第68話 エルフの国からの使者と、ユグドラシル国定公園。
秋の気配が深まり、迷宮の周囲を囲む山々が鮮やかな朱色に染まり始めた頃。わが迷宮の入り口には、これまで訪れたどの客とも異なる、異彩を放つ一団が姿を現していた。
彼らは馬車を使わず、森を滑るように進む独特の歩法で現れた。透き通るような白い肌、尖った耳、そして精緻な刺繍が施された緑の衣。それは、大陸の北方に位置するエルフの至宝、エルフの国からの公式な使節団であった。
(フム。王家やギルドに続き、今度はエルフの国か。……彼らから放たれているのは、好奇心というよりも、品定めをするような冷ややかな魔力の波動だな)
俺はコアルームから、入り口に降り立った彼らを静かに観測していた。使節団の先頭に立つのは、長い銀髪を一本の帯で束ねた、気位の高そうなエルフの男である。
出迎えたテオが丁寧な一礼を捧げるが、男はそれに応えることもなく、不快そうに周囲を見渡した。
「ここが、人族の間で話題になっているという『癒やしの迷宮』か。……なるほど、掃除だけは行き届いているようだが、漂っている空気には精霊の気配が薄い。所詮は土を穿っただけの、無機質な穴蔵に過ぎないな」
男の独白とも取れる言葉は、周囲のスタッフにも聞こえるほどに冷淡だった。テオの隣で案内役を務めていたリナが、わずかに眉を寄せ、剣の柄を握る手に力を込めたのがわかった。
「テオ、リナ。……彼らをおもてなしの心で迎えろ。ただし、わが迷宮の誇りを汚すような振る舞いには、毅然とした態度で臨むのだ」
俺は念話で、直接二人の脳内へ語りかけた。俺の言葉を受け、テオは表情を変えることなく、穏やかな微笑みとともに口を開いた。
「遠路はるばるお越しいただき、光栄です。当迷宮はランクこそAですが、中身は訪れるすべての方に安らぎを提供することを信条としております。どうぞ、エルフの国の皆様も、わが迷宮の『ととのい』をご体験ください」
「ふん、ととのうだと? 傲慢だな、人族。……我らエルフが、本物の自然の癒やしを教えてやろう」
銀髪の男は冷笑を浮かべ、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、エルフの国が公式に発表したという、新たな「事業計画」が記されていた。
「わが国は、古き大樹ユグドラシルの根幹を成すエリアを、世界中の人々に開放することを決定した。その名も『ユグドラシル国定公園』。そこにあるのは、人造の魔力水ではなく、大地から湧き出る本物の精霊の雫だ。……主無き迷宮が模倣したような、まがい物の安らぎは、じきにその役目を終えることになるだろう」
彼らの目的は、挨拶ではなかった。わが迷宮の成功を耳にし、それを「模倣」しつつも、圧倒的な素材の差と歴史で叩き潰そうとする、明確な「競合」の宣言であった。
彼らはエルフの誇る至高の自然環境を武器に、火熱の迷宮から客を奪い取り、自分たちの権威をさらに高めようとしているのだ。
一方、コアルームではアムネが、かつての同胞とも言えるエルフたちのあまりの言い様に、羽を小刻みに震わせていた。
「コア様……。あのおじさん、すごく酷いこと言ってる。ユグドラシルの力をあんなふうに見せびらかしに使うなんて、精霊たちが悲しんじゃうよ」
「アムネ、落ち着くんだ。……彼らは、自分たちの持っているものが一番だと信じている。だが、本当の安らぎとは場所の豪華さではなく、そこにどれだけ客を想う心が込められているかで決まるのだということを、彼らは忘れているようだな」
俺はアムネを宥めるように、優しく念話で語りかけた。
エルフの使節団は、迷宮の中を一通り見物して回ったが、その間も終始、鼻を鳴らして見下すような態度を崩さなかった。第5層の巨大発光樹を目の当たりにしても、「我らのユグドラシルに比べれば、ただの大きな苗木だな」と切り捨て、早々に迷宮を後にした。
彼らが去った後、迷宮の入り口には、嵐が過ぎ去った後のような重苦しい沈黙が漂っていた。
王都の香水師、新興のバフ料理チェーン、そして今度は、国家規模の強大なライバルであるエルフの国。火熱の迷宮を取り巻く環境は、かつてないほどに険しいものとなりつつあった。
「旦那、大変なことになりやしたね。エルフの国が本気で観光業に参入するとなると、これまでの商圏が根こそぎ持っていかれる可能性がありやす。あいつらのブランド力は、人族の間じゃ絶対ですからね」
ザックが、冷や汗を拭いながらコアルームへとやってきた。
「ああ、わかっている。……だがザック、面白いとは思わないか? 彼らはわが迷宮のやり方を真似て、それ以上のものを作ろうとしている。……しかし、迷宮を運営するということが、どれほどの演算と、繊細な魔力の制御を必要とするか、彼らはまだ知らない」
(フム。自然のままに任せるのと、迷宮として客に最適化された安らぎを提供するのは、似て非なるものだ。……エルフたちが、客の欲望を飲み込み続けた結果、どのような歪みが生じるか。演算の結果は、すでに不穏な予測を示しているな)
俺はコアを、深く、そして静かに燃えるようなエメラルド色に輝かせた。
敵は強い。だが、その強さゆえの隙もまた、必ず存在する。
「みんな、聞け。エルフの国がライバルになるのなら、我々は彼らには決して真似できない、より『人間臭い』、泥臭いほどのおもてなしを極めるまでだ。……ユグドラシル国定公園、か。面白い。どちらが本当の聖域か、とことん競い合おうではないか」
俺の声は、第1層から第5層、そしてコアルームのスタッフたち全員の心に、熱い火を灯すように響き渡った。
迫りくるライバルたちとの、しのぎを削る生存競争。火熱の迷宮の真の戦いは、ここから始まるのであった。
ご拝読ありがとうございます。新たにエルフの国がライバルとして出現。これは強敵だ。エルフのブランド力は強そう、エルフ事態が生ける広告みたいなものだし、美しい見た目からして効能の説得力が半端ないわ(汗)
さて次回は、第69話『香水師ギルドの卑劣な罠』へ進みます。エドワードたちの策謀が火熱の迷宮を陥れる。それでは次回をお楽しみに!!




