第66話 王都の影、老舗香水師の会合。
第7章 烈火の商戦・聖域の包囲網
「敵対勢力が本気でこちらを潰しにくる、血の通わない商戦と権力争い」のはじまり。
王都の一等地に居を構える、石造りの重厚な邸宅。その奥まった一室では、時代錯誤なほど豪華な装飾が施された円卓を囲み、数人の男たちが苦虫を噛み潰したような表情で沈黙していた。
室内に漂うのは、何十種類もの高級香料が混ざり合った、頭痛を催すほどに濃厚で、それでいてどこか「古臭い」香りだ。
「……それで、いつまであの『ドブネズミの香水』を放置しておくつもりだね? ギルド長殿」
沈黙を破ったのは、円卓の上座に座る初老の男、ド・ラ・メール家の現当主、エドワードであった。彼は王国で三代続く由緒正しき香水師であり、その調合は王妃様すらも愛用するという、この業界の絶対的な支配者である。
だが、その端正に整えられた指先は、苛立ちからか、テーブルのクロスを執拗に叩いていた。
「エドワード殿、そうおっしゃられましても……。あちらは王女シルフィア様が後ろ盾となっております。下手に動けば、こちらが王室を侮辱したことになりかねません」
香水師ギルドの長が、額の汗を拭いながら弁明する。しかし、その言葉がさらにエドワードの神経を逆撫でした。
「ふん、王女殿下も所詮は小娘。魔物が吐き出した不浄な魔力水を、こともあろうに肌につけるなど……。我ら人間が、何百年もの歳月をかけて磨き上げてきた天然香料の芸術を、あんな得体の知れない『迷宮産』と一緒にされては堪らんのだよ。これはもはや、文化に対する冒涜だ」
エドワードの瞳には、新興勢力に対する純然たる憎悪と、己の利権を脅かされることへの恐怖が混じり合っていた。彼らにとって、香水とは「高貴な者だけの特権」であり、それを「安らぎ」などという安っぽい言葉で大衆に売り捌くザックの商法は、到底許容できるものではなかった。
「ですが、実際に王都の市場はあの『安寧の滴』に席巻されております。我がギルドの若手たちの中にも、あちらの製法を学ぼうとする不届き者が現れる始末で……」
「ならば、叩き潰すまでだ。……幸い、あそこは『Aランク』に昇格したばかり。注目が集まっている今こそ、その評価をどん底に叩き落としてやればいい」
エドワードは冷酷な笑みを浮かべ、傍らに控えていた秘書にある書簡を差し出した。
そこには、迷宮産の香料が人体に悪影響を及ぼし、精神を混濁させるという、巧妙に捏造された実験データが記されていた。
「魔物の魔力とは、本来人間を害するもの。それを抽出し、霧にして吸わせるなど、毒を撒き散らしているのと同じだ。……明日の朝には、ギルドの公式見解としてこれを発表させろ。あんなFランク上がりの成金迷宮、一瞬で廃墟にしてくれるわ」
一方、その頃。火熱の迷宮の最深部、コアルームでは。
(フム。王都の方向から、実に不快で淀んだ思念が逆流してきているな。……嫉妬、傲慢、そして根拠のない優越感。伝統という名の殻に閉じこもった者たちの、断末魔のような叫びか)
俺はコアを、警告の色である鋭い紫に明滅させた。
敵対勢力が動き出した。彼らは、俺たちが築き上げてきた「おもてなし」を、汚い策謀で塗り潰そうとしている。
「テオ、リナ。……客の中に、不自然な動きをする者が混ざっていないか、さらに注意を払え。それからザック、王都の店に刺客が送られる可能性がある。防衛の準備を急げ」
「了解しました、主様。嫌な予感がしていたんです。あの老舗連中、黙って引き下がるとは思えませんからね」
「へっ、旦那。あいつら、俺たちがただの『幸運な店主』だと思っていやがる。……本物の迷宮の底力を、思い知らせてやりましょうや」
平和だった迷宮の入り口に、冷たい秋の風が吹き抜ける。それは、これから始まる「情け容赦ない商戦」の幕開けを告げる合図であった。
(来るなら来い。伝統を重んじるというのなら、その伝統ごと、わが迷宮の『ととのい』の深淵に沈めてやろう。……演算はすでに、奴らの敗北までの最短ルートを描き出しているのだからな)
俺の意志は、深夜の迷宮の隅々にまで静謐な波紋となって染み渡り、大切な場所を守り抜くための迎撃体制を、音もなく整え始めていた。
ご拝読ありがとうございます。敵対する勢力のやっかみシーンで、王族への発言は不敬罪にあたりますよね(汗)そんな精神だから迷宮産に取って代わられようとしているのでは?と気づけば救いがあるんですけどね……。
さて次回、第67話。迅速なる「バフ」の衝撃、チェーン店『クイック・ブースト』上陸をお送りします。それでは次回をお楽しみ!!




