第27話 ギャル、ライバルに会う
朝、ギルドに手紙が来ていた。
セリナが「みるくさん宛てです」と言って渡してくれた。封筒だ。ギルドの公式文書じゃない。個人から来た手紙だ。
開けた。
「手合わせを申し込みたい。王都で言葉だけで黒幕を追い払った概念職がいると聞いた。金級冒険者・クルス」
レオニスに見せた。レオニスが読んだ。「知ってる?」と聞いた。
「名前は聞いたことがある」とレオニスが言った。
「金級。双剣使い。速い、という評判だ。王都に知り合いがいるのかもしれない」
「会う?」
「お前が決めることだ」
「受ける」とアタシは言った。「面白そう」
レオニスが「……またそれか」と言った。でも否定しなかった。
午後、ギルドの訓練場に行った。
クルスはすでに来ていた。
30代の女性だ。背が高い。双剣を腰に差している。
装備が使い込まれている。飾りがない。実用だけで作られた装備だ。
ギャルズアイを向けた。
層が明確だ。感情の制御が高いが、カトリやマルフォとは違う。
隠しているんじゃない。集中している。今この瞬間に全部が向いている。戦うための層だ。
奥に、何かが燃えている感触がある。
「みるくか」とクルスが言った。値踏みじゃない。確認している目だ。
「そうです」
「思ったより小さい」
「よく言われる」
「王都でマルフォ伯爵を口撃で追い払ったというのは本当か」
「追い払った、というより——」とアタシは言った。「見えたことを言ったら向こうが動いただけです」
クルスが少し間を置いた。「それが口撃だろう」
「そういう意味では、そうかもしれない」
クルスが「……面白いな」と言った。奥の何かが少し動いた感触があった。
「受けてくれるか」
「受けます」
始まった瞬間、速かった。
速い。これまで戦ってきた誰より速い。取り巻きじゃない。ランク詐称でもない。本物の速さだ。
フィジカルコントロールが追いつくかどうかの境界線上だ。
最初の一撃を横に出てかわした。二撃目が来た。読んでいた。でも体が追いつくかどうか、ぎりぎりだ。
口撃を使えば早い。でも、まだ早い。
クルスの動きを読みながら動き続けた。双剣の軌道を目で追うんじゃなく、体の重心の動きを読む。
次にどこに来るかを体で先に知る。フィジカルコントロールで重心をずらし続ける。崩す。
でもクルスはすぐに立て直す。速い上に修正も早い。
1分が過ぎた。
楽しい、とアタシは思った。
楽しい、という感触が初めてだった。制圧するんじゃない。読み勝つんじゃない。
ただ、この速さの中に居続けることが、楽しかった。
「なぜ口撃を使わない」とクルスが言った。動きながらだ。
「まだいい」
クルスが「……ケチだな」と言った。でも笑っていた。笑いながら攻撃してくる。速さが落ちていない。
2分が過ぎた。
クルスの右剣が来た。速い。でも体が先に読んでいた。横に出ずに、真正面で受けた。
フィジカルコントロールでクルスの重心を一瞬だけ右に引いた。クルスの体勢が崩れた。
左剣が来る前に、アタシはもうクルスの後ろにいた。
クルスが止まった。一瞬だけ止まった。
「……っ」
声にならない声が出た。体勢を立て直したが、その一瞬で表情が変わっていた。値踏みじゃない。
驚いている目だ。口撃なしで、これをやるのか、という顔だった。
ギャルズアイを向けた。動きながら読んだ。クルスの層を、戦いながら読んだ。
奥に燃えているものが見えてきた。勝ちたい、じゃない。もっと深い場所だ。
同じくらいの熱量で戦える相手が欲しかった、という感触だ。ずっと探していた。
この戦いが、クルスにとっても楽しい。
3分が過ぎた。
「アンタ、楽しいでしょ」とアタシは言った。
クルスが止まった。
双剣が下がった。笑った。さっきの戦いながらの笑いじゃない。もっと素直な笑いだった。
「……参った」とクルスが言った。「戦いながら読んでたのか」
「最初から」
「口撃は使わなかったのに」
「口撃じゃなくても、見えた」
クルスがしばらく黙った。「……強いな」
「アンタも強い」とアタシは言った。「楽しかった」
クルスが「……俺も楽しかった」と言った。少し間を置いた。「また来ていいか」
「依頼として出してくれたら考える」
「ケチ」
「ただの冒険者だから」
「……ただの冒険者が、マルフォ伯爵を一言で追い払うか」とクルスが言った。「概念職というのは面白いな」
アタシは少し考えた。「なんか、そういう力なんだと思う」
クルスが「……そうか」と言った。少し笑っていた。
訓練場を出ると、レオニスが壁際に立っていた。
「ずっと見てたの?」とアタシは言った。
「当然だ」
その一言が、なんか刺さった。当然、という言い方だ。説明なし、理由なし、ただ当然だという言い方だ。
「どうだった」
「……3分間、口撃を温存したな」とレオニスが言った。「最初から口撃を使っていれば、もっと早く終わっていた」
「でも楽しかった」
レオニスが少し間を置いた。「……そうか」
「楽しかった。あれが」
「……俺も、見ていて楽しかった」
レオニスがそう言うのは珍しかった。「楽しかった」と言うレオニスの声が、いつもより少し柔らかかった。
「クルス、また来ると思う」
「……そうだろうな」とレオニスが言った。「あの人間は、まだ終わっていないと思っている」
「終わってない?」
「今日は負けたが、諦めていない。そういう感じがした」
アタシはレオニスを見た。「わかるんだ?」
「少しだけ」
「そうなんだ」」
「……なんというか」とレオニスが言った。「お前と動いていると、何かが変わってきている気がする」
その言い方が、なんか、珍しかった。「気がする」という言い方をレオニスがするのが珍しかった。確信じゃなく、気がする。
「それでいいと思う」とアタシは言った。「気がするで十分だよ」
レオニスが「……そうか」と言った。
訓練場の外の石畳に、午後の光が落ちていた。楽しかった、という感触がまだ体に残っていた。こういう感触は久しぶりだ、とアタシは思った。
いや、初めてかもしれない。




