第三話 新人冒険者アシュリー
人類領域の西端にある国家、プログカーザ都市同盟。そのまた西端に位置する都市、武装都市グラディア。
この都市には、多くの冒険者が住んでいる。
西の未踏領域に住む強力な魔物を狩り、素材を剥ぎ取り、人類領域では希少とされるそれらの素材を取引することで生計を立てる命知らずたちだ。
そんな冒険者たちの集う、冒険者ギルド。
その受付で二人の女性が会話していた。
「レベッカさん、薬草採取の依頼受けてくださいませんか?」
「はぁ、嫌だよそんな新人向けの仕事。アタシはオーガ級だよ? そういう仕事はゴブリン級の新人に回しな」
冒険者ギルドの受付嬢に懇願されていた女性冒険者が、溜息をつきながらその頼みを断る。
この世界の冒険者のランクは、そのランクの冒険者が一対一で討伐できるとされるモンスターの名称で示される。
即ち、ゴブリン級、コボルド級、オーク級、オーガ級、ワイバーン級、サイクロプス級、そしてドラゴン級だ。
その中で、受付嬢に頼み事をされていた女性、レベッカはオーガ級……即ち、かなりのベテランと言える等級の冒険者なのである。薬草採取の仕事を断るのも当然だった。
「新人さんはみんなどこかのクランにはいってしまうんですよ。……で、クランの人に教わりながらすぐに戦闘系の依頼を始めちゃうんです」
クランというのは、冒険者同士で作る組織だ。冒険者ギルドに登録した公認のものもあれば、非公認のものも存在する。
クランでは、大体の場合会費などを収める必要がある。その代わり、戦い方や野営の仕方、依頼を受ける際に注意することなどを教えてもらえたり、後ろ盾になってもらえたりするのだ。クランメンバーとパーティを組んで依頼を受けたり、大規模依頼にクランメンバーで集まって対応するということも多い。
「……まぁ、そりゃあここは果ての辺境たる武装都市グラディアだからねぇ。ここで冒険者になるようなやつらは、薬草採取なんてシケた仕事してないで、魔物討伐に手を伸ばすだろうよ。……ギルドからしても、新人がすぐに戦えるようになるのは良いことでしょうが」
「それはそうですが、薬草採取だって必要なんですよ。この都市にだって病気の人はいますし、冒険者のみなさんだって怪我をします。ですから当然薬も必要です。……ですが、ここは魔物も多く出る、果ての辺境。行商人などが持ってくる他所からの薬は、輸送費用の関係上どうしても値段が跳ね上がります。だから、冒険者さんたちが薬草を取ってきてくれないと、薬がとても手が届かないものになってしまうんですっ!」
「そう言われてもねぇ……だとしても、やっぱりオーガ級の私じゃなくて、ゴブリン級の新人達にやらせるのが筋じゃない?」
「……新人さんほど、薬草採取とかを馬鹿にしがちなんですよ。魔物討伐より下に見ている感じで。……たまに受けてくれても、納品物が間違っていたり、状態が悪かったりってことばっかりなんです」
「それこそちゃんと指導してやんなよ……」
「聞いてくれないんですよぉ……クランの先輩の言う事は聞いているみたいなんで、各クランが薬草採取のやり方とかもちゃんと教えてくれればいいんですが」
「グラディアには戦闘特化のクランしかないからねぇ」
受付嬢とレベッカがそんな話をしていると、冒険者ギルドの入口が開いた。
二人も、なんとなくそちらに目を向ける。
そこには、一人の美しい少女が居た。
間違いなく高いレベルで容姿が整っているのだが、どこか素朴な印象を受ける美少女。
僅かにピンクがかった茶髪は、緩やかにウェーブのかかったセミロング。その髪がハーフアップに纏められていた。
着ているのは動きやすそうな衣服の上に、簡単な革鎧を着けたようなもの。革で出来た篭手とブーツも、一応はそれなりの強度がありそうだ。……しかし、戦いを生業とする人間という感じはしない。村娘が頑張って戦闘用の装備を整えました、というような出で立ちだ。
左腕には円盾を装備し、腰には無骨な剣を提げている。どちらもほとんど装飾もなく、その代わりにしっかりとした作りが窺える。
背中には背嚢。これもまた、丈夫そうではあるが、よくある背嚢に見える。
総じて、美少女が美少女であることを邪魔しない、けれども野暮ったい印象の装備。似合ってはいるが、どうしても「冒険者になるために村から出てきた」感が拭えない。
同時に、地に足のついた選択をした装備とも見て取れる。印象の割に、それなり以上の費用がかかっていることが窺えた。
そんな野暮ったい装備の中、右耳に着けた綺麗な耳飾りが目を引く。月を象った耳飾りだ。大きな宝石がついてはいるが、派手ではない。他の装備と調和していないのに、何故かとても似合っていた。
ちなみに、少女自身からは柔らかい、そして身近な印象を受ける。冒険者としては威圧感に欠ける装備もまた、その印象を後押ししていた。
その少女は、レベッカが居る受付の隣の受付まで足を運ぶと、こう、声をかけた。
「すみません、冒険者登録したいのですが」
対応した受付嬢は、冒険者としては頼りない容貌の少女の言葉に困惑していた。
念の為に本当に登録するのか確認したり、冒険者がどういうものか改めて説明したりしている。優しく、丁寧に。
けれど、少女の意思は固いようだった。
それを見ていたレベッカが、眼の前の受付嬢に視線を戻す。
「良かったじゃないか、丁度薬草採取を受けてくれそうな子が来て」
「……えっと、この子に頼むんですか? ……正直不安です。こう言ったら悪いですけど、まともに戦えるように見えないですし……この土地だと薬草採取中に襲われるなんて日常茶飯事ですから」
「いやいや、戦闘能力が不安だからって薬草採取も任せられないんじゃ、他の依頼もほとんど任せられないだろ。むしろ魔物討伐で無茶する前に、薬草採取を回してやんなよ。最初失敗したとしても、教えればちゃんと聞いてくれそうな子なんだしさ」
そんなやり取りの結果、横の受付嬢にこっそりと薬草採取の依頼書が回された。
冒険者登録をしてすぐの少女は、薬草採取の依頼を喜んで受け、熱心に説明を聞いた後、冒険者ギルドを後にした。
※※※
「誰にも怖がられることなく会話ができるなんて、感動! 応対もすごく丁寧だったし!」
「アシュリーって本当にこれまで大変だったのね」
冒険者ギルドでは隠れていたルナが姿を現した。……私の右耳の耳飾りから。
月を象った耳飾り、その宝石には、ルナが入り込む事のできる魔法が込められているのだ。
ルナーティア専用の居住スペースである。
「……誰のせいだと思ってるの?」
「……ごめんなさい」
「いいよ。このニ年、いっぱい謝ってくれたし」
女になってからニ年。
女の体に慣れる訓練や、女としての立ち居振る舞いを覚える訓練をして、更に女の体に合わせた装備を整えていると、いつの間にかそれだけの時間が経っていた。
訓練も装備の確保も、ステライリス様のアドバイスを受けながら、人類領域の外……未踏領域で行っていた。だから、今回が丸ニ年ぶりの人の街だ。……ステライリス様の神域への入口、人類領域から遠すぎるんだよね。不便。
このニ年で、新しい戦闘スタイルを確立した。その戦い方にも慣れ、とりあえず女の体でも、男だった時にかなり近い戦闘能力を発揮できるようになった。
体格、筋力で劣る分、一人だとどうしても男のときの全力には劣る。だが、今はルナの力を借りることができるので、総合的には男の頃より強くなったと言えるだろう。
装備も十分だ。
新人が異常に強い装備を持っていると目を付けられるので、性能面には隠蔽をかけつつ、見た目も目立ちすぎないように気を使った。
ただ……ステライリス様がもっと可愛い装備が良いと言って弄った結果、魔力を込めると装備の見た目が全く別物に変化するという特殊機能が付加された。これを使うと一時的に性能隠蔽効果が無効化されるのが難点だが……まぁ、これはこれで使い道があるので良し。ちなみに魔力を込めたときの見た目をデザインしたのはステライリス様だ。ちょっと恐れ多い。
なお、ステライリス様が直々に弄ったせいで、性質としては神器に分類される状態になっている。……できるだけ気にしないことにする。
通常時の見た目は初心者装備に見えるだろうが、その状態でも実態は超高難易度素材を使った一級品だ。武器以外は正直言って男だった頃より良い装備だ。……まぁ、一応神器だし。
剣は男の頃から持っていたもの。男の頃はあまり使っていなかった武器だ。かつてのメイン武器には劣るが、これも良い武器だ。そのうえで見た目も地味だし、片手剣で扱いやすいので、この武器を選んだ。性能を隠すための隠蔽魔法だけ後付だ。
ちなみに、男の頃のメイン武器を使えなくなったわけではない。重い大剣だが、使おうと思えば使える。……だが、あっちの武器は「ドラゴン級冒険者アッシュの武器」として有名すぎる。なので、今は収納結晶にしまっていた。
……なお、ステライリス様からは武器も貰ったが、それは新たに作ったものではなく、元からあった神器を渡されたものだ。なので、どう見ても初心者が持つものではないデザインをしている。だから普段使うことはない。
そんな感じの素晴らしい装備を整えている内に、結構な時間が経っていたわけだ。まぁ、装備の素材集めも訓練にはなったから良いが。
ちなみに、髪型や装備を変えたこと以外、このニ年で見た目は変わっていない。
つまり、成長も老化もしていない。……ステライリス様曰く「そりゃ、そういう姿になる祝福だからね?」らしい。……私はいつの間にか不老になっていたようだ。少なくとも見た目は。……もしかすると、見た目以外もそうなのかも。
「それにしても薬草採取! こういう土地では薬草もとても大事だからなぁ。頑張らないと!」
「あんたの実力なら余裕でしょ。そんなに気張る必要ないんじゃない?」
「ダメだよ。小さな仕事でも全力で。可能な限り丁寧にやらないと」
「へぇ……志が高いのね」
ルナにそう言われると、少し暗い気持ちになった。
私のこれは、志が高いわけじゃない。
「あー……もしかしたら今は大丈夫かもしれないけど、丁寧に仕事しないと、難癖つけられたりするから」
「……悪人面だったらむしろ難癖つけられたりはしづらいんじゃないの?」
「いやぁ、そうでもないよ。悪人面だった私は、悪いことをするだろうとか、雑な仕事をするだろうとか、ズルをするだろうって思い込まれやすかったみたいでね。正義感が強い人ほど難癖をつけてくる傾向にあったの。しかも相手は自分が正しいと思っているからたちが悪い」
「ああ、なるほど。アシュリーを詐欺にかけたり脅したりするために難癖をつけるんじゃないんだ。相手は正義感で問いただしているのが、アシュリーからするとただの難癖だったのね」
「うん。……だから、できるだけ他人に付け入る隙を与えないのが私のスタンスなの」
文句を言われやすいなら、文句のない仕事をする。それが私の処世術だった。
……まぁ、完璧に丁寧な仕事をしても、難癖をつけられることはあったけど。
それこそ、駆け出しの頃に受けた薬草採取の依頼では、採取した薬草の納品時に「それはどこかで買ってきた薬草だろ」とか言われたりした。……買うほうが高いんだから、そんな無駄になることしないのに。
今の自分なら……今の自分の容姿なら、もしかしたら文句を言われることは無いかも知れない。
だが、丁寧に仕事をするのは今までもやってきたことで、別に負担でもない。
なら、やはり今まで通り、可能な限り丁寧に仕事をしたほうがいいだろう。その方が依頼主のためにもなるだろうし。
だから、この姿であっても手は抜かない。今まで通り全力でやろう。
そう想いを新たに、私は街の外へと踏み出した。




