第74話 シルフィア王女の危惧、二大リゾートの対立。
火熱の迷宮とユグドラシル国定公園。この二つの巨大な保養地の対立は、もはや一迷宮の経営問題に留まらず、王国とエルフの国を巻き込んだ外交問題へと発展しつつあった。
王都の王宮では、わが迷宮の理解者であるシルフィア王女が、険しい表情で最新の報告書を見つめていた。
「……エルフの国からの抗議文は、これで三通目ですか。わが国の『火熱の迷宮』が、彼らの神聖な樹木から魔力を盗んでいるという、根も葉もない主張。あちらは本気でこちらを潰しにかかっていますね」
シルフィアは深くため息をつき、傍らに控える側近を振り返った。報告によれば、エルフの国は国境付近の関税を引き上げ、王国から迷宮へ向かう観光客にまで圧力をかけ始めているという。彼らはその強大な国力を用い、物理的な包囲網を敷こうとしていた。
(フム。国家間の対立にまで火が回ったか。……エルフの連中、自らの迷宮が抱える歪みから目を逸らすために、こちらを悪者に仕立て上げようとしているな)
俺はコアルームから、王宮に配置した連絡用の魔力水晶を介して、王女の苦悩を共有していた。現在、わが迷宮を訪れる客はさらに制限され、街道にはエルフの国に雇われた私兵たちが「検問」と称して嫌がらせを繰り返している。
「シルフィア様、お顔をお上げください。……彼らが焦っているのは、それだけわが迷宮の『安らぎ』が彼らにとって脅威である証拠です」
俺は念話で、王女の脳内へ穏やかに語りかけた。
「コア様……。ええ、わかっています。ですが、このままでは不毛な争いが続くばかり。……エルフの国は、自分たちのユグドラシルこそが世界の中心だと信じて疑いません。彼らの誇りを傷つけず、かつわが国の権益を守るには、もはや正面衝突は避けられないのでしょうか」
王女の危惧は正しかった。一方で、ユグドラシル国定公園の深部では、エルフの使節団長がさらなる暴挙に出ようとしていた。
「迷宮側の客がまだゼロにならんのか! ならば、次はあそこの水源を断て。精霊魔法で地脈の流れを捻じ曲げ、すべての魔力をわが公園のユグドラシルに集中させるのだ」
「団長、それは禁忌です! 無理に地脈を変えれば、この森全体の魔力バランスが崩壊し、大規模な魔物の暴走を招く恐れが……!」
「黙れ! 伝統あるわが国が、あんな人族の泥臭い迷宮に集客で劣るなど、末代までの恥だ。……少々の暴走など、わが国の魔法騎士団がいれば鎮圧できる。即刻実行せよ!」
プライドを盾にした独裁。彼らは、客の安全よりも「自分たちが勝っている」という形式上の優位を保つことに、すべてを賭けていた。
(フム。ついに地脈にまで手を出すか。……アムネ、リナ。警戒レベルを最大に引き上げろ。敵の暴挙により、このエリア一帯の魔力がまもなく沸点に達する)
俺は念話で、スタッフたちに鋭い警告を発した。
「わかったわ、コア様。……外の嫌がらせをしてる連中も、なんだか様子がおかしいの。魔力の乱れのせいか、みんなイライラしてて、今にも暴れ出しそうよ」
リナが、第1層の入り口で剣を構え直すのが伝わってくる。
「コア様、大地が怒ってる……。ううん、泣き叫んでいるよ。……北の方から、すごく不気味で黒い魔力の渦が、こっちに向かって広がってきてる!」
アムネの声は、恐怖で震えていた。
「ザック、テオ。現在滞在しているお客様を、全員第3層以下の安全圏へ避難させろ。……これから、エルフたちが引き起こした『傲慢の代償』が、この大地を襲うことになる」
俺は迷宮の主としての強い意志を込め、迅速な行動を指示した。王女シルフィアの危惧は、最悪の形で的中しようとしていた。
対立する二つのリゾート。一方は「おもてなし」の真髄を守るために沈黙し、もう一方は「勝利」のために禁忌の扉を開いた。
(しのぎを削り合うにしても、限度というものがあるだろ。……エルフたちよ。自分たちがどれほど危うい均衡の上に立っていたのか、その目に焼き付けるがいい)
俺はコアを、激しく、かつ冷静な演算を示す深緑色に輝かせ、迷宮の全隔壁を強化し始めた。嵐の前の静けさは、今、終わりを告げようとしている。
ご拝読ありがとうございます。ついに国家間の問題にまで広げてしまうとは……(汗)今ならまだ、ぎりぎり修復できるかも……、ってするわけないよなぁ。
それでは次回をお楽しみに!!




