第26話 ギャル、同じ力に会う
カイから依頼が来たのは、休み明けの2日目だった。
ギルドで掲示板を見ていたら、カイが「みるくさん」と声をかけてきた。
「依頼として出したいんですけど」とカイが言った。「友人が困っていて」
「どんな友人」
「10歳の女の子です。エリという。その子が、話すたびに周りの人間が泣いてしまうと言って、言葉を止めてしまっています」
アタシは少し考えた。
「話すたびに泣く、というのは」
「本人も分からないと言っています。でも3か月前からそうなっていて、今は家から出ていません」
ギャルズアイを向けた。カイの層を読んだ。心配している。本当に心配している。友人として動いている。
「受けます」とアタシは言った。「報酬は後でいい」
「いえ、ちゃんと出します」とカイが言った。「依頼として出したい」
素直だ、とアタシは思った。「分かった。じゃあ正式に」
エリの家は街の外れにあった。
石造りの小さな家だ。庭に花が植えてある。手入れがされている。でも窓が閉まっている。昼間なのに。
カイが扉を叩いた。しばらくして、30代の女性が出てきた。エリの母親だ。目が疲れている。長い間、心配している目だ。
「みるくさんです」とカイが言った。「冒険者の方で、力になってくれると」
母親がアタシを見た。「……お願いします」と言った。声が小さかった。
中に入った。
廊下の奥に、小さな影があった。扉の隙間から見ていた。10歳。小柄だ。髪が長い。
「エリ」とカイが言った。「みるくさんだよ」
エリが扉の向こうから動かなかった。
「話さなくていい」とアタシは言った。「見てるだけでいい」
しばらく静かだった。
扉が少し開いた。エリが顔を出した。目が大きい。警戒しているが、怖がっているだけじゃない。何かを確かめようとしている目だ。
ギャルズアイを向けた。
層が複雑だ。10歳にしては層が多い。奥に向かうほど、言葉に関係するものが積み重なっている。言葉を使うたびに何かが出ている。制御できていない。でも意図していない。ただ、言葉に何かが乗っている。
「エリ、一個だけ聞いていい」とアタシは言った。「言葉を止める前、何か変わったことあった?」
エリが少し考えた。首を振った。
「急に、という感じ?」
エリが頷いた。
「言葉を言うと、周りが泣く」
エリが頷いた。今度は少し下を向いた。
「怖い?」
エリが少し間を置いた。頷いた。また下を向いた。
「少しやってみていい?」とアタシはエリに言った。「アタシに何か言ってみて」
エリが顔を上げた。「……何を言えばいい」
その瞬間、何かが乗ってきた。
重くはない。でも確かに乗っている。言葉に感情が直接乗っている感触だ。テンアゲと同じ種類の力だが、方向が違う。テンアゲは上げる。エリの力は——乗せる。何を乗せるかを選んでいない。だから制御できない。
アタシの目に、少し水が溜まった。
「……あ、ごめん」とエリが言った。すぐに口を閉じた。
「大丈夫」とアタシは言った。「今、アタシに何が乗ったか分かった」
エリが顔を上げた。「……分かるの?」
「似てる力を持ってる」とアタシは言った。
エリが少し固まった。「……似てる?」
「アタシも言葉に何かを乗せて使う。テンションを上げるやつ。エリのは、感情がそのまま乗る。悲しいことを言ったら悲しみが乗る。嬉しいことを言ったら——」
「嬉しいことを言っても泣く人がいた」とエリが言った。小さな声だった。「なんで泣くのか分からなかった」
「嬉しすぎる感情が乗ったら、泣く人もいる」
エリが少し考えた。「……そういうことか」
「そういうこと」
エリが黙った。しばらく考えていた。
「じゃあ、言葉を止めなくていいの?」
「止めなくていいとは言えない」とアタシは言った。「乗せるものを選べるようになったら、止めなくていい。今はまだ選べてない」
「選べるようになれる?」
「アタシは選べるようになった。だからエリも多分できる」
エリが少し間を置いた。「……多分?」
「確実とは言えない」とアタシは言った。「でも同じ種類の力だから、多分できる」
エリが少し笑った。小さな笑いだった。
「正直だ」とエリが言った。
「嘘ついても意味ないから」
少し練習した。
エリに、何か軽いことを言ってもらった。「今日は晴れてる」。
アタシはその言葉を受けた。晴れてる、という言葉に何かが乗っていた。軽い感触だ。嬉しい感触。
「今乗ったのは、嬉しい感触だった」とアタシは言った。「今日晴れてることが、エリには嬉しい」
「……うん」とエリが言った。「好きなんだ、晴れた日」
「乗せていいものの話をしてる時は、乗っても大丈夫」とアタシは言った。「問題は重い感情が乗る時だ。悲しい話、辛い話。その時は止める練習が必要だ」
「どうやって止めるの」
「言葉を出す前に、一回確認する。これに何が乗ってるか。重いものが乗ってたら、別の言い方を選ぶか、黙る」
「難しそう」
「最初は難しい」とアタシは言った。「アタシも最初は出てから気づいてた。今は出す前に分かるようになってきてる」
「どのくらいかかった?」
「まだ途中だけど——」アタシは少し考えた。「3か月くらい」
エリが「同じくらいだ」と言った。「アタシが言葉を止めてから3か月」
同じくらいの時間だった。エリが止めている間、アタシは使いながら覚えてきた。方向が違っただけで、時間は同じだった。
「やってみる」とエリが言った。「言葉を止めないで、練習してみる」
「困ったら言って」とアタシは言った。「依頼として出してくれたら受ける」
エリが「……また来てくれる?」と言った。
「カイが出してくれたら来る」
カイが「出します」と言った。即答だった。
帰り道、レオニスが「最初、乗りすぎた」と言った。
「見てたの」
「見ていた。目に水が溜まっていた」
「乗りすぎた、というのは初めてだった」
「失敗か」
「失敗した」とアタシは言った。「でも乗った感触で分かった。だから次に活かせた」
レオニスが少し間を置いた。「失敗できるうちが一番伸びる」
「それ誰かに言われた言葉?」
レオニスが少し間を置いた。「……昔の上官に」
みるくは何も言わなかった。追いかけなかった。
2人とも黙って歩いた。石畳の感触が足の裏に続いていた。その沈黙の間、何かを受け取った感触があった。言葉じゃない種類の何かだ。
夕方の光が石畳に伸びていた。




