第21話 ギャル、切り札を温存する
ガレードへの報告を済ませた翌朝、宿の前に人が待っていた。
40代の男だ。装備が上質だ。取り巻きが3人いる。でも昨日のシュルツとは違う。シュルツは主君の命令で動いていた。この男は自分の意志で来ている。
ギャルズアイを向けた。
層が厚い。感情の制御が高い。でも奥に、何かを計算している感触がある。今この場をどう使うか、ではない。もっと長い時間軸で計算している。
「みるく殿ですね」と男が言った。「マルフォと申します」
マルフォ伯爵だ。
アタシはレオニスを見た。レオニスが少し目を細めた。
「少しお時間をいただけますか」
近くの茶館に入った。
レオニスが隣に座った。マルフォが向かいに座った。取り巻きは外に残した。茶が運ばれてきた。マルフォが自分の茶を一口飲んだ。急いでいない。
「単刀直入に申し上げます」とマルフォが言った。「あなたの力を買いたい」
「どういう意味ですか」
「概念職・ギャル。ギャルズアイで人を読み、口撃で人を崩す。その力を、私の仕事に使っていただきたい」
「どんな仕事ですか」
「王都で動いている人間の読み合いです。詳細はお引き受けいただいてから」
ギャルズアイを向けた。
表面は穏やかだ。取引を持ちかけている人間の顔だ。でも奥が違う。奥に向かうほど、別の感触がある。排除したい。でも排除する前に使えるなら使いたい。使えないなら排除する。そういう計算だ。
3秒で読み切った。
「考えます」とアタシは言った。
マルフォが少し間を置いた。「いつ頃お返事をいただけますか」
「王都にいる間に」
「……承知しました」
マルフォが立ち上がった。「良いお返事をお待ちしています」と言って、出ていった。
茶館が静かになった。
「なぜ断らなかった」とレオニスが言った。
「切り札は温存する」とアタシは言った。「今使う必要がない」
「断れば向こうが動く。保留にすれば向こうが待つ」
「そう。待ってる間に、こっちが動ける」
レオニスが少し考えた。「……読んだか」
「読んだ」
「何が見えた」
「使えるなら使う。使えないなら排除する。そういう計算をしてる人間だった」
レオニスが「……そうか」と言った。少し間を置いた。「ガレードに報告する」
「一緒に行く」
ガレードの部屋に入ると、ガレードが「マルフォが動いたか」と言った。報告する前から知っていた。
「どうして知ってるんですか」
「この街では何かが動けば分かる」とガレードが言った。「それで、どうした」
「保留にした」
ガレードが少し間を置いた。「……賢い判断だ」
「賢いというより、なんかそっちの方がいい気がした」
「それが賢いということだ」とガレードが言った。レオニスと同じ言い方だった。
「マルフォが次に動くのはいつですか」
「お前が返事をしない限り、すぐには動かない。ただ——」ガレードが少し間を置いた。「お前が王都を離れる前には動く。時間はあまりない」
「何日ですか」
「2、3日だろう」
アタシは少し考えた。2、3日。今日が何日目か数えた。王都に来て3日目だ。
「その間に終わらせる」とアタシは言った。
「できるか」
「分からない。でもやる」
ガレードが少し笑った。「気に入った」と言った。初日と同じ言い方だった。
宿に戻るとカトリが待っていた。
いつもより表情が違う。計算が少ない。何かが変わった後の顔だ。
「ヴェルデ伯爵が、少し言葉を取り戻しました」とカトリが言った。
「話せるようになったの」
「少しだけ。でも、昨日まで全く出なかった言葉が出た」
「良かった」とアタシは言った。
カトリが少し間を置いた。「……みるくさんが昨日、シュルツを追い払ったことで、伯爵への圧力が一時的に弱まったのだと思います。直接的な効果ではないかもしれませんが」
「直接でも間接でも、良くなったならいい」
カトリが「……そうですね」と言った。また計算が入っていない「そうですね」だった。
「カトリ」
「はい」
「マルフォが今日来た」
カトリの表情が変わった。「……何を」
「力を買いたいって」
「断りましたか」
「保留にした」
カトリが少し考えた。「……それが正しいと思います。マルフォは——」少し止まった。「あの人は、断られると動きます。でも保留にすると待ちます」
「知ってたんだ」
「……はい」カトリが少し下を向いた。「もっと早く言うべきでした」
「言えるようになったから言えた」とアタシは言った。「それでいい」
カトリが顔を上げた。何か言いかけて、止まった。
「どうした」
「……みるくさんは、なぜそんなに踏み込まないんですか」
アタシは少し考えた。
「踏み込まない方がいい時と、踏み込む方がいい時がある」とアタシは言った。「なんか、そういう感じ。うまく言えないけど」
カトリが「……そうですね」と言った。今度は少し笑っていた。
窓の外で、王都の午後の光が石畳に落ちていた。2、3日。時間はあまりない。でも今日は今日で終わりでいい。




