第53話 宿泊客たちの逆襲と、「ととのい」の証明。
サウナの扉が開き、中から「査察団」という肩書きを忘れた男たちが、ふらふらと這い出してきた。あれほど高圧的だった査察官たちの顔は一様に赤らみ、瞳からは闘争心が完全に消失している。
「……なんだ……。今まで、俺は何を疑っていたんだ……?」
「管理局の義務……。いや、そんなことより、この冷たい水風呂に入った後の爽快感……。これこそが、世界に平和をもたらす答えではないのか……?」
彼らは、バルトンが吹聴していた「洗脳」の噂など、もはや脳の隅にも残っていないようだった。
そんな中、唯一サウナに入らず、外でニヤニヤと「不正発覚」の瞬間を待っていた宿主バルトンだけが、予想外の光景に顔をひきつらせる。
「お、おい! 査察官殿! 何をしているんですか! 早くそのダンジョンコアを……!」
その時だった。
騒ぎを聞きつけ、宿泊フロアから「ととのい」を邪魔された宿泊客たちが、一斉に姿を現した。
「……おい、そこ。さっきからやかましいぞ」
現れたのは、かつては血の気の多かった中堅冒険者のパーティや、迷宮の「安らぎ」を愛する王都の商人たちだ。彼らは、大切な聖域に土足で踏み込み、不快な噂を撒き散らすバルトンを、冷ややかな目で見下ろした。
「お前ら、隣町の宿屋の連中だな? 自分の店が流行らないからって、こんな素晴らしい場所に難癖をつけるとは……情けないと思わないのか?」
「洗脳だの薬だの、ふざけるな。俺たちは自分の意思でここに来ている。ここのたまご焼きに中毒性があるとしたら、それは『美味すぎる』という、料理人としての正当な実力だろうが!」
「その通り! 私がここの公認ガイドたちから受けた真心は、王都のどの高級ホテルよりも本物だったぞ!」
宿泊客たちの怒涛の反論。
バルトンは予想外の「民衆の反撃」に後ずさりする。彼が信じていた「不安に煽られる愚かな人々」は、ここにはいなかった。ここにいたのは、実体験を通して迷宮への「信頼」を築き上げた、強固なファンたちだったのだ。
(フム。査察官を物理的に屈服させるのではなく、客たちが自発的に盾となってくれるとはな。これこそが、俺が目指した『地域に愛されるダンジョン』の真骨頂だ)
俺は明滅し、トドメの一手を放つ。
「【システムアナウンス】――査察官の皆様。当迷宮の潔白は、皆様の体感、および現地の宿泊客の声により証明されました。……バルトン殿。貴殿の提出した告発状に『偽証』があった場合、王国の迷宮法に基づき、重い罰則が課されることになりますが……よろしいですね?」
俺の声を増幅し、迷宮全体に響かせる。
査察官の一人が、我に返ったようにバルトンを睨みつけた。
「……そうだ。バルトン。お前の持ち込んだ『証拠』とやらは、どこにある? 鑑定魔法では何一つ出なかったぞ。……お前、我々管理局を担いだのか?」
「い、いや! それは……!」
バルトンの顔が、真っ青から真っ白へと変わっていく。
(バルトンよ。お前は噂という毒で俺を殺そうとしたが、毒を分解するのはいつだって、当事者の『実体験』という抗体なのだ)
騒ぎは収束に向かっていた。
宿泊客たちは団結して迷宮を守り抜いた達成感に浸り、より一層この場所への愛着を深めている。
俺は、混乱の中で生まれた負の感情すらも、サウナの熱気で浄化し、極上の「安寧EXP」へと変換して吸収した。風評被害という名の嵐は、皮肉にもこの迷宮の「信頼」が本物であることを、全世界に証明する結果となったのである。
ご拝読ありがとうございます。良かった!万事解決ですね!時代劇的な勧善懲悪展開にはなりませんでしたが、これまでに培った『信頼』がリピーターという強い味方により打破されました。こんなふうに誠意が報われる世界が好きです。それでは、次回、風評被害編の終幕です。お楽しみに!!




