第十話 皇帝の誤算
「侵入者はまだ捕らえられておらんのか?」
「……皇帝陛下、どうやら侵入者は砦の入口まで逃げたようです。そこで魔法を使い、我々の居場所を把握したようでした。おそらく……そのときの配下達の位置から最適な方向へと逃げたのでしょう……」
「物資を奪った侵入者をむざむざ取り逃すとは。……見張りの者で生き残りがいたら、全員見せしめに処刑しろ。それと、すぐに敵を追跡させ……なんの音だ?」
遠くから配下たちが騒ぐような声が響いてきていた。
……その騒ぐような声が段々と近づいてくる。
側近のゴブリンシャーマンも、音の原因はわからないらしい。
「さぁ、なんの音でしょう。まぁ、妙な騒ぎを起こした配下でもいるのでしょう。……手の空いている配下に調べさせま──」
「いや、よい。……どうやらここに来るようだ。……それに……聞こえてくるのは悲鳴のようだぞ」
「悲鳴ですか? ……いや、たしかに」
そう、聞こえてくる叫びは悲鳴だった。
人間の悲鳴ではない。……我が配下、ゴブリン達の悲鳴だ。
そして、悲鳴がこの玉座の間の入口の前まで来て──
ドンッ
鈍い音と共に、扉が破壊された。
「なに?」
そこにいたのは、人間のメスだった。仮面を付けた人間のメスだ。
人間の美的感覚はわからないが、それでも間違いなく美しいと言えるメスだった。
……元来ゴブリンは、異種族であればもっと肉感的なメスを好む。故にこのメスは種族的な好みに合わないはず。しかも仮面を付けていて顔もわからない。にも関わらず、美しいと感じた。
見かけは、華奢なメスだった。ひらひらとした服を纏っていて、随分と弱そうだ。……こんな騒ぎを起こした元凶には見えん。
だが──
「陛下、あの人間のメス、凄まじい魔力でございます」
「ああ、我も感じる。……なるほど、魔法使いか。納得だな」
メスは無造作にこちらに近づいてくる。
手で襲うように示すと、今この場にいる中で一番格下……小間使の通常種ゴブリン達が一斉に襲いかかった。
その全員が、詠唱もなしに使われた魔法により、即座に急所を穿たれ絶命した。
凄まじい練度の魔法使いだ。今まで見たことが無いほどだ。
確かに恐ろしい攻撃力ではある。
……だが、所詮魔法使い。しかもメスだ。
攻撃力の脅威とは裏腹に、体は脆いに違いない。
一撃でも攻撃を当てれば終わるだろう。
さっさと気絶させ、物資としよう。抵抗されると厄介だろうから、念入りに心を折る必要があるだろう。だが、その分役立ってくれるはずだ。
特に、シャーマン系やその上位種を生み出すのに役立ってくれるだろう。
……我が配下にシャーマンの上位種はまだいなかったな。いい機会だ、今度こそゴブリンセージが生まれてくれるかもしれん。
「随分と、悪趣味な玉座ね、ゴブリンキング……いや、エンペラーか」
このメス、ゴブリンの言葉を話せるのか?
なかなかに面白い。
「ほう? わかるか? そうだ。俺はエンペラーだ。……そして、この玉座は見せしめに殺した者や、我を討伐すると息巻いていた者……そういった人間のオスどもの骨で作った。悪趣味と言うが、自分を憎んでいた者達や見下していた者達の亡骸に座るというのは、なかなか心地よいぞ?」
「理解ない。反吐が出る。……やっぱり、ゴブリンは害獣として駆除するしか無いね」
「ふん、害獣だと? 人間風情が不遜だぞ。……やれ」
我の言葉に応じホブゴブリン十体とジェネラル五体が動き出す。
ホブゴブリンはオークには少しばかり及ばないが、それでも並みのゴブリンとは比較にならない強さだ。そして、ジェネラルの実力はオーガにすら迫る。
相手は所詮人間。その全てを捌き切れるものではあるまい。
人間という種族は弱い。
殆どの個体は最下層の配下より少し強い程度の戦闘力しか無い。にも関わらず、繁殖力も成長速度も信じられないほどに低い。
戦闘の役割を担うオスならオーク程度の強さはあるようだが、所詮その程度。それに、繁殖力と成長速度の低さから、数も少ない。
……極稀に強力な個体もいるが、それは例外だろう。
我は一度、オーガ以上の力を持った人間と戦ったが、それだけの強さの人間を見たのはその一度だけだった。
おそらく、あれが人間でも最上位の強さなのだろう。我には及ばなかったが、強敵だった。
人間という種の強みは、組織力と計画力だろう。人間はゴブリンより協調性と忍耐に優れる。我のような強大な指導者がおらずとも、同じ意思の下に集まり、未来のために行動する事ができる。
おそらく、人間という種が今まで生き残ることが出来たのはそのためだ。……故に、人間の大都市を攻めるには、相応の準備と覚悟がいる。
だが……今回の相手は一人だ。つまり、物を言うのは純粋な力。
今まで見たことがないほどの魔法を見せたこのメスは、あるいは人間の最上位の実力者なのやもしれぬ。
それでも、おそらくオーガを少し上回る程度。いや、あの魔法技術なら、我が倒したあのオスより強い可能性もゼロではないか? ……だが、仮にどれだけ強かったとしても、ワイバーンと互角程度だろう。
それなら問題ない。
仮に、万が一ワイバーンほどの強さがあれば、今向かっている手勢でも足りぬやもしれん。だが、既にシャーマン達が魔法を準備し、チャンピオン達も飛びかかる姿勢に入っている。
迎撃の大技の後にできる隙を突いて終いだ。
我は、勝利は揺らがぬと考えていた。
だが、我の想定は軽々と覆された。
それからの想定を越えた展開に、我は極限までこのメスを見極めることに集中することとなった。
凄まじい集中力の結果、あたかもスローモーションのようにその出来事を認識する。
飛び掛かった十体のホブゴブリン。
その全員がやはり無詠唱の魔法にて一撃で急所を穿たれた。
そして、その後の隙を突いたジェネラル。彼らの棍棒と斧、それでこのメスを討ち取ったと思った。
だが、想定を越えたのはそこからだ。
ジェネラルの太い腕から繰り出された棍棒の一撃が、メスの細腕に軽々と受け止められた。
振り下ろされる斧は、柄を剣によって断ち切られ、刃は回転しながらあらぬ方向へ飛んでいく。
「バカな」
「貧弱ね」
棍棒を止められたジェネラルの愕然とした声に、メスは呆れたように返しつつ、斧を持っていたジェネラルへと再び刃を振るった。
翻った刃に、斧を持っていたジェネラルの首が狩られる。……間合いの外だったはずだ。どうやって斬った? 刃の動きと連動していたのは間違いないが、どうして刃の届かない位置にあった首が斬れたのかはわからなかった。
同時に巨大な棍棒ごと一体目のジェネラルが投げ飛ばされる。……どうやら強固な石の棍棒に、指をめり込ませて握っていたらしい。目を疑ったが、どうやらそうらしい。……ジェネラルも手を離せば良いものを、武器を奪われるよう咄嗟に強く握ってしまったようだ。
投げ飛ばされたジェネラルは、メスに向かっていた三体目に激突し、動きを阻害させられた。
挙げ句、二体まとめて槍状の魔法で串刺しにされる。
続く四体目、五体目が武器を振り下ろすときには、既にメスの体勢はニュートラルに戻っている。
準備万端で迎撃されれば当然、仕留められるわけがない。
……だが、それでも四体目と五体目は必死で食い下がろうとした。なんとか掴みかかり、動きを封じようと動いた。
その隙を、シャーマン達も狙っていた。
だが、それを児戯だとでも言うように、このメスは地面を強く踏み鳴らした。
その瞬間、凄まじい魔力が迸り、シャーマン達が準備していた魔法が霧散した。
我は魔法使いではないが、察する。あれは魔法ですら無い。ただ大量の魔力でシャーマン達の魔法を乱しただけだ。
そのまま、シャーマンの援護を得られず、ジェネラル達は地に伏す。
チャンピオン達も既に動いているが、嫌な予感がする。
……相手は人間。どんなに強くてもワイバーン程度のはず。勝てるはず。人間がワイバーンより上の力を持つなどあるはずがない!
この我でさえ、ワイバーンに正面から勝つのは困難なのだ! 人間風情が我を越えた強さを持つなどありえない! あってはならない!
だが、嫌な予感が拭えない。
そうして、我は立ち上がり、槍を構えた。その槍に魔力を集める。
以前オーガ以上の力を持った人間のオスも葬った技だ。
今回はあの時と違い、一対一でもない。チャンピオン達が作った隙をつき、一撃で葬る。
相手は人間、それもメス! この一撃で葬れないはずがない! ジェネラルの攻撃を止めたのだって、何か魔法で小細工をしているはずだ!
チャンピオンの実力はオーガを軽く凌駕し、ワイバーンに迫る……つまり戦闘能力だけなら我にも匹敵する。そんなチャンピオンが三体。
その三体が迫り、剣を振るう。
それをこの怪物は舞うように躱し、チャンピオン一体の首を刎ねる。やはり間合いの外から。
そして、残る二体の剣も容易く躱した。
だが、そのタイミングでようやくシャーマン達の魔法の再構築が終わった。
今だ!
チャンピオンの剣、シャーマン達の攻撃魔法、それらを防ぎ、躱し、かいくぐる敵……その背がこちらに向いた瞬間、我は全力で跳躍した。
これまで経験した戦いで最大の速度。
何者をも貫けると確信できるほど、魔力を帯びた我が愛槍は心強い。
この技が当たれば、ワイバーンすら討てる。討った実績もある。かつてチャンピオンと協力してワイバーンを討った際、身に付けた技なのだ。しかも、オーガを超える人間を殺した一撃より、ワイバーンの鱗を貫通した一撃より、今回の方が上回る威力だと確信できる。
相手は人間のメス、この一撃で貫けぬ道理はない! ……鎧も纏っているようだが、念には念を、鎧に覆われている箇所は避け、薄布しかない部分を狙う。当然、薄布で我が槍を止められるはずもなし!
この化け物も、流石にチャンピオンとシャーマンの連携を防ぐのに手一杯で、我には気付いていないらしい。
貰った! 我の勝ちだ!
その背中に槍を突き立てた。
……否、突き立てるはずだった。
「は?」
「残念だけど、お前程度の攻撃じゃ、私の装備を貫けないよ」
槍の穂先は、メスの服で止まっていた。
薄い布切れ一枚、貫けていない。
槍と肌の間に挟まっているのは薄い布なのに、穂先は肌を沈ませることすらできていない。
完全に止められていた。
ありえないと思っていたことが、眼の前で起こっている。
我の全力の一撃は、このメスの身にまとう薄布一枚すら貫けなかった。
「隙を見せれば近寄ってくれそうだと思ったけど、想定通り動いてくれてありがとう」
「馬鹿な! 我の一撃はワイバーンの鱗すら貫通するのだぞ!? 人間風情がワイバーンを上回る強さを持つなどありえないはず!」
「冥土の土産に、特別に教えてあげる。……人間の冒険者の等級は一対一で勝てる魔物の強さで表される。……オーガに勝てればオーガ級、ワイバーンに勝てればワイバーン級……で、私の実力は──」
言いながら、メスが剣を上段に構える。そして、構えた時点で、メスに攻撃を仕掛けていたチャンピオン達がバラバラになっていた。いつの間にか、気づかぬ内に。
今までは目で追えていたのに、そのときの動きは全く見えなかった。
そうして、構えた剣を、まっすぐに我に振り下ろしながら、そのメスは言った。
「──ドラゴン級よ」
防御のために上に掲げた槍がなんの抵抗もなく寸断された。
直後、薄れゆく視界は縦に裂けて、ズレていく。
我は何を間違った? 我は何をしてしまった?
どうして……こんな怪物に出会ったのだ?
※※※
エンペラーを仕留めた直後、シャーマン達も魔法で仕留めた。
「『想念残響』…………『鎮魂』。……冒険者もいたみたいだけど、あの男達が労働力として連れてこられる前か。……長期依頼のオーガ級みたいだし、まだギルドも知らないんだろうなぁ。仕方ない」
呟きつつ、私は『魔力文字』で、ここを調査しに来るであろうギルドに向けたメッセージを残す。ここで死んだ冒険者達、その想念から読み取った情報だ。
ついでに、ゴブリン達の嫌う匂いを抽出して作った香薬を収納結晶から取り出し、振りまいた。
……この骨の玉座やメッセージ荒らされる可能性は低くなったはず。
「『広域範囲探知」
周囲を探ったが、残りはただのゴブリンと、あとそこそこの数のホブゴブリン。脅威度の高い上位個体はこの場に集合していたようだ。
人質達と合流する前に、ホブゴブリンが居る場所を軽く巡って、数を減らしておこう。
「さて、だいぶ加減したから、バレたりはしない……よね? ……まぁ、最後だけほんの少し、一端を見せちゃったけど……大丈夫だよね? ……よし、後は人質達を村に連れ帰って、薬渡して……残党狩りはギルドにまかせよ。ルナも待っているだろうし、早く帰らなきゃ」
ゴブリンというのは、基本的に大きな群れを作れない。協調性がなく、自分の欲望最優先だからだ。だから、統率力のある頭が潰れれば、勝手に分裂したり、互いに潰し合ったりして、大した危険じゃなくなる。
残るホブゴブリンを削れば、あとはギルドが対応すれば十分だろう。仮にあの開拓村に来ても、大した規模じゃないはずだ。今から村に帰る男達で対処できるだろう。
その後、私は人質だった女子供、労働力にされていた男達を連れ、開拓村に戻った。
そこで、村の人々に薬と……ある程度の保存食を渡した。
薬は、病気用の薬、精神用の薬、一般的な下級ポーション……あとは女性用に何種類かの薬。精神用のものはそれなりの期間分。もちろん依存性の無いものだ。
それらを渡し、礼をしたいという村人達の申し出を固辞し、私は村を後にした。……最後は何か、神様みたいに扱われて怖かった。……自分はステライリス様の使徒だと明かし、美しさ……外見だけでなく、美しい生き方、善美なる生き方を心掛けなさいと説いておいた。
もうすぐ一区切りなんで、そこまでは今のペースで投稿します。
以降は作品概要にもある通り不定期で更新する予定です。




