第七話 薄明の妖精騎士アンテルーチェ
魔力で全身を強化しつつ、気配を消して跳躍した。
武装都市グラディアを護る堅固で巨大な壁。その壁を軽々と、そしてひっそりと跳び越え、私は街の外へと抜け出した。
今日少年達とゴブリンが戦った場所へ向かう。
──さてどうかな? 足跡は……あった。
私はすぐに、少年達とゴブリンたちの足跡を見つけた。その足跡を辿っていく。
そうすると、おそらく少年達がゴブリン達に囲まれ、襲われたであろう場所に到着。
そこから更に痕跡を探す。
一応は隠密行動を心がけていたのだろうが、所詮はゴブリン。痕跡はいたるところに発見できた。
足跡、折れた枝、踏まれた草、花びらの散った花、苔むした木の幹についた擦った跡。
それらの情報を分析、さらにゴブリン達がどこから来たのか遡る。
そうして、しばらくの探索の後、私はそこについた。
へぇ、そういうことか。
これはちょっとまずいかも。
眼の前にあったのは開拓村だった。
武装都市グラディアは、人類領域の最西端とされる。
では、それより西に人間が住んでいないかというと、実はそうではない。
実際には更に西、未開領域の真っ只中にも開拓村が存在している。
そういった開拓村が、土地を拓き、安定させることで人類領域は広がっていくのだ。
眼の前にあるのは、そういった未開領域の中の開拓村だ。
当然ながら、普通の村とは違う。
何が違うかと言えば、村でありながら堅牢な壁に囲まれている。巨大な木の杭を地面に刺し並べた壁だ。……ああいや、堅牢というわけではないか? 壁の一部に損傷が見える。最近出来たものというわけでもないな。……この村は、こういった未開領域において生命線であるはずの壁を修理していなかったのか? それとも、修理するような余裕がなかったのか?
壁の傷は小さいが……小さい魔物なら中に入ってしまえそうだ。……それこそ、ゴブリンなどなら。
その壁の外には僅かに農地が広がっている。
農地からは、しばらく手入れされていない様子が見て取れた。
……上からの情報が欲しいかな。ちょっと隠れて飛ぶか。
「『透明化』『飛行』」
仮面の効果によって変化した、少し大人びた声音で唱える。
一応無詠唱でも使えるが、魔法名ぐらいは唱えたほうが確実だ。
魔法を完全に詠唱するのと、魔法名を唱えるのと、何も唱えず無詠唱で発動するのは、それぞれ難易度が大きく異なる。
今回使ったような補助系の魔法は、大抵かなり高度な魔法であり、発動が難しい。その上、発動が上手く行かずに中途半端な効果になった場合のリスクが大きい。攻撃魔法なら大抵威力が下がるだけだが、透明化魔法なら姿を見られたり、飛行魔法なら落下したりする危険性がある。
なので私はリスク管理として、補助系の魔法を使う場合は魔法名ぐらいは唱えることにしていた。どうしても必要に駆られた場合や訓練の場合は無詠唱で使うけど、今は唱えても問題ない。
……逆に戦闘用の魔法の場合、無詠唱では発動が難しい高位魔法でも、場合によっては無詠唱を試す。戦闘用の魔法は、暴発みたいなタイプの失敗はしないように構築の仕方を考えておけば、失敗時のリスクもさほど大きくない。それより、戦闘中という時間の価値が極めて高い状況で、より早く魔法を発動することのほうが大事だ。
余談だが、私と同格のドラゴン級で、魔法使いが本職の者達は補助系も当然のように無詠唱で使う。というかほぼ全ての魔法を無詠唱で使う。流石に本職は練度が違う。……私もそこらの魔法使いに負ける気はないが、流石に本職じゃないからね。同格の魔法使いには負ける。
閑話休題。
透明化魔法と飛行魔法をかけて、村の上空へ。
中を確認すると……なるほどねぇ。この状況、やっぱりキング以上が発生しているんだんろうなぁ。
村の中には、まだ生きた人間と……門からは死角となる位置で行動するゴブリン達がいた。
生きた人間は普通に生活しているように見えるが……子供の姿がない。若い女性の姿もない。成人男性の姿もない。
姿がない特定の性別・年齢層の者達は、すでに死んでいるか、人質か、あるいは──
生かされている人達は、何かしら使うつもりがあるのだろう。
例えば、人質を使って脅しながら、グラディアに関する調査をさせたり、グラディア侵入の手引をさせたりか?
あるいは、村への来訪者を捕らえるためという可能性もあるか。
ゴブリン達が隠れ潜んでいるのは、来訪者を罠に掛けるためだろう。
この手の開拓村のある場所は大抵、元々未開領域に挑む冒険者達の野営地だった場所だ。
野営に適した場所が段々と拓かれていき、冒険者がみんなそこで夜を越すようになり、そして村ができるわけだ。
そのためこういった場所は、冒険者からも未開領域内での休憩場所や宿として活用される。冒険者相手の宿屋なども村の中にはあるだろう。
……つまり、この村に冒険者が来て、人質を取られた村人が毒を盛り、そのままゴブリンに捕らえられる……なんてこともありうる。
さて、ではどうするか?
どちらの可能性にしろ、ゴブリンに従わされているであろう人達を放ってはおけない。
だけど、この村にキングが居る可能性は低いよねぇ。
ゴブリンからしても、ここはただの前線基地だろうし。
……よし、とりあえずこの村の人達を助けつつ、ゴブリンに洗脳魔法をかけて本拠地の情報を得ようかな。
そう決めてからの行動は速かった。
なにせ、今回は明確な倒すべき敵がいる。精神魔法への耐性も持っていないから、強引に情報を抜き出して解決可能なのだ。
最短距離で解決しても問題ない。
※※※
突然だった。
空から妖精が舞い降りた。
仮面を着けた、美しい妖精だ。あまりの美しさに、ステライリス様が顕現なされたのかと見紛うほどだった。
身につける装備は淡い光を放ち、夜空を薄く彩る。
まさしく高貴なる妖精騎士。物語の中から抜け出してきたかのようだった。
だが、舞い降りた妖精の行動は……優しげな美しさとは裏腹に、苛烈だった。
その薄い桃紫色とでも言うべき色合いの妖精騎士は、突然空から攻撃魔法を放った。
そして、矢の様に細いそれらの攻撃魔法が、寸分違わず村中のゴブリン達の急所を撃ち抜いた。
さらに、儂の前に着地した妖精は
「『範囲探知』」
周辺を探る魔法を使ったらしい。
直後、眼にも止まらぬ速さで村中を走り抜け、村内に隠れ潜むゴブリン達を見つけ出し、昏倒させた。
最初の魔法で仕留められたゴブリンの数、十四。
建物の中などにいて最初の一撃を免れ、その後に探知されて昏倒させられたゴブリンの数、十一。
この村にいた二十五体のゴブリン達は、瞬く間に打倒された。
あまりの出来事に、村人たちが外に出てきて、妖精の周りに集まってくる。
流石にゴブリンを昏倒させる過程でいくつもの家に押し入っていたし、何度か大きい音も立った。みんなが気づくのも当然だ。
「あんた! なんてことしてくれたんだい!」
「こら! やめないか!」
村長である儂が妖精に声をかけようとしたところ、血相を変えた村人の女が妖精に食って掛かった。
儂は押し留めようとしたが、老いた身では止めきれず、結局女が妖精に掴みかかってしまった。女もそれなりに……それこそ、若い娘たちと違ってこの村に残ることが出来ている程度には年を食っていたが、それでも儂よりは随分若く、力があった。
女が妖精に掴みかかる姿に、肝が冷える。
あれほどの力を見せた妖精だ、怒らせてはまずい。この村が滅んでもおかしくない。
「なんてことをしてくれた、とは?」
「あんたは善意でゴブリンを倒したのかも知れないけどね! あたしらの子供達や村の娘達、男達は、ゴブリン達の巣に連れて行かれて人質や労働力にされてるんだよ! これが奴らに知られたら、みんなが殺されちまう!」
怒りながら涙を流して、女が言う。
だが、それに対して妖精は優しく、落ち着く声音で言った。
「それなら大丈夫です。私が助けますから。……『支配』『覚醒』」
妖精はなにかの魔法をゴブリンに連続でかけた。
すると、ゴブリンが眼を覚ました。だが、どうにもゴブリンは正気とは思えない様子だった。
村人達が警戒する中、妖精はゴブリンと向き合う。
「■■■、■■?」
妖精が、何かよくわからない言語でゴブリンに語りかけた。……ゴブリン同士が会話するときのような言語だ。ゴブリンの中には人間の言葉を話せる固体もいるが、大抵はこういうよくわからない言語で喋るのだ。
「■■■」
ゴブリンは短く応えると、どこかを指差した。
妖精は別のゴブリン数体も起こし、同じことをした。
どのゴブリンも、同じ方角を指差す。
それを確認して頷いた妖精は、私達の方に向き直った。
「ゴブリンたちの本拠地がわかりそうなので、潰してきます。……人質の方々も救出しますね」
妖精は、まるでなんでもないことのように言った。
だが、本当にそんなことが可能なのだろうか?
「本当に、そんなことができるのかい?」
「生きてさえいれば、救い出して見せましょう」
女の問いに、妖精は自信の込もった……けれど現実的な言葉を返した。
そう、「生きてさえいれば」……儂達村人からは、連れて行かれた人質が生きているかは見えない。
儂達は、生きていることを信じて、ゴブリン達に従ってきた。……仮に生きていたのに、儂達の言動が原因で殺されたりしたならば……耐えられない。そう思っていた。
だが同時に、何度も思ったことでもある。子供達も娘達も……更には男達すらも、もう既に殺されているのではないか、ゴブリン達の餌になってしまったのではないか、と。
女もまた、生きていない可能性を考え、泣き崩れた。
ゴブリン達は生きていると言って嗤ったが。保証はない。それでも、儂達はそれを心の支えにするしかなかった。ゴブリン達に従うことで「これだけ従順にしているのだから生きていてくれるはずだ」という、虚像の安心に縋るしかなかったのだ。
その虚像は、もうない。
「ちなみに、村の男性ですが、労働力にされているんですか?」
「……何人かは見せしめに殺されました。……残りはその通りです。労働力として人質たちと一緒に連れて行かれました。……人質達に刃物を突きつけた状態で」
「なるほど」
「こんなところにある村です。男達は戦い慣れていてゴブリンなんかよりずっと強い。オークにすら一対一で勝利できる実力者ばかりです。……そして、だからこそいろんな使い道があると、人の言葉を喋るゴブリンは言っていました」
「……まぁ、その通りでしょうね」
妖精はしばらく考えた後、何か頷いて、再び正気を失っているゴブリン達に問いかけた。
その後、ゴブリン達の応答を聞き、再び頷いて指示をだした。
ゴブリン達が村の外へと移動しだす。
「情報ありがとうございました。私はゴブリン達に本拠地への案内をさせて、そのまま本拠地を潰してきます。捕まっている人達は、可能な限り救ってみせますね。それでは」
妖精はそう言って、ゴブリン達の後を追い、村を去ろうとした。
儂は咄嗟にその後姿に声をかける。
「お待ちを! こちらの者は無礼をいたしましたが、貴方は今の時点で既に、我が村の恩人! どうかお名前をお教えください。そして、次いらっしゃった際には、是非おもてなしさせてください!」
儂の言葉を聞いた妖精が立ち止まる。
そして、振り返り、こう言った。
「私は……アンテルーチェ。ええ、私の名前はアンテルーチェです。おもてなしについては気を使われずとも結構ですよ。しばらくはこの村も大変でしょうから。それよりは、この村がしっかりと復興してくれるほうが、私は嬉しいです」
その声音は優しかった。仮面で見えないが、きっと儂に微笑んでくれているのだろうと、そう感じた。
そのとき儂はなんの根拠もないのに、このお方に任せれば大丈夫に違いないと、そう思ったのだ。




