第20話 ギャル、交渉を制圧する
朝、ガレードから依頼の詳細を聞いた。
「ヴェルデ伯爵を見てきてほしい」とガレードが言った。「王都で一定の力を持つ人間が、言葉で崩されていく様子を見せられている。誰かが意図的にやっている。お前の目で読んできてほしい」
「カトリも一緒に行っていい?」
「カトリのことは聞いている。連れていけ」
「依頼として受けます」とアタシは言った。
「ああ」とガレードが言った。「ただ——」少し間を置いた。「伯爵の屋敷に何が来ても、動くかどうかはお前が判断しろ。俺はここから動けない」
どういう意味か、その時はよく分からなかった。
ヴェルデ伯爵の屋敷に向かったのは、その後すぐだった。カトリが案内役になった。ヴェルデ伯爵への精神干渉を調べているカトリにとって、伯爵の現状確認は自分の仕事でもある。
屋敷は王都の中心部に近い場所にあった。石造りで、門が重い。中に入ると空気がさらに重くなった。外とは違う重さだ。何かが滞っている場所の感触だ。
執事に通されて、応接室に入った。
ヴェルデ伯爵は50代の男だった。椅子に座っていたが、体が小さく見えた。痩せているんじゃない。縮んでいる。言葉が出ない状態だ、とカトリが事前に言っていた。それが体に出ている。
ギャルズアイを向けた。
層が薄い。何かに削られている。削られていく途中で止まっている感触だ。
カトリが伯爵に近づいて、静かに話しかけた。伯爵が少し顔を上げた。言葉は出なかったが、目が動いた。
そこに、扉が開いた。
男が入ってきた。40代。装備が豪華だ。後ろに取り巻きが2人いる。屋敷の執事が「お待ちください」と言ったが、男は止まらなかった。
ギャルズアイを向けた。
計算している。この場をどう使うか、頭の中で動いている感触だ。伯爵のことはどうでもいいんだ、この人、とアタシは思った。
「ヴェルデ伯爵、ご回復をお祈りしておりました」と男が言った。愛想よく言った。でも伯爵を見ていない。部屋全体を見ている。
伯爵が何も言えなかった。
男が「この度の件、我々としても大変心配しておりました。何かお力になれることがあれば——」と続けた。
アタシは前に出た。
レオニスが少し動いた気配がした。でも止まった。
「ちょっといい?」とアタシは言った。
男がアタシを見た。「あなたは」
「冒険者です。今日、伯爵の様子を見に来ました」
「冒険者が口を挟む話では——」
「アンタ、伯爵が心配で来たわけじゃないでしょ」とアタシは言った。
男が固まった。
部屋が静かになった。取り巻きの2人が顔を見合わせた。
「……何を根拠に」と男が言った。声が少し変わっていた。
「根拠はない」とアタシは言った。「顔に出てたから言っただけ」
男がもう一度固まった。
男が取り巻きに目配せした。そのまま、部屋を出ていった。
執事が「……失礼いたしました」と言った。
屋敷を出たところで、アルノが「……今のは何だったんですか」と言った。
「空気読んだだけ」
「あの方はシュルツといいます。マルフォ伯爵の家臣です。王都で相当の力を持っている」
「知ってる?」とアタシはレオニスに聞いた。
「名前は聞いたことがある」とレオニスが言った。「マルフォ伯爵と繋がりがあるという話もある」
マルフォ伯爵。先日の商業区の件で出てきた名前だ。繋がっている。
「ガレードに報告した方がいい」とアタシは言った。
「そうだな」とレオニスが言った。
カトリが「……ありがとうございました」と言った。声が静かだった。「伯爵が、あの場に助けられたと思います」
「カトリは伯爵のことをよく知ってるの」
「……はい」カトリが少し間を置いた。「詳しくは、まだ言えませんが」
「言えるようになったら聞く」とアタシは言った。「今は聞かない」
カトリが「……そうですね」と言った。今日は計算が入っていない「そうですね」だった。
帰り道、レオニスが何も言わずに並んで歩いていた。
いつもなら状況の分析か次の手を言う。今日は黙っていた。
「何か言いたそう」とアタシは言った。
「……俺の出番がなかった」
「ごめん」
「謝るな」とレオニスが言った。少し間を置いた。「ただ——お前が前に出た方が早いと、俺も判断していた」
その言葉が、何かを確認した感触だった。
「次は言って」とアタシは言った。「前に出ていいって」
「……お前は俺が言う前に出るだろう」
「それはそう」
レオニスが何も言わなかった。でも歩き方が、少し変わった気がした。
王都の石畳が続いていた。昨日より足の裏に馴染んでいる。でも慣れた、とは言えない。慣れる前に終わる気がした。




