第22話 ギャル、読み勝つ
2日目の朝、マルフォが来た。
宿の前ではなく、ギルドの前だった。ガレードへの報告を終えて出てきたところで待っていた。昨日より取り巻きが増えていた。5人だ。でも圧をかけに来た感触じゃない。見せに来た感触だ。
「返事を聞かせていただけますか」とマルフォが言った。
アタシはマルフォを見た。ギャルズアイを向けた。昨日より層が動いている。待った結果がどうだったか、を確かめに来ている。
「断ります」とアタシは言った。
マルフォが少し間を置いた。「……理由を聞かせていただけますか」
「合わないと思ったので」
「合わない」とマルフォが繰り返した。感情が動いた。表面には出ていない。でも奥が動いた。
マルフォが「そうですか」と言った。一歩、前に出た。
「みるく殿。一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたの力は、本当にあなたのものですか」
体の奥に、何かが入ってきた。
言葉に何かが乗っている。計算して作られた言葉だ。カトリの時と同じ種類だが、密度が違う。重い。体の奥まで向かってくる。
「概念職は、世界があなたに与えたものです。あなたが作ったものではない。つまり——」マルフォが続けた。「お前の力は借り物だ」
止まった。
体の奥に刺さった。カトリの「あなたの力は脆い」より深い場所に入ってきた。借り物。自分で作ったものじゃない。世界が与えた力。それはそうかもしれない。
レオニスを見た。レオニスが少し動いた。止まった。アタシの目を見た。
アタシは前を向いた。
ギャルズアイを向けた。マルフォの層を、今度は奥まで読んだ。
表面——計算。その下——計算。さらに下——計算。全部が計算だ。感情が一つもない。怒りも、恐怖も、喜びも、全部が計算の中に組み込まれている。本物の感情が、どこにもない。
読めた。
「アンタの言葉、全部計算じゃん」とアタシは言った。「怖くない」
マルフォが止まった。
「借り物かどうかは関係ない」とアタシは言った。「今アタシが使えるなら、アタシの力でしょ」
マルフォの層が、初めて動いた。表面まで揺れた。感情が計算の外に出てきた。
「……お前は何者だ」とマルフォが言った。声が変わっていた。計算が抜けた声だ。
「ギャルです」
マルフォが少し間を置いた。取り巻きを見た。そのまま、来た道を戻っていった。
ギルドの前が静かになった。
レオニスが「大丈夫か」と言った。
「大丈夫」
「止まっていた」
「少しだけ刺さった」とアタシは言った。「でも読めた」
「どうやって立て直した」
「レオニスの顔を見たら、前を向けた」
レオニスが何も言わなかった。少し間があった。
「……そうか」
それだけだった。でも声の質が変わっていた。
ガレードに報告した。
「マルフォが直接言葉の干渉を使ってきました」
「お前は耐えたか」
「耐えた。口撃で返した」
ガレードが「見せてみろ」と言った。
「え」
「今ここでやってみろ。俺に向けて」
アタシはガレードを見た。ギャルズアイを向けた。層が深い。白金級の層だ。奥まで向かうほど、積み重なっている。
「やめておきます」とアタシは言った。
ガレードが「なぜだ」と言った。
「読んだら、使いたくなる気がして」
ガレードが少し笑った。「正解だ。俺に口撃を使おうとするな」
「使えますか」
「分からない。ただ——」ガレードが少し間を置いた。「試さない方がいい人間というのがいる。俺はその一人だ」
アタシはそれを少し転がした。試さない方がいい人間。なんか、そういう感触が最初からあった。
「マルフォは今後どう動きますか」
「王都から出るだろう。お前に断られた今、ここにいる理由がない」
「シュルツは」
「マルフォが動けば、シュルツも動く。心配するな。後は俺が処理する」
「ヴェルデ伯爵は」
「カトリが動いている。お前がやることはもう終わった」
アタシは少し考えた。終わった。そういう感触が確かにあった。
「帰れますか」
「明日には出立できる」とガレードが言った。「ご苦労だった」
「ありがとうございました」
「礼はいい」とガレードが言った。「また呼ぶかもしれない」
「その時は——」アタシは少し考えた。「自分で選んで来たいです」
ガレードが「……そうか」と言った。少し間があった。「善処する」
部屋を出た。廊下でレオニスが待っていた。
「終わった」とアタシは言った。
「そうか」
「明日帰れる」
レオニスが「……そうか」と言った。今度は声の質が違った。少し、ほっとした声だった。
夜、食堂で飯を食べた。
窓の外で王都の夜の音がしていた。4日目の夜だ。明日には出立する。
「レオニス」
「何だ」
「今日、初めて怖いと思った」
レオニスが少し間を置いた。「マルフォの干渉か」
「借り物、って言われた時。一瞬、そうかもって思った」
「……それでも前に出た」
「なんか、そうするしかなかった」とアタシは言った。「怖くても、前に出るしかない時がある。なんか、そういう感じ」
レオニスが黙った。長い沈黙だった。窓の外の音が続いていた。
「……俺も、そういう時があった」とレオニスが言った。
「どんな時」
「……今は言えない」
「言えるようになったら聞く」
「……ああ」
それだけだった。でも十分だった。
食器の音と、王都の夜の音が混ざっていた。明日、帰る。今日は今日で終わりでいい。




