第24話 ギャル、休む
翌朝、一人で街に出た。
レオニスは宿にいた。休み方が分からない、と言っていた。どう休むか考えている、と言っていた。だから今日は一人で出た。一人で歩く時間があってもいい。
街の石畳を歩いた。いつもの感触だ。王都の均一な石畳じゃない。目が粗くて、不規則だ。でもこっちの方が知っている感触だ。
特に目的はなかった。掲示板も見なかった。依頼を探しに来たわけじゃない。ただ歩きたかった。
市場に入ると、朝の匂いがした。野菜と、焼いた何かと、人の体温が混ざった匂いだ。王都の市場より声が近い。石が少ない分、声が逃げない。
市場の中ほどで、見知った顔があった。
カイ・ナオ・ブロスの3人だ。装備を整えていた。依頼前の顔だ。3人とも体が少し固い。
ギャルズアイを向けた。
緊張だ。でも前に会った時とは違う種類の緊張だ。失敗した後の重さじゃない。これからやることへの緊張だ。前向きな種類だ。
「カイ」とアタシは言った。
3人が振り返った。「みるくさん」とカイが言った。「休んでるって聞きました」
「休んでる。依頼?」
「はい。最近、自分たちだけで受けるようになって」とカイが言った。「今日もそうです」
「どんな依頼」
「街道の巡回です。魔物が出ても対応できる、という話なんですが」ブロスが言った。声がいつもより大きい。緊張が体に出ている。
ナオが「……緊張してる」と言った。自分で言った。
「緊張してていい」とアタシは言った。「緊張してないより、してる方がいい」
「そうですか」とカイが言った。
「してない時の方が危ない。体が油断してる」
3人が少し考えた。
アタシは3人を見た。緊張している。でも動ける緊張だ。固まっている緊張じゃない。
選んで出せる気がする、と前に思った。今がその時だ。
体の底に意識を向けた。何かが動く感触を探した。ある。出せる。
3人に向けて、出した。
体から何かが流れ出た。前に使った時より、意図している分だけ質が違う感触だ。押し出した、というより、届けた。
3人の体が変わった。
カイが「あ」と言った。「また、みるくさんのやつだ」
「体が軽い」とブロスが言った。声がさらに大きくなった。「なんか、めちゃくちゃ動ける気がします」
ナオが「……力が入る」と言った。少し驚いた顔をしていた。「前より、はっきりした感触です」
前より、はっきりした感触。意図して使った分だけ、質が上がっていた。
「行ってきます」とカイが言った。3人が歩き始めた。さっきより歩き方が全然違った。
3人の背中を見た。
選んで出せた。前に使った時は出てから気づいた。今日は出す前に分かっていた。それだけのことだが、それだけのことが大事な気がした。
市場を出て、食堂に入った。
昼前で空いていた。窓際の席に座った。昼の光が斜めに入っていた。
いつもより静かな食堂だ。一人だからか、それとも今日が静かな日なのか分からない。
飯を頼んで、食べた。
王都のことを少し考えた。マルフォの「借り物だ」という言葉が、まだ少し残っていた。消えていないが、刺さってもいない。体の外側に引っかかっている感触だ。
借り物かどうかは関係ない。今使えるなら、アタシの力だ。
そう言った。そう思った。でも完全に消えているわけじゃない。なんか、そういうもんかもしれない。完全に消えなくてもいい。引っかかったまま持ち歩いていいものもある。
食べ終わった頃、レオニスが来た。
「ここにいたか」
「いた。どうして分かったの」
「市場でカイという若者に会った。みるくさんがこっちに向かったと言っていた」
「カイ、依頼に行ったんじゃないの」
「行く前だったようだ。体が軽くなったと言っていた」
「テンアゲ、意図して使えた」
レオニスが少し間を置いた。「……初めてか」
「初めて。前に使った時は出てから気づいた。今日は出す前に分かってた」
「制御できるようになったか」
「まだ分からない。でも今日は選んで使えた」
レオニスが席に座った。飯を頼んだ。
「休んでいるか」とレオニスが聞いた。
「休んでる。レオニスは」
「……考えていた」
「休み方」
「ああ。どうすれば休んだことになるのか、よく分からない」
「何をしてた」
「部屋で座っていた。何もしなかった」
「それが休みじゃないの」
レオニスが少し考えた。「……そうか」
「何もしないのが苦手なの?」
「……何もしていないと、余計なことを考える」
「余計なこと、というのは」
「……今は言えない」
アタシは少し笑った。「言えるようになったら聞く」
「……またそれか」
「またそれ」
レオニスが「……そうか」と言った。今度は少し呆れた声だった。でも嫌がっていなかった。
レオニスの飯が来た。2人で食べた。
窓の外で、昼の光が石畳に落ちていた。休みの日の光だ。依頼がない日の光だ。悪くない。




