第62話 ギルドの慌てぶりと、ついに訪れるランク昇格の報。
王家の一行が満足げに帰路についてから数日。わが迷宮の入り口には、いつになく殺気立った……いや、悲壮感の漂う一団が姿を現していた。それは以前、この迷宮を「Fランク」と軽んじて調査に来た騎士たちではなく、さらに上層の役職に就く、冒険者ギルドの本部査定官たちであった。
彼らの顔は一様に青白く、手元にあるはずの調査票は、握りしめられた汗で無惨にふやけている。無理もない。彼らは国王陛下から直接、「わが直轄地をFランクなどという不当な評価で据え置くとは、一体どういうつもりか」という、実質的な最後通牒を突きつけられたばかりなのだ。
(フム。ギルドの連中がこれほどまでに血相を変えてやってくるとは。……ザック、あちらの対応を頼む。俺はコアルームから、彼らの『ととのい』具合を観測させてもらうとしよう)
「へいへい、わかってやすよ旦那。……おやおや、ギルドの偉い方々じゃありませんか。本日はどのような御用で? もしかして、また『Fランクの不衛生な調査』にでもお越しで?」
ザックが、これ以上ないほどに嫌味な、しかし商売人らしい完璧な笑みを浮かべて彼らを出迎えた。
「そ、そのようなわけがなかろう! 今回は、王家からの推薦、および先日の再調査の結果を踏まえ、当迷宮のランクを……ランクを適正なものに修正しに来たのだ!」
査定官の一人が、声を裏返らせながら叫んだ。彼らはもはや、床の輝きや第5層の巨大発光樹に驚く余裕すら失っていた。ただひたすらに、陛下からの不興を買わないよう、この迷宮を「如何に優れた場所であるか」として記録することだけに必死だった。
彼らは第1層から第5層までを、まるで聖地巡礼でもするかのような敬虔な足取りで回っていった。サウナを体験し、発光樹の下で森林浴を行い、ストーンシェルの甲羅で提供されたハーブティーを一口啜るたびに、彼らのペンは猛烈な勢いで「驚異的な魔力密度」「王都すら凌駕する衛生環境」「伝説級の癒やし効果」といった賛辞を書き連ねていく。
(フム。現金なものだな。だが、これが世界の仕組みというものだ。実力があっても、権威という名の光が当たらなければ、正当な評価は得られない。……だが、今日でその歪みも正されることになる)
調査が終了し、入り口の広場で全スタッフが見守る中、査定官のリーダーが震える手で新しいギルドプレートを取り出した。
「……火熱の迷宮、主殿。これまでの不当な過小評価を深く謝罪するとともに、ギルド本部の総意として、当迷宮のランクを……一足飛びに『Aランク』へと昇格させることをここに宣言する!」
その言葉が響いた瞬間、広場にいたテオやリナ、そしてガイドたちから大きな歓声が上がった。Fランクという蔑みを受けながらも、ひたむきにおもてなしを磨き続けてきた彼らにとって、それは何よりも誇らしい勝利の瞬間であった。
(Aランク、か。……フム、一気に五段階も飛ばしてくるとは、ギルドもよほど保身に必死なようだな。まあいい、これで世界中のAランク冒険者や、他国の王族たちが正式にここを訪れる口実ができたわけだ)
だが、この昇格という栄光は、同時に「平穏」の終わりでもあった。
Aランク迷宮。それは国家の基幹産業であり、巨額の金と利権が動くことを意味する。わが迷宮の成功を快く思わない者たち、あるいはその利益を奪い取ろうとする他国の勢力が、暗い影を落とし始めるのは時間の問題だった。
俺は喜びを分かち合うスタッフたちの姿を愛おしく眺めながらも、意識の端でさらなる遠く、国境を越えた先にある未知の魔力反応を捉えていた。
(Aランクへの昇格祝いに、新しい『試練』がやってくるというわけか。……面白い。わが迷宮の安寧が、世界を飲み込むためのステップと考えれば、ライバルの出現すらも一つの娯楽にすぎん)
俺はコアを、夜明けを告げるような力強いエメラルド色に輝かせた。
Aランク迷宮としての新たな幕開け。それは、世界中を巻き込む「安寧の旅路」へと続く、大きな一歩であった。
ご拝読ありがとうございます。ついに!Aランク!と言ってもこれは、ダンジョンレベル昇級による踏破難易度のランクではない。だが、踏破したくなくなるという意味では正当な評価かもしれないけれど(笑)
次は、第63話『迷宮ブランド香水、王都を席巻する』をお送りします。それでは、次回をお楽しみに!!




