第23話 ギャル、帰路につく
出立の朝は早かった。
宿を出ると、王都の空気がいつもより少し軽い気がした。慣れたのか、それとも帰るから軽く感じるのか、分からなかった。石畳の感触は相変わらず均一だ。でも4日間歩いた石畳だ。知らない石畳じゃなくなっていた。
門の前にカトリが待っていた。
アルノも来ていた。2人とも、仕事の顔じゃない。見送りに来た顔だ。
「ヴェルデ伯爵は」とアタシは聞いた。
「昨日より言葉が出るようになっています」とカトリが言った。「完全ではありませんが、回復の方向に向かっています」
「良かった」
カトリが少し間を置いた。「……一つだけ、お伝えしていいですか」
「どうぞ」
「マルフォ伯爵が狙っていたのは、ヴェルデ伯爵が持つ王家とのパイプだったと思います。ヴェルデ伯爵は王家の信頼が厚い。その信頼を利用したかった。でも伯爵本人が邪魔だった」
「だから言葉で崩そうとした」
「……おそらく。ただ、全部は私にも分かっていません。ガレード様が残りを調べると言っていました」
「カトリはこれからどうするの」
「王都に残ります。まだ調べることがある」
アタシはカトリを見た。ギャルズアイは向けなかった。向けなくても分かった。
「無理しないで」とアタシは言った。
カトリが少し止まった。「……はい」
「一人で抱えすぎないで。誰かに言える時は言う」
「……みるくさんに言えました」
「それでいい」
カトリが「……そうですね」と言った。今度は少し泣きそうな顔だった。でも泣かなかった。
アルノが「みるくさん」と言った。
「なに」
「またお会いできると思います」
「なんで」
「ガレード様がそう言っていました」とアルノが言った。「みるくさんはまた来る、と」
「アタシが来るって言ったんですか」
「ガレード様の勘です」とアルノが言った。少し笑っていた。「外れたことがないそうです」
アタシは少し考えた。また来る。自分で選んで来たいです、とガレードに言った。善処する、と言っていた。
「そうなったら、またよろしく」とアタシは言った。
「はい」とアルノが言った。「道中、お気をつけて」
門をくぐった。王都の石畳が、土道に変わった。体が、ここは外だ、と先に感じた。
帰路は来た時と逆の道だ。
王都を離れると、空が広くなった。建物がなくなって、空の逃げ場が増えた。王都に入った時、空が細くなった、と思った。今は逆だ。呼吸が少し楽になった。
道を歩きながら、何も言わなかった。しばらくそのままだった。
「王都、どうだった」とレオニスが言った。
アタシは少し考えた。
「疲れた。でも悪くなかった」
「……疲れた、というのは珍しい」
「珍しい?」
「お前が疲れたと言うのを聞いたことがなかった」
アタシは少し笑った。「言わなかっただけで、疲れる時はある」
「そうか」
「レオニスはどうだった」
レオニスが少し間を置いた。「……俺もだ」
「疲れた?」
「疲れた。でも悪くなかった」
同じ言葉だった。アタシが言った言葉をそのまま返した。でも意味が同じかどうかは分からない。聞かなかった。同じでも違っても、どちらでもいい気がした。
道が続いた。空が広い。王都の石畳より、この土道の方が足の裏に馴染む。
「カトリのこと、気になるか」とアタシは聞いた。
「……一人で抱えている人間だと思った」
「そう。でも少し開いた」
「お前がいたからだろう」
「かもしれない。でも、カトリが開こうとしたからだと思う」
レオニスが何も言わなかった。しばらく歩いた。
「ヴェルデ伯爵は回復するか」
「カトリが動いてる。大丈夫だと思う」
「根拠は」
「カトリの顔が、昨日と違った」とアタシは言った。「抱えてるものが少し軽くなってた」
レオニスが「……そうか」と言った。それだけだった。
道が続いた。昼の光が斜めになってきた。
夕方、街に着いた。
門をくぐると、いつもの石畳の感触が戻ってきた。王都の石畳より目が粗い。不規則だ。でもこっちの方が知っている感触だ。体が、帰ってきた、と先に感じた。
ギルドに寄った。掲示板を見た。いくつか依頼が出ていた。
「次の依頼、どうする」とアタシは言った。
「どうする、というのはお前が決めることだ」
「少し休む」
レオニスが少し止まった。「……珍しい」
「たまには休む」
「……そうか」
「レオニスも休んでいいよ」
「俺は——」レオニスが少し間を置いた。「……休み方が分からない」
「一緒に考える」とアタシは言った。
レオニスが何も言わなかった。でも否定しなかった。
ギルドの外に出ると、夕方の光が街の石畳に伸びていた。いつもの光だ。いつもの街だ。王都から帰ってきた。
悪くない、とアタシは思った。




