第一話 美の女神の神域にて
「冒険者アッシュよ、良くぞ私の試練を乗り越えました。さぁ、貴方の望みが叶うときです。私の試練を乗り越え、私や私の信徒たちに多くの恩恵をもたらした貴方に、私の祝福を与えましょう」
眼の前には、美という概念を体現したかの如き美女がいた。
いや、まさに美という概念を体現しているのだろう。
このお方こそが、美神ステライリス様。美を司る女神なのだ。
「さて、それではアッシュ……貴方の望みを言いなさい?」
「では、俺……いえ、私のこの、どう頑張っても悪人と見られてしまう容貌を、人に受け入れてもらえるものにしてください」
そう、それこそが俺の望みだ。
俺は今まで生きてきて、ずっとこの容姿に苦しめられてきた。
別に、俺の容姿は醜かったわけではない、らしい。だが、必ず悪人と見られた。
冒険者として、冒険者らしい装備に身を包めば、初めて会った相手からは大抵山賊や盗賊の類と勘違いされた。
鎧を着込んで見れば、今度は「民衆から不当に金を巻き上げる悪徳兵士に違いない」などと言われた。
それならばと、街では野蛮な装いは避け、身だしなみも整えてみたところ……今度は詐欺師扱いされてしまった。
他にも様々な手段を試したが、何をどう頑張っても悪人と見られることに変わりはなかった。
どれだけ冒険者として頑張ろうと、俺自身が姿を現せば、感謝されることはなく、恐れられた。
何度も依頼を受け、姿を見せないうちは友好な関係を築けていた人もいた。その人は手紙で感謝の言葉を伝えてくれたりもしていた。だが、そんな人ですら……実際に俺に会えば怯え、疑いの目を向けてきた。
そもそも、俺が冒険者になったのは、母に捨てられた結果なのだが……その捨てられた理由もまた、この容姿だ。
あまりに悪人面な俺を見て、父は本当に自分の子なのかと疑っていた。父はとても優しげな顔つきの人だったから。
母は、そんなことは身に覚えが無いと言っていた。そして、最後には俺のことを呪われた子なんだと言って……俺を捨てた。父が魔物に襲われ命を落とし、精神的に追い詰められていた、ということもあるのだろう。俺のことで喧嘩になり、そのまま仲直りすることもないまま父が逝ってしまったことも、原因に違いない。だが、それでも俺にとってひどくショックな出来事だった。
俺の人生は、この容姿によって狂わされてきた。
自分の不幸を容姿のせいにするようなことを言うのは、みっともないことだとは思う。
それでも、俺は容姿のせいにせずにはいられなかった。
そして、だからこそ……俺はその容姿を改善する最後の手段として、美の女神の力を借りることにしたのだ。
美神ステライリス様の祝福を受けるため、数多の試練に挑んだ。
かつてステライリス様の使徒であった聖女を食らった竜を殺し──
全く新しい美容品を作り出す研究をしている女賢者へと素材を提供し──
ステライリス様を信奉する姫君のためにアラクネクイーンにドレスを作らせ──
少女達を奴隷として売り買いしている世界規模の犯罪組織を潰し──
──そして、今日……秘境に咲く純白のエターナルリリィの花を、ステライリス様へと届けたのだ。
その結果、見事試練を乗り越えたとして、ステライリス様から祝福を授かることなった。
ようやく……ようやくだ。
やっと、俺の望みが叶う。
「ふむ……一つ、貴方は気付いていないようなので、教えてあげましょう。……貴方が悪人として見られる理由……そのような容姿になっている理由は、呪いです。貴方が生まれ落ちる直前に、とある妖精が貴方に呪いをかけたのです」
「……呪い、ですか」
想像もしていなかった。
まさか、母の言っていた「呪われた子」というのが、まさに事実を言い当てていたとは。
「その呪いについては、私が祝福を授けるときに、同時に解除します。ですので、私の祝福がなくとも、貴方の悪人としか見られない容姿は改善するでしょう。……その上で、美の女神たる私の祝福を受けるのです。……だから、私の祝福の効果は、悪人面を治したい、などという後ろ向きな物ではなくて構いません。そうですね、例えば……どのような容姿になりたいか、好きに選んだりができますよ? 今まで呪いで苦労していた分、今度は祝福による恩恵を受けてみたらどう?」
……考えてもみなかった。
俺は悪人面を治したいとは思っていたが、その後どのような容姿になりたいか、など考えていなかったのだ。
……どうするべきか、悩む。
そもそも、俺は醜かったわけではないらしい。
にも関わらず、悪人面のせいで大変な思いをした。
……ならば、見目が良いことばかりが重要では無いのだろう。
つまり、大事なのは、容姿の優劣以上に方向性だ。例えば、人を寄せ付けないほど神々しい美男子などは、俺の目的に沿わない。今までよりはマシだろうが、それはそれで人々から遠巻きにされる気がする。
ならばどうすべきか?
……決めた。
「では、より多くの人に受け入れられ、親しまれる姿にしてください」
「……なるほどね、いいわ。その方向性にしましょう。……では、貴方に祝福を授けます」
そう言うと、ステライリス様は近づいてきて、俺の額に口づけした。
悪人面の男に、絶世の美女が口づけする……傍から見れば、何かの喜劇の一幕のようだろう。
……ステライリス様が、俺の額から唇を離した。
直後、俺の中で何かが弾けた。
そして、更にその直後、俺の全身が光に包まれる。
温かい。意識も体も溶け、微睡むような感覚。
……一瞬の出来事だったのか、はたまた長い時間が経ったのか、判然としない。
いつの間にか、光は消えていた。
「そうなるとは、ちょっと予想外だったわね。……ああ、そういうこと」
……予想外? どういうことだろう。
……その反応に不安になる。ちゃんと俺の悪人面は治ったのだろうか?
「今、見せてあげるわ」
言葉の直後、俺の眼の前に魔力が集まり、鏡となった。
「それが、今の貴方の姿よ」
鏡の中に、俺の姿はなかった。
「?」
いや、うん……俺のものとは思えない姿はあった。
自分の頬に触れてみる。指先には張りのある滑らかな肌の感覚がした。
鏡の中の誰かも、同じ様に手で頬を触っている。
適当に腕を動かしたりしてみる。
その通りに鏡の中の人物も動く。
恐る恐る、頭の後ろに手を伸ばすと……手に長い髪が触れた。
その長い髪を一房、眼の前に持ってくる。
自分の手の上にある髪は、わずかにピンクがかった、明るめの茶髪。今までの暗い灰色の髪とは似ても似つかない。
そして、その髪色は、鏡の中の誰かと同じ色だった。
片目を閉じる。鏡の中の誰かも閉じる。
口を開く。鏡の中の誰かも開く。
……もう、受け入れるしかない。
この鏡の中の、見たこともない誰かが、今の俺らしい。
なるほど、確かに「より多くの人に受け入れられ、親しまれる姿」だろう。
自分も、この姿には親しみやすさを感じる。
だが……そう、だが、だ。
「ステライリス様」
「なぁに?」
言いながら、恐る恐る、体の一部を意識してみた。
意識してみればわかる。
かつてあったものが、ない。
それに、体の一部に、今までなかった重みを感じる。……鏡に映る見た目からすると、別に特別大きいというわけではない。が、それでも、確かに今までなかったものがある。
……なぜ?
「なぜ、こうなったのでしょう?」
「こうなったとは?」
……ステライリス様はなんとも楽しげな表情をしている。
いや、こちらはかなり切実な話なのですが?
……切羽詰まった俺の口からは、焦りとともに、少しばかり礼儀を欠いた疑問の声が、悲鳴の様に飛び出した。
「ですから! どうして私は! 女になってしまっているんですか!?」
飛び出した声はやはり、かつての自分の低く底冷えのする声音とは全く違った、とても可愛らしいものだった。




