦のゴブリンたちの殲滅に移ります。では、行きますよ」
困惑する気配を感じるが、待つ気はなかった。
剣で門を一刀両断にする。
門の外の見張りが気づくが、そいつらも剣の一薙で瞬殺。
その後、破壊力のない光を飛ばすだけの魔法を、男達が待機している方向へ放った。……ほんの一瞬、男達の顔が見えた。
ちゃんと、女性達と子供達の気配がそちらへ移動していく。
男達の居る所の近くまで女性と子供が辿り着いたのを感じ取ると、私は彼女達に掛かっていた透明化や無音移動の魔法を解除した。
「『広域範囲探知』」
ゴブリン達の気配が近づいて来る中、私は広域探知魔法を使った。
……人質たちを逃がした方向には、ゴブリンはいない。
砦の中に残っている人間もいない。
私の魔法に気付いたゴブリンがいるけど、もう気づかれても問題ない。
つまり、あとはこの砦のゴブリン達をなんとかすればいいということだ。
「逃げた人質に向かうゴブリン無し。砦内に残っている人間無し。遠くから戻って来る偵察役のゴブリンは……人質達の方角には無し。私の広域探知魔法に気付いたゴブリンが結構居るけど、こいつらが魔法系の上位種かな。で、ほとんどのゴブリン達は私の方へ向かってきていると……よし、それじゃ、後は蹴散らすだけだね」
声に出して確認していると、最初に私まで辿り着いたゴブリンが飛び掛かってきた。
踏み込みつつ一閃。剣の血を払い、次に備える。
飛び掛かってきたゴブリンは、空中で真っ二つになり、分かれた体が私の後方で血を撒き散らした。
前を見ると、多数のゴブリンがやってきていた。ゴブリンは次から次にやってくる。
だが、その程度、全く脅威ではない。
「ゴブリン、お前達がそういう生き物だということは知っている。だから、お前達を悪だとは思わない。……だが、高い知性と統率能力を持った上位個体ですら、他種族と融和する考えを持てない以上、お前たちは駆逐すべき害獣なの。……人間相手に生存競争をしている以上、蹂躙されても文句は言わないでよ?」
たぶん後数話で一区切りなんで、そこまでは今のペースで投稿します。
以降は作品概要にもある通り不定期で更新する予定です。




