第19話 ギャル、同格と会う
ガレードと会ったのは昼前だった。
王都ギルドの一室に通された。天井が高い。壁が石だ。外の音が届かない部屋だ。
ガレードは50代の男だった。大柄で、白髪が多い。大剣を背負っている。座っていても圧がある。白金級、という感触が体に伝わってきた。
ギャルズアイを向けた。
層が深い。感情の制御が高い。でも隠しているんじゃなくて、積み重なっている。長い時間をかけて作られた層だ。
「みるく。概念職・ギャルか」とガレードが言った。値踏みじゃない。確認している目だ。
「そうです」
「強いか」
「そこそこ」
ガレードが少し笑った。「正直だ。気に入った」
アルノが横で小さく息を吐いた。
ガレードがアタシをしばらく見た。「今日は顔を見たかっただけだ。改めて依頼がある。明日、詳しく話す」
「内容は」
「王都で動いている何かを、お前の力で読んでほしい。今日はそれだけだ」
立ち上がった。部屋を出る前に「昨日の商業区の件、聞いた」と言った。「良い仕事だった」
「ありがとうございます」
「礼はいらない。ただ——」ガレードが少し間を置いた。「お前が動いてくれると、俺が動かなくて済む」
それだけ言って、出ていった。
廊下に出るとアルノが「……思ったより早く終わりましたね」と言った。
「顔見に来ただけって言ってたし」
「ガレード様がそういう方なので」
レオニスが「依頼の内容が気になる」と言った。
「明日分かる」とアタシは言った。「今日は街を見る」
アルノが「では午後は自由にしていただいて構いません。ただ——」少し間を置いた。「一つお願いがあります」
「何」
「この後、ある人物に会っていただけますか。私から紹介したい方がいます」
アルノの顔を見た。仕事の顔だ。でも奥に、少し違う感触がある。頼みたいことがある人間の層だ。
「会います」とアタシは言った。
連れていかれたのは、王都の外れにある小さな建物だった。
中に入ると、30代の女性が待っていた。
静かな人間だ、とアタシは思った。部屋の空気が、その女性を中心に落ち着いている。感情が表に出ていない。でも冷たいんじゃない。制御している。
ギャルズアイを向けた。
層が複雑だ。表面は静かだ。でも奥に向かうほど、何かが積み重なっている。言葉を扱っている人間の層だ。計算している。今この瞬間も、アタシを読もうとしている。
「カトリです」と女性が言った。「お会いできて光栄です」
計算された言葉だ、とアタシは感じた。丁寧さの中に何かが仕込まれている。
「みるくです」とアタシは言った。「よろしく」
カトリが少し間を置いた。「単刀直入に申し上げます。あなたの力に干渉させていただきたい」
「干渉、というのは」
「あなたの口撃の性質を調べたい。協力していただけますか」
アタシはカトリを見た。「なんで」
「私も言葉を扱う者です。あなたの力の構造を知ることで、私自身の研究が進む」
「アタシの力を調べて、何に使うの」
カトリが少し止まった。計算が一瞬だけ乱れた感触があった。
「……それはお答えできません」
「じゃあ協力できない」とアタシは言った。「理由を言えない人間に、力を見せる理由がない」
カトリが「あなたの力は脆い」と言った。
乗ってきた。
言葉に何かが乗っていた。計算して作られた言葉だ。アタシの感情に触れようとしている。脆い、という言葉が体の奥に向かって入ってきた。
3秒、止まった。
全部感情から来てる。それは本当だ。
3秒で立て直した。
「アタシの力が感情に依存してるのは本当」とアタシは言った。「でも脆いかどうかは、今証明する」
カトリを真っ直ぐ見た。ギャルズアイを向けた。層の奥まで読んだ。
深い場所に、何かがある。研究、という言葉の奥。答えられない、という言葉の奥。誰かを守ろうとしている感触だ。誰かのために動いている。その誰かの名前が——
「あなた、ヴェルデ伯爵のことを知っている人間でしょう」
カトリが言葉を失った。
部屋が静かになった。カトリの層が、初めて表面まで揺れた。
しばらく沈黙があった。
「……干渉をやめます」とカトリが言った。声が変わっていた。計算が抜けた声だ。
「最初からそう言えばよかったじゃん」
カトリが少し下を向いた。「……そうですね」
アルノが「カトリさん、詳しく話していただけますか」と言った。
カトリが話し始めた。ヴェルデ伯爵が王都で何者かに精神的な干渉を受けている。
カトリはその干渉を調べている。みるくの力を調べたかったのは、同じ種類の力を持つ者として手がかりが欲しかったからだ。
「最初からそれを言えばよかった」とアタシは言った。
「……言えませんでした」とカトリが言った。「信用してもらえるか分からなかった」
「言ってみないと分からないじゃん」
カトリが少し間を置いた。「……そうですね」
今日2回目の「そうですね」だった。でも今度は計算が入っていなかった。
宿に戻ってレオニスに報告した。
「カトリという人間に会った。言葉を計算して作る使い手だ。ヴェルデ伯爵への干渉を調べている」
「ヴェルデ伯爵への干渉——マルフォ伯爵と繋がっているか」
「分からない。でも明日ガレードに聞けば分かると思う」
「カトリという人間は信用できるか」
「悪い人間じゃないと思う」とアタシは言った。「ただ、抱えてるものが多い」
レオニスが黙った。いつもより長い沈黙だった。「そうか」と言うまでに間があった。
返答が遅い。それだけで、この件をどう受け取ったか分かった。言葉より先に沈黙の種類が変わっていた。
「気になる?」とアタシは聞いた。
「……情報として整理する必要がある」
「そういう意味じゃなくて」
レオニスが少し間を置いた。「……今日は整理できていない」
正直な答えだった。レオニスが「今日は整理できていない」と言うのは珍しい。
「明日、ガレードに会えば分かることが増える」とアタシは言った。「今日はそれでいい」
「……そうだな」
窓の外で、王都の夜の音がしていた。昨日より少し慣れた音だ。でもまだ、自分の街の音じゃない。




