第六話 災厄の予兆は早めに潰すに限る
「おい! 大丈夫か!?」
私が気絶したフリをした直後、私の体に手を伸ばしたゴブリンたちの首が刎ねられた。
読み通り、完璧なタイミングで少年達が勝利したようだ。
そして今、私の体を揺すって起こそうとしている。
ま、今回の気絶は軽い脳震盪ぐらいの想定だし、後数秒ぐらいで目を覚ましていいかな。
「ん……ぅ? えっと? あ! ゴブリンはっ!? ぁ痛っ……!」
痛がって頭を押さえる演技をする。
「大丈夫だ、ゴブリンなら倒した。……それにしても、戦い方も碌に知らないのに、よく飛び込んできたなお前」
「あ、あはは……逆に助けられちゃったみたいで……ごめんなさい」
苦笑しつつ謝る。事実がどうあれ、客観的に見れば私は彼らに助けられた形だ。
「助けます!」なんて言って参戦したのに、一発も攻撃を当てられないまま、ゴブリンに気絶させられた少女。彼らの目にはさぞ滑稽に映っていることだろう。
どんなふうに貶されるかと、少し身構えたが……
「いや、偶然とは言え、こっちも君に助けられた。君が来なければ、俺達はゴブリンにやられていたかも知れない。ありがとう」
私に話しかけている少年は、そう言って微笑んだ。彼の仲間も、後ろで頷いている。
……彼らは随分と心優しいパーティらしい。なんと言うか冒険者らしくない。
「君、足も怪我しているみたいだけど、歩ける? 無理なら助けてくれたお礼に、君を運ぶけど」
言われて悩んだ。
もちろん、本来の私にとっては余裕だ。このぐらいならいつでも治せる。治さずとも動きに支障のない状態にする魔法も習得している。
だが今の私は、明らかに足の骨が折れた状態の、戦闘能力皆無のかよわい女の子なのだ。
もちろん新人だから、治癒魔法などを使えるのも不自然……いや、治癒魔法が使える新人もいるな。……戦闘センスは皆無だけれど治癒の心得があるって方向性にするか?
……ダメだな、治癒役として実力十分なら、補助的役割とはいえ集団戦においては戦闘能力があるとみなされるかも。そうなると、等級を上げるざるをえなくなる可能性がある。
一人で等級の示す魔物を討伐可能という基準には合わないが、何事も例外はある。実際、本人の単独での戦闘能力はオーク程度なのに、例外的にワイバーン級になった付与術師を見たことがあるし。
というわけで、治癒魔法の披露もなし。
治癒魔法を使わないならば、流石にこの状況で断るのは不自然だろう。
「申し訳ないのですが、お願いできますか?」
「オッケー! あ、自己紹介がまだだったな。俺の名前はエド。よろしくな」
眼の前の少年が自己紹介すると、他の彼の仲間達も同様に自己紹介してくれた。
ロイ、ラグ、ゼス、ベンか。……エド、ロイ、ラグが剣、ゼスが槍、ベンが棍棒と盾を持っている。みんな簡潔な自己紹介だった。
「私はアシュリーっていいます。よろしくお願いします」
私も名前を名乗るだけの簡潔な自己紹介をして、エドの背に世話になった。
荷物はロドが持ってくれた。……こんなこともあろうかと、荷物の重さはいつも「妥当な重さ」になるよう調節している。それが功を奏した。
私は新人冒険者の少年パーティに運ばれ、グラディアへと帰還した。
※※※
「……どう思う? ルキナ」
「まだこれだけではなんとも言えませんよ、ギルドマスター」
グラディアの冒険者ギルド、ギルドマスターの執務室。
私、副ギルドマスターのルキナはそこに呼び出されていた。
ギルドマスターであるレイドと二人っきりの執務室。
話し合う内容は、今日ゴブリンに襲われた新人六人の報告についてだ。
五人パーティが十二体のゴブリンに襲われていたところに、ソロの新人が参戦。最終的にそのソロの新人が骨折などの怪我を負ったものの、残り五人が彼女のお陰で出来た隙を突き、ゴブリン達の殲滅に成功した。
問題は、ゴブリン達が十二体という数で動いていたこと。そして、攻撃前に囲んだり、慎重に体力を削ることを目的とした戦法を取ったりしていたことだ。
「まぁ、少なくとも、普通のゴブリンの群れではありませんね」
「だよなぁ……まず、十二体なんて数で行動してる時点で、かなりの数の群れのはず。そのうえで、ゴブリンが無い頭を使って戦術を考えて戦ってきた……これさぁ、アレなんじゃないの?」
「……ゴブリンシャーマンやゴブリンジェネラルなどが誕生した可能性、ですか?」
ゴブリンが戦術的な動きをする。それは、ゴブリン達にそういった動きを教導できる上位種が生まれた可能性が高い。
戦術を考え、教える事のできる上位種となると、ホブゴブリン程度ではない。ゴブリンシャーマンやゴブリンジェネラルの誕生が憂慮される。
……だが、実際のところ、ゴブリンシャーマンやゴブリンジェネラル程度なら問題はない。
その程度なら。
「ルキナ、わかっているだろ? 俺が警戒しているのはシャーマンやジェネラルごときじゃないって。……第一、シャーマンやジェネラルが誕生した場合、戦術的な動きをすることへの説明はつくが……数が多いことへの説明にはならない。通常一組五体以下程度でしか集団行動をしないゴブリン達が、その倍以上の数で動いているんだ。かなり数が増えているはず……それはつまり」
「ゴブリンキングかゴブリンクイーンが生まれた可能性、ですか」
「ああ……最悪その上、エンペラーまで考慮が必要かもな」
「流石にそれは無いのでは?」
ゴブリンキングやゴブリンクイーンは場合によっては災厄種などと呼ばれる厄介な魔物だ。存在するだけでゴブリンたちの繁殖力を高め、更に上位固体の誕生確率を上げるなんて特性があると聞く。
キングの場合、クイーンより上位固体誕生確率が高いらしい。その代わり、クイーンの場合、キングより繁殖力が高まるそうだ。
ちなみに、エンペラーの場合はキングより上位固体誕生確率が高く、クイーンより繁殖力が高まるらしい。なお、エンペラーはメスでもエンペラーだ。エンプレスにはならない。
「最悪を想定して動く。相手がゴブリンキングやらの場合、時間を与えるとその分だけ危険だ。群れが押し寄せてきたときにはすでに詰んでいるということもありうる」
「そうですね」
「数が揃う前なら、実力者を揃えればエンペラーだろうが討伐は容易だ。上位種って言っても所詮ゴブリンだからな。だが、数が揃えばグラディアが潰れかねない。すぐに動くぞ」
ゴブリンの強みはその繁殖力だ。上位固体は確かに力も知能もゴブリンとは思えない程にあるが、それ以上に重要なのは、知能が低く数の多いゴブリン達を統率できるという特性だ。
だからこそ、キング以上のゴブリンは災厄種に分類される。
災厄種。それは文字通り、災厄を齎す生物を示す呼び名だ。ゴブリンキングのような、無数の配下を従える種もいれば、ディザスタードラゴンのような圧倒的な力で単体で災厄となる種も存在する。
ゴブリンキングは災厄種の中だとまだ対処が容易な方だが、放っておけば災厄を齎す存在であることは確かだ。
「まず、グラディア周辺で最近連絡の取れていない開拓村なんかが無いか調べてくれ。もしあればすぐに調査のための冒険者を派遣しろ。派遣する冒険者は最低でもオーク級パーティ。できればオーガ級がいいな。オーク級を派遣する場合、オーク級の中でも生存能力に定評のあるパーティを選んでくれ」
「わかりました」
「よろしく頼むぞ」
言われて、私はギルドマスターの執務室を後にした。
降って湧いてきた脅威の可能性。それを考えると気が重い。
……こんなときにミリアさんがいてくれれば。
……あるいは、ニ年前に消息を断った「彼」がいてくれれば。
そう考えて、自嘲する。
何を馬鹿なことを。当時彼のことを疑い邪険にしたこともあったというのに。
冒険者ギルドには、遺書を預かるシステムが有る。特に、一部の大きなギルドにおける金品の預かりシステムを利用している人物は、遺書を書くことが必須だ。……そして、長い期間消息不明となった人物は、その遺書が開封され、その内容の通りに、ギルドに預けられている資産を動かすことになっている。
ニ年前に消息を断った「彼」の遺言。それとともに見直された「彼」の功績。それを考えると、確かに「彼」ならば、グラディアが窮地とあらば救うための行動をとってくれるだろう。
だが、あの頃多くの者たちが「彼」を誤解し、遠ざけていた。にも関わらず、いなくなってから再評価された人物像を以て頼りにするなど、虫が良いにも程がある。
当時、彼のことを評価していた人物なんて……いや、それこそミリアさんだけは彼を正しく評価していたようにも思う。……まぁきっと、彼女のからの評価は彼には伝わっていなかっただろうけれど。
……ミリアさん、照れ隠しが酷かったから。
当時の私はミリアさんを悪趣味な人だと思っていたけれど、今思うと本当に、私が……私達が節穴なだけだったなぁ。
ともかく、余計なことを考えて現実逃避していないで、やるべきことをやろう。
まずは周辺の開拓村の情報の確認。そして必要なら、派遣する冒険者を見繕わなくては。
※※※
「それじゃ、ルナ。私の身代わりよろしくね」
そう言った私の視線の先には、私と瓜二つの姿に変身したルナの姿があった。
見た目だけでなく、もちろん大きさも私と同じだ。普段の手のひらサイズとは随分違う。
「はいはい。このために私に変身魔法を覚えさせたんだもんね。私はちゃんと怪我人のふりしておくから、さっさと行きなさい。……で、私がボロを出さない内に戻ってきなさいね」
「あはは、仮にボロを出したところで、本来の私がどういう人間なのか、そもそもまだ周りに知られてないじゃん。気にしなくて大丈夫だよ」
言いながら、私は青い結晶を手に持った。
内部には緻密な立体魔法陣が描かれている。
収納結晶だ。
内部に物品を収納できるアイテムで、高ランク冒険者の必需品である。
非常に便利だが、収納する対象に応じた魔法陣を作る必要があり、実質オーダーメイドが必須。
要求される製造技術も素材も極めてハイレベルであり……これ一個作るだけで豪邸が一軒建つ。
……まぁ、私は自分で作れるんだけどね。
私は収納結晶から仮面を取り出す。
薄紫のような、薄ピンクのような、そんな色合いの仮面。花と蝶の翅を象った仮面。
この仮面の名は『薄明精の装い』。……ステライリス様が弄った結果、これもまた神器になっている。私が正体を隠したいときのための変装用装備だ。
ハーフアップにしていた髪を解いて、身につける。
すると、髪に魔力が通る感覚がした。これで私の髪は仮面と同じ、薄紫のような、薄ピンクのような色合いになったはずだ。あと、確かちょっとだけ髪が伸びる。一時的に。
更に、身に付けている装備にも魔力を通す。
装備が光りに包まれ、変化していく。
ほんの一瞬で光は収まった。
変化後の装備、それらを身に着けた私の姿を端的に表すとすれば、薄明の妖精騎士。
優美でありながら、確かに戦う者を思わせるドレスアーマー。盾もまた、円盾から騎士の持つようなヒーターシールド型になり、緻密な装飾が施されている。
全ての装備が、その素材を歪めて作っていた見せかけを取り払い、素材本来の……それらの素材を使って作った装備として、あるべき姿を取り戻している。いずれも、色味も質感も、纏う気配や魔力も完全に別物だ。
さっきまでゴワゴワだった服は、元来のディバインシルクの艶と手触りに戻った。
エクリプスディアの皮をモビーディックオイルで鞣したルミナスレザーもまた、本来あるべき輝きを纏っている。見た目だけなら金属製の鎧や篭手、ブーツだと勘違いされることもあるだろう。もはや、さっきまでの新人冒険者の革鎧の面影は皆無だ。
盾の金属部分はエルヴンミスリルの静かな煌めきを、木板部分はエンシェントドリュアスより譲り受けたユグドラシルブランチの力強い生命力を宿している。
剣はもとより無骨。戻る姿はない。これがあるべき姿だ。
……本来はステライリス様より頂いた神器を持ち出すほうが見た目は合うが、ゴブリンごときの血であの神器を穢す気はない。この剣も十二分な性能だし……仮に相手がゴブリンエンペラーだったところで、私……俺が本気なら素手でも殲滅できる。
「……じゃ、行ってくるよ。災厄の予兆は早めに潰すに限るからね」




