第二話 命名
「私も解呪するまで気付いていなかったのだけれど……どうやら、貴方の受けていた呪いは、男性化の効果も含まれていたようなの。つまり、貴方は元々女の子で、呪いによって悪人面の男になっていたのよ。それを解呪したのだから、貴方は女になってしまったの。……ごめんね、もう少しちゃんと確認しておけばよかったわ」
「はい? ……私が、元々女? ええ?」
パニック。
信じられない。
男であったことが異常な状態だったなんて……。
それでも、今まで男として生きてきたし、俺の性自認は今でも男なのだが?
「んー……先に気付いていれば、祝福で男性に変えることも出来たのだけれど……同時だったからその効果は含んでいないのよねー」
「なんとかなりませんか?」
「……残念だけれど、神は安易に一度渡した祝福の内容を改変したり、奪って与え直したりしてはならないの。……ちなみに、もちろん追加で新たな祝福を渡すのもなし。一人に二つ以上祝福を渡すのは許されないわ」
「……他の神に祝福をいただけばなんとかなりますか?」
「神の祝福を二柱以上から受けるのは極めて困難ね。貴方は私の祝福を受けた時点で私の使徒になったわ。そして、次に別の神に祝福を受けても、その神の使徒にはならず、私の使徒のままなの。……つまり、貴方が自分の使徒にならないとしても、それでも祝福を渡して良いと思ってもらえるほどの恩を売る必要があるのよ。神相手に、ね」
……聞く限り、無理難題のようだ。
そもそも、神相手に恩を売るだけでも難しいのに、更にハードルが高いのだから。
この姿を受け入れるしかないのだろうか?
再び、鏡を見る。
……確かに、非常に親しみやすい姿だ。
少し童顔の、可愛らしい少女の姿。
なるほど、美少女でも、美人系よりは可愛い系のほうが、親しみやすかろう。
「女ではありますが、確かに親しみやすい容姿にはなりましたね。……ただ、ステライリス様にとっても想定外ということは、ステライリス様がこういう姿にすると決めたわけではないのですね?」
「ええ。『より多くの人に受け入れられ、親しまれる姿』という方向性を指定した私の祝福というだけだもの。それによって、貴方はその方向性に沿った姿になったの。……だから、人々の文化が大きく変化して、親しみやすい姿のイメージが大きく変化すると、貴方の容姿もそれに引きずられることになるわ。……まぁ、この世界の美の基準が私によって固定されている以上、そんな価値観の変化はそうそう起きないはずだけれど」
「なるほど」
つまり、男だったら男として、女だったら女として、最も親しみやすい姿に変化するのが、私の受けた祝福らしい。
……あれ? それって今まで受けていた呪いと同じようなものでは?
「ああ、ちなみに、顔の大部分を隠した場合は、親しみやすい印象を他者に与えることはないわよ。貴方が苦労した悪人面の呪いと違って、親しみやすいという印象を与えたくない場面のための抜け道は用意しているわ」
「あ、はい。ありがとうございます」
これについては素直に良かった。……仮面でも用意するか。
「そうなると、後の悩みどころは……やはり性別ですね。……女の体から、男になる手段は、ほぼ無いのですよね?」
「そうね。……私の祝福があるから、もう一度呪いで男になるというのも難しいの。呪いの中でも恒久的な効果を持つものは、同じく恒久的な祝福を受けている場合、効果を及ぼしづらい。大抵の場合は私の祝福に弾かれてしまうでしょうね」
呪いもだめ。
おそらく、魔法もそうだろう。
……今の話を聞く限り、一時的な変化なら、もしかしたら受け付けるのかもしれない。
だが、一時的な変化だと、毎日のようにかけ続けたりする必要が出てくるだろう。それは大変だ。
そうやって考えていると、ステライリス様が優しげに……俺が考えないようにしていた案を提示してくる。
「ねぇ、そのまま女の子として生きてみない? その姿とても可愛らしいし、『より多くの人に受け入れられ、親しまれる姿』という基準で考えても、男より女のほうがきっと有利よ?」
考えないようにしていたのは、それが……確かにステライリス様の言う通りだからだ。
確かに、方向性的に、男より女のほうが有利な気はする。
だが──
「……確かに、そうなのかも知れません。ですが、いきなり女として生きるというのも難しい選択ですね。……私が元々男だったことを考えると、有利だから女を選ぶっていうのは、女という性別を利用しているっていう気がしてしまいますし」
自分のことを「人に受け入れてほしい」というのは、悪く言えば、「人に取り入りたい」というのと似たようなものだ……と、俺は思っている。
そして、女の方が有利だからそれを選ぶというのは、「人に取り入るために女になる」という感じがして、非常に後ろめたかった。
そう思って少し俯いていると、歩み寄ってきたステライリス様の両手が、俺の頬を包みこんだ。
「真面目ね。いいのよ、そんなに気にしなくて。私が許します。貴方は今まで苦労してきたのだもの。貴方はこれから、性別でも容姿でも、好きに利用して、好きに生きていきなさい」
そう言われ、視線を合わせる。
吸い込まれそうな、美しい瞳。その瞳が、優しく私を肯定してくれていた。
「……本当に良いんでしょうか?」
「そういう反応をする時点で、女になるのが嫌なんじゃなくて、女になるのが後ろめたいだけでしょう? 貴方は、自分が女になること自体への嫌悪は、ほぼない。ならいいのよ。そもそも、貴方は元々女なのだもの。元に戻るだけ。性別を利用しようとして女になった、だなんて後ろめたさを感じて悩む必要はないわ」
そう言って、ステライリス様は微笑んだ。
実際、俺は自分を男だと思ってはいるが……別に、男であること自体には、さほどこだわりはなかった。
男の尊厳だとか、男としての誇りだとか……そういうものは特に無い。そういう価値観を共有する人間関係を、他人と築くことが出来なかったからかも知れない。……ついでに言うと、昔から性欲も薄い。
俺の考えを見透かした様に、「ほらね」と言わんばかりの微笑みをステライリス様は向けてきている。
そんなステライリス様が、俺に囁くように告げる。
「貴方に、名前を与えるわ。女として、私の使徒として、新しい人生を歩んでいく貴方の名前を」
「名前……私の」
そういったときには、俺はもう、新しい自分を受け入れていたのかもしれない。
「アシュリー。それが、新しい貴方の名前。この名前とともに、貴方の持つ善美なる心に従って、私の使徒として生きていきなさい」
「アシュリー……それが、新しい私」
名前を呟くと、なんだかしっくりきた。
……私は、これから、アシュリーとして生きる。
たぶんこれがきっと、私がステライリス様の使徒に成ったということなのだろう。
「ハッピーバースデー、アシュリー。今日が貴女の新しい誕生日よ」
誕生日、か。そういえば、祝ってもらったこともなかったな。
正直、まだ私は、自分を男だと思っている。
それでも、思った以上にすんなりと、女として生きる事実を受け入れることができていた。
「さて、アシュリー……貴女にプレゼントがあるの。貴女は要らないって言うかも知れないし、むしろ貴女に嫌な思いをさせるかも知れないけれど」
「……プレゼント、ですか? この祝福以外に?」
「ええ。プレゼントは……これよ」
そう言うと、ステライリス様は、手のひらの上に召喚魔法陣を構築し……一体の妖精を呼び出した。
小さな、可愛らしい妖精だ。……可愛らしいが、どこか怪しげな……妖艶な雰囲気も感じる。
「この妖精は、貴女に呪いをかけた妖精よ」
「え……この妖精が?」
そう聞くと、黒い感情が湧き上がる。
「んーっ! んーっ!」
妖精は何か不思議な力で口を塞がれているらしく、なんだか唸っていた。
私の感情に、危機感を覚えたのかも知れない。
「この妖精ね、本当に申し訳ないことに、私の眷属の一体なの。妖精は基本的には自由な存在なのだけれど……私は容姿に関わる悪戯と、悪質な悪戯は禁止しているの。でも、今回この子はそれをやった。だから懲罰を与えることにしたわけ。……その懲罰というのが、貴女が死ぬまで、貴女に仕え、奉仕することよ」
「……私に奉仕する、ですか? ……正直、私を呪った相手と一緒にいたくないのですが?」
「ごめんね、そう言わないでこき使ってあげて? 殺したり、ひどく痛めつけたりしなければ、雑に扱ってくれて構わないから。それが復讐にもなるでしょう? ……それに、妖精の力ってとても便利よ?」
雑に使って構わない、か。たしかに、私を呪った相手を好きにこき使うのは痛快かもしれない。
妖精の力が便利、というのもわかる。今まで冒険者として生活してきて、ひどい目にあったことは多かった。正面からの戦闘なら問題なく勝てるのだが……搦め手がかなり厄介なのだ。
しかも、ステライリス様の眷属ということは、妖精の中でもかなり格が高いはず。
実利で言うとかなりのものだ。
一緒にいるのは、嫌だと感じる。けれど、復讐としてこき使うのに全く魅力がないというわけでもない。
その上で、実利は大きい。
しかも、懲罰の内容を決めたのは、私に祝福をくれたステライリス様だ。
……従おう。これもまた、私のためになるかもしれない。
「わかりました」
「そう、よかった! じゃ、はい! プレゼント。……ああ、もう一つの懲罰として、この子の名前を剥奪したから、貴女が新しい名前をつけてあげて」
「名前ですか」
妖精や精霊、神などの存在にとって、名前というのは非常に重要だ。
……それを剥奪したって、私に奉仕させる以上の懲罰では?
事実上、私に呪いをかけたこの妖精は、その存在の大部分を削除されたようなものだろう。
まぁいいか。……被害者の私が気にすることでもない。
それより、私に仕え、私と一緒にいる相手なのなら……今度はそんな悪質なことをしないような名前を与えよう。
「ちなみに、前の名前ってなんだったんです?」
「詳しくは教えられないけれど、夜を示すような意味の名前だったわ」
「なるほど」
夜……夜か。
……うん、決めた。
「貴女の名前は、ルナーティア。ルナーティアよ。略して呼ぶ場合は、ルナ、かな。よろしくね、ルナ」
私が名前を決めた直後、妖精の……ルナの体が光に包まれた。
そして、すぐに光は収まった。
光の中から現れたルナーティアの姿に、変化はない。ただ、纏う雰囲気が怪しげなものではなく、静かな気配に変わっていた。
「私はルナーティア。これからよろしくね、アシュリー」
雰囲気が変わってからは、特に彼女に黒い感情は浮かばなくなっていた。それは、さっきまでの妖精と別の存在にしか思えないからだろうか?
やはり、妖精として名前が変わった結果、事実上別の存在に変わってしまったのだろう。
……これなら、いい関係を築けるかもしれない。




