第52話 風評の嵐と、コアの冷静な分析。
「コア様、深刻な事態です! 街の市場で、うちの『公認ガイド』のバッジを付けていた子が、石を投げられそうになったんですって……!」
リナが憤慨しながらコアルームへ飛び込んできた。彼女の拳は震えている。大切に育てた弟子たちが、根も葉もない嘘で傷つけられていることが許せないのだろう。
ザックからも、悲痛な念話が届く。
『旦那、こりゃあ酷え。王都の高級商店からも「一旦、商品の取り扱いを見合わせたい」なんて連絡が来やがった。あの公爵様との繋がりすら「魔術で操っている」なんて言われちゃ、手の打ちようがねえ……』
(フム。噂という名のウイルスが、完全に発症したようだな。恐怖は論理を凌駕する。どれほど公爵や官僚の信頼があろうと、「実は恐ろしい場所だった」という物語の方が、人々にとっては刺激的で信じやすいのだ)
俺は明滅を繰り返し、集積された情報を整理した。
敵の狙いは、物理的な破壊ではない。迷宮の「ブランド価値」を失墜させ、社会的に孤立させること。そうすれば、客足が途絶え、俺たちは維持費を払えず自滅すると踏んでいるのだろう。
(だが、彼らは致命的な計算違いをしている。俺は『人』を売っているのではない。『体験』を売っているのだ)
数日後、ついに王国の「迷宮管理局」から、公式の査察団が派遣されてきた。
本来なら定期報告で済む相手だが、今回はバルトンたちの根回しにより、かなり強硬な姿勢で乗り込んできた。
「当迷宮に『洗脳魔術』および『不当な薬物混入』の疑いがあるとの通報を受け、調査に参った。拒否は許されんぞ」
鎧をガチャつかせた兵士を連れ、高圧的な態度で現れた査察官たち。その中には、ニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべた隣町の宿主、バルトンの姿もあった。彼は「被害者遺族の代表(もちろん偽物だ)」として同行していたのだ。
「……テオ。彼らをお通ししろ。当迷宮に隠し事はない。……『すべて』を体験していただくんだ」
俺の念話を受け、ガイドのテオが深く一礼した。
「畏まりました、コア様。……皆様、どうぞ。当迷宮の『真実』をご案内いたします」
査察官たちは、あら探しをしようと血眼になって迷宮を歩き回った。
だが、彼らを待ち受けていたのは、以前にも増して凄みを帯びた「完璧」だった。
「ふん、この壁の裏に隠し部屋があるんだろう! ……っ、なんだこの手触りは。……埃一つないじゃないか」
コーナー・ポリッシュが、査察官の指が触れる数秒前に、その場所を精密に清掃し終えていた。
「カタカタ(証拠などありません。あるのは、我々の誇りだけです)」
食堂に踏み込んだバルトンが、たまご焼きを指差して叫ぶ。
「これだ! この中に、人を中毒にさせる幻覚剤が入っているんだ! 証拠物件として押収しろ!」
俺はアムネに命じ、解析用の魔法陣をその場で展開させた。
「どうぞ、その場で鑑定してください。そこに含まれているのは、火竜の熱による絶妙なタンパク質の変質と、厳選された蜂蜜。そして、作り手の真心だけですから」
鑑定の結果は、当然ながら「極めて高品質な食品」という判定。毒どころか、滋養強壮に最適な聖域の恵みである。
苛立つ査察団を、テオは最終目的地へと誘導する。
「お疲れのようですから、こちらで最終の事情聴取を行いませんか? 当迷宮自慢の……サウナエリアです」
「ふざけるな! 調査の最中に風呂だと!?」
「いいえ。洗脳の魔術があると疑われている場所こそ、直接その身で確かめるべきではありませんか? それとも……管理局の皆様は、自分の精神防御に自信がないのですか?」
テオの挑発的な、しかし丁寧な言葉に、査察官たちは引くに引けなくなった。
(フム。これで舞台は整ったな。どれほど強固な偏見も、凝り固まった筋肉と精神の前には無力だ。……アムネ、イグニス。最大級の『ととのい』の準備をしろ。彼らがこの迷宮から出るとき、自分たちが何を疑っていたのかすら思い出せないほどにな)
俺は、冷徹な分析の結果、一つの結論に達していた。
反撃は言葉ではない。
悪意を持って乗り込んできた者たちを、「強制的にととのわせ、当迷宮の狂信的な擁護者に変えること」。これこそが、火熱の迷宮流の、最も平和で、最も残酷な反撃の第一歩であった。
ご拝読ありがとうございます。さてさて、ついに翔んで火に入る夏の虫、悪党ども、懲らしめてやらぁ!展開が来ましたよ!ふふふふ。クレーマーを懐柔してこそ本物のサービスマンですぜ。ピンチをチャンスにさぁ、ととのえちゃってください!コア様!それでは、次回もお楽しみに!!




