第70話 真実の香り、アムネの公開調香。
王都に衝撃が走っていた。伝統ある香水師ギルドが「火熱の迷宮産の香水は、人体の精神を汚染する禁忌の毒物である」と断定した翌日のことだ。わが迷宮の主導により、王都中央広場にて、前代未聞の「公開鑑定および調香」が執り行われることになったのである。
広場には、捏造された噂を信じて殺気立つ群衆や、事の成り行きを冷静に見守る貴族たち、そして勝ち誇ったような顔で雛壇に座るエドワードを筆頭とした老舗香水師たちが集まっていた。
(フム。敵は自らの勝利を確信しているようだな。だが、彼らは精霊の純粋な魔力が、人間の薄汚れた魔法薬などとは比べものにならないほど、高次な真実を映し出すことを知らない)
俺はコアルームから、王都に設置した中継用の魔力水晶を通じて、現地の様子をつぶさに観測していた。ステージの中央には、迷宮の精霊アムネが、透き通るような羽を静かに揺らして立っている。
「それでは、これより鑑定を始めます。……香水師ギルドの皆様が『毒』だとおっしゃる、没収された香水をこちらへ」
テオが毅然とした声で宣言すると、鑑定官が仰々しく、封印された小瓶を差し出した。
「無駄なことを。我らギルドの鑑定は絶対だ。今さら精霊一匹が何をしようと、汚れた事実は変わらんよ」
雛壇のエドワードが、嘲笑を浮かべて吐き捨てる。
「アムネ、準備はいいか。お前の純粋な香りで、奴らの醜い嘘をすべて洗い流してしまえ」
俺は念話で、直接アムネの心に力強いエールを送った。
「わかってるよ、コア様。……みんな、見ててね。これが、迷宮の本当の香りなんだから」
アムネは小さく頷くと、差し出された小瓶を手に取ることなく、その指先から一筋のエメラルド色の光を放った。
光が小瓶に触れた瞬間、瓶の中からどす黒い霧のようなものが噴き出した。それこそが、エドワードたちが後から混入させた捏造用の魔法薬である。だが、アムネは動じない。彼女がふわりと両手を広げると、ステージ全体を包み込むような、圧倒的な「深緑の旋律」が奏でられた。
それは、単なる香りではなかった。地下5階の巨大発光樹の下で眠るような、魂の深層までを浄化する生命の波動そのものだ。
「……っ、なんだ、この香りは!? 体の中の淀みが、一瞬で消えていくようだぞ!」
群衆の中から驚きと感動の声が上がる。アムネが放つ香りは、混入された黒い霧を瞬時に中和し、さらにはその霧が「誰の魔力によって作られたか」という証拠までを、虹色の魔力痕として空中に浮かび上がらせた。
「な、なんだと……!? あの魔力の残滓は……我らギルド特有の処方箋の反応ではないか!」
鑑定官の一人が、真っ青な顔で叫んだ。アムネの調香は、偽物の毒を消し去るだけでなく、その毒がギルド内部で作られたものであるという動かぬ証拠を、白日の下に晒したのだ。
(フム。真実の香りの前では、どんな偽りの言葉も意味をなさない。……エドワード、お前の積み上げてきた虚飾の歴史は、今この瞬間、その香りとともに霧散したのだ)
エドワードは、がたがたと椅子を鳴らして立ち上がり、絶望に目を見開いていた。広場を埋め尽くしていたのは、先ほどまでの疑念ではなく、迷宮の香りがもたらす多幸感と、そして自分たちを欺こうとしたギルドへの激しい憤りであった。
「これこそが、わが迷宮の主が提供する『安らぎ』の真実です。……皆様、どちらを信じるべきかは、今そのお体で感じているはずです」
テオの言葉が、とどめとなって響き渡る。
「やったね、コア様! みんな、本当のことがわかってくれたみたい!」
アムネの喜びに満ちた念話が、コアルームに届く。
俺はコアを、勝利を祝うように明るく鮮やかなエメラルド色に明滅させた。
老舗香水師たちの権威を真っ向から粉砕し、迷宮の信頼を完璧に取り戻した瞬間だった。だが、俺は知っている。追い詰められた獣ほど、次に何をしでかすかわからない。
「ザック、リナ。……勝利に酔いしれるのはまだ早いぞ。伝統を失ったエドワードたちは、もはや手段を選ばなくなるだろう。……そして、もう一つの懸念、あのバフ料理チェーンの動きも本格化している」
俺は、喜びの中でも揺るぎない演算を止めなかった。
一つ目のライバルを崖っぷちまで追い詰めたことで、事態はさらなる混迷へと向かおうとしていた。
(さて、次なる手。しのぎを削り合うのは、ここからだ)
俺は、王都に漂う清浄な香りの余韻を感じながら、次なる防衛計画の構築へと、演算速度をさらに加速させていくのであった。
ご拝読ありがとうございます。まずは一矢報いた感じですかね。実演に勝る真実の証明はない。これは効果的だと思う。
さて次回は、第71話『クイック・ブーストの裏側、魔力酷使の副作用』をお送りいたします。それでは次回をお楽しみに!!




