第73話 ユグドラシル国定公園の光と影。
王都の香水師や新興のチェーン店が自滅していく中、ついに真打ちとも言える巨大な存在が動き出した。大陸北方の森を統べるエルフの国が、国家の威信をかけて開園した「ユグドラシル国定公園」である。
彼らは「本物の自然」と「神話の時代から続く伝統」を武器に、わが迷宮から爆発的に客を奪い去っていった。
(フム。第1層の来場者数が、全盛期の半分以下まで落ち込んでいるな。……地脈を通じて伝わってくるのは、エルフの国が放つ、傲慢なまでに巨大な魔力の波動か)
俺はコアルームから、遥か北方で芽吹いた「模倣の聖域」を観測していた。
そこでは、エルフたちが誇る聖樹ユグドラシルの分身を中心に、豪華な露天風呂や精霊の歌声が響く宿泊施設が立ち並んでいるという。彼らはわが迷宮の「癒やし」というコンセプトを丸ごと流用しつつ、人族には到底不可能な「歴史の重み」で上書きしようとしていた。
一方、その国定公園の管理棟では、銀髪の使節団長が部下たちを前に、冷ややかな笑みを浮かべていた。
「見てみろ。人族など、少しばかり綺麗な景色と精霊の真似事を見せてやれば、すぐに群がる。……あの火熱の迷宮とやらが築き上げた市場は、今や我らの手の中にある」
「ですが団長、懸念が。……急激な客の流入に対し、聖樹の魔力供給が追いついておりません。精霊たちからも、大地の疲弊を訴える声が上がっておりますが……」
「構わん。今はさらに魔力を注ぎ込み、より派手な奇跡を見せろ。人族の迷宮が再起不能になるまで叩き潰すのが、わが国の至上命題だ。……少々の無理など、後で精霊たちに癒やさせれば済むことだ」
エルフたちは、自然の守護者を自称しながらも、その実、わが迷宮への対抗心から「自然の摂理」を無視した過剰な集客と魔力搾取を行っていた。彼らのおもてなしには、客を想う心ではなく、ただ「勝つこと」への執着だけが渦巻いていたのである。
その歪みは、確実に「影」となって現れ始めていた。
「コア様、悲しい音が聞こえるよ。……北の方の森が、泣いてる。エルフの人たちが無理やり魔力を引き出しているから、あっちの精霊たちが苦しんでるんだよ」
アムネがコアルームで、痛みに耐えるように身を震わせていた。彼女のような純粋な精霊には、遠く離れた地で起きている「自然の悲鳴」が、誰よりも鮮明に聞こえていたのだ。
「ああ、わかっている。……彼らは、おもてなしの形だけを模倣し、その根幹にある『循環』を忘れてしまった。……テオ、リナ。現在のわが迷宮の状況をどう見る?」
俺は念話で、静かに、しかし力強く二人に問いかけた。
「主様。お客様の数は減りましたが、今残っている方々は、わが迷宮の『心』を深く愛してくださっている方ばかりです。彼らは、エルフの国の豪華さよりも、ここにある静かな安らぎを選んでくれました」
テオは揺らぎない声で答えた。
「そうね。……あっちから帰ってきた冒険者が言っていたわ。『エルフの公園は綺麗だけど、どこか冷たくて、心が休まらない』って。……私たちは、自分たちの信じる道を突き進むだけよ」
リナもまた、愛用の剣を静かに研ぎながら、力強く頷いた。
(フム。客が減った今こそ、おもてなしの密度を高める好機だ。……エルフの国が、膨れ上がった欲望の重みで自壊するその時まで、我々は、この聖域をより深く、より優しく磨き上げるとしよう)
俺はコアを、深く透き通るようなエメラルド色に輝かせた。
エルフの国という、かつてない強大な敵。彼らはその強さゆえに、自らが生み出した歪みに気づかずにいる。
「しのぎを削り合うのは、ここからだ。……アムネ、泣かなくていい。彼らには、いつか本当の『安らぎ』の代償を、その身を以て知ってもらうことになるのだから」
俺の言葉に、コアルームの空気が心地よい緊張感とともに引き締まった。光り輝く国定公園の陰で、音もなく広がる致命的な亀裂。俺の演算は、その崩壊のカウントダウンを、すでに正確に刻み始めていた。
ご拝読ありがとうございます。惜しいですね。エルフの国ならではの良さが出せただろうに。相乗効果を狙ったよりよいサービスの応酬とかね……。
さて次回は、第74話『シルフィア王女の危惧、二大リゾートの対立』をお送りいたします。それでは次回をお楽しみに!!




