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Fランクダンジョンの平和な日常〜ダンジョンコアになって十数年いろんなことがありました〜  作者: 弌黑流人
【第一部】 第六章 [国定保養地]深緑の聖域と癒やしの新境地

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第63話 迷宮ブランド香水、王都を席巻する。

迷宮ステータス

現在のダンジョンレベル:Lv.17

現在のフロア数:5フロア

現在の認定ランク:Aランク(昇格決定)

主要施設:王家直轄サウナ、巨大発光樹庭園、特産品開発研究所

 ギルドからのAランク昇格通知と、王家直轄保養地としての認定。この二つの巨大な盾を手に入れたわが迷宮は、もはや一地方のダンジョンという枠を超え、王国における「国家的一大ブランド」へと昇華しようとしていた。そして、そのブランド力を目に見える形、あるいは「香り」という形で世に知らしめる役割を担っていたのが、御用商人ザックが心血を注いだ迷宮初の特産品、香水「安寧の滴」であった。


 (フム。王都の各所から、これまでにないほど強烈な『欲求』と『満足』の波動が流れ込んできているな。ザックのやつ、よほど上手く立ち回ったらしい)


 俺はコアルームで、地脈を通じて伝わってくる民衆の感情の揺れを観測していた。ザックは王女シルフィア様から贈られた「推奨の言葉」を最大限に利用し、王都の目抜き通りに迷宮直営のアンテナショップを開設したのだ。


 そこでは、第5層の巨大発光樹から採取された魔力水と、アムネが魔法的に安定させた花の香料をブレンドした、至高の香水が販売されている。


 しかし、ここで一つ、非常に奇妙な現象が起きていた。


 この迷宮は、王家の意向により「Aランク」という最高峰の格付けを授かっているが、それはあくまで施設としてのホスピタリティや、国家的な価値に対する評価である。迷宮そのものが持つ「殺傷能力」や「攻略難易度」という本来の評価基準に照らせば、ここは依然として「Fランク」のままなのだ。


 (フム。看板だけは竜を倒すような超一流の迷宮だが、中身はスライム一匹殺せない……いや、殺さない平和な場所。このギャップに、ギルドの査定官たちも頭を抱えていたようだな)


 本来、Aランク迷宮といえば、一歩足を踏み入れれば命の保証はなく、凶悪な罠と魔物がひしめく魔境である。だが、わが迷宮には毒矢も落とし穴も存在しない。あるのは、自動で汚れを拭き取るポリッシュたちと、客の肌を瑞々しく保つための加湿魔法だけだ。この「公式ランク」と「実質的な安全性」の乖離が、逆に「絶対に死なない最高級のリゾート」という唯一無二の付加価値を生んでいた。


 「旦那! 聞いてくださいよ、もう笑いが止まりやせん! 王都の貴族夫人がたが、この小瓶一つに金貨を積み上げて争奪戦を繰り広げていやすぜ。一本売れるごとに、わが迷宮の評判が金貨になって返ってくる。これこそ商売の醍醐味ですな!」


 ザックは定期報告のために迷宮に戻ってくるなり、これまでにないほど上機嫌で語り始めた。彼の話によれば、この香水は単なる化粧品としての価値を超え、王都の過酷な社交界で戦う女性たちにとって、一瞬で「心をととのえる」ための聖水のような扱いを受けているという。


 一吹きすれば、そこには地下5階の清廉な森が広がり、重苦しい現実を忘れさせてくれる。その圧倒的な機能性が、目の肥えた王都の人々を虜にしたのだ。


 しかし、急激すぎる成功は、常に古い勢力との摩擦を生むものである。


 「……ですがね、旦那。光が強けりゃ影も濃い。王都で何代も続く伝統ある香水師のギルドが、うちの『安寧の滴』を『魔物の小細工を使ったまやかしだ』なんて触れ回っていやがるんです。特に、老舗の『ド・ラ・メール家』の当主が、うちを目の敵にしていやしてね」


 (フム。歴史と伝統を誇る職人たちからすれば、新参の迷宮ブランドが市場を席巻するのは面白くないだろうな。……だが、彼らが提供しているのは『飾り』であり、俺たちが提供しているのは『救済』だ。土俵が根本的に違うのだよ)


 ザックの話によれば、その老舗香水師たちは、迷宮産の香料が天然の植物ではなく「魔力による合成品」であることを突き、安全性を疑わせるネガティブキャンペーンを展開しようとしているらしい。だが、彼らはまだ知らない。この香水に使われている素材が、どれほど純粋な慈愛……すなわちウッドスピリットたちの手によって慈しまれ、巨大発光樹の祝福を受けたものであるかを。


 「向こうは歴史という看板を背負ってやすが、こっちには王家公認と、何より本物の『癒やし』がありやす。……ですがね、旦那。俺はただ勝つだけじゃ満足できねえ。あいつらの鼻を明かして、王都の香水市場を完全に迷宮の色に染め上げてやりたいんです」


 ザックの瞳には、商売人としての飽くなき征服欲が宿っていた。彼はすでに、次なる一手として「携帯用の香水石」や、就寝前に枕元に置く「安眠のアロマキャンドル」といった、生活のあらゆる場面に迷宮の安寧を浸透させる新商品の開発を、アムネやリーフたちに打診し始めている。


 (いいだろう、ザック。お前のその野心が、結果としてわが迷宮のEXPとなり、より多くの人々を安寧に導くのであれば、俺はそれを全面的にバックアップしよう。……アムネ、彼らの研究に協力してやってくれ。ただし、森の調和を乱さない範囲でな)


 『まかせて、コア様! 香りに関することなら、精霊の私の右に出る者はいないんだから! あの頑固な香水師のおじいさんたちも、思わず深呼吸しちゃうような最高の香りを作ってみせるよ!』


 アムネの頼もしい念話が響く。


 こうして、火熱の迷宮はその影響力を迷宮の外……王国の心臓部である王都へと着実に広げていった。それは、単なる富の蓄積ではなく、人々の心の中に「安らぎの拠点」を築くという、静かなる侵略でもあった。


 だが、俺は知っている。王都でのこの騒動が、いずれ大きな嵐を呼ぶことになるのを。


 伝統を重んじる香水師ギルド。そして、迷宮の急成長を警戒し始めた他国の商会。彼らが手を結び、わが迷宮の「独走」を阻もうと動き出す日は、そう遠くないだろう。


 (来るべき対決に向けて、第5層の機能をさらに強化しておく必要があるな。……そして、その先にある第6層。そこには、ライバルたちが決して真似できない、さらなる究極の体験を用意しておかなければ)


 俺は、王都からの興奮した人々の波動を受け止めながら、コアを深く、神秘的な紫が混ざったエメラルド色に輝かせた。


 迷宮ブランドが世界を席巻する旅は、まだ始まったばかりであった。


 ご拝読ありがとうございます。予感がする、安寧の終わり。さてさて、どのような展開が待ち受けているのか。新章突入により徐々に明らかになることでしょう。

 次は、第64話『第5層の完成と、次なる深淵への予兆』

となります。お楽しみ!!

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