第51話 忍び寄る「黒い噂」と、曇り始めた安寧の空。
ピンチをチャンスへ!
第五章 風評被害との対峙
黄金色に輝く朝日が、迷宮の入り口を照らす。
いつもならこの時間、隣町の宿を早朝に出発した観光客たちが、期待に胸を膨らませて行列を作っているはずだった。だが、今日の入り口は、どこか閑散としていた。
(フム。感知網に引っかかる生体反応が、通常の三割ほど減少しているな。天候は良好、魔力の循環も安定している。……となれば、要因は外部にあると見て間違いないだろう)
俺はコアルームのモニターを切り替え、入り口の受付デスクに立つハンスたちの様子を観察した。
「……おかしいですね。予約していたはずの団体様から、今朝になって急に『体調不良者が続出した』とキャンセルの連絡が入ったんです」
ハンスが困り顔で、リナに報告を上げている。
「うちだけじゃないわ。ザックの店に卸すはずだった商人の馬車も、道中の検問で止められたんですって。『危険な魔導具を運んでいる疑いがある』なんて言いがかりをつけられてね」
リナの表情は険しい。彼女は長年エージェントとして活動してきた嗅覚で、これが単なる偶然ではないことを察知していた。
そこへ、一人の一般客が恐る恐る受付に近づいてきた。
「あの……。ここで出される食べ物って、本当に安全なんですか? 街の酒場で聞いたんですけど、ここのたまご焼きには、一度食べたらここに来ずにはいられなくなる『呪いの薬』が入っているって……」
「そんな! 滅相もございません! 厳選された素材と、愛着を持って育てている魔物の熱で丁寧に焼いているだけで……」
ハンスが必死に否定するが、客の不安そうな顔は晴れない。その客は結局、「やっぱり、またにします」と言って、足早に立ち去ってしまった。
(なるほど。正面から攻めてくるのではなく、人々の『不安』という見えない毒を撒いてきたか。なかなか狡猾なやり方だな)
俺は、情報収集のために街へ出ていたザックからの念話を受けた。
『コア様、これぁ思ってたより根が深いですぜ。近隣の宿場町……例のバルトンが牛耳ってるあたりで、組織的に噂が流されてやす。あそこのサウナは魂を吸い取る儀式だの、ガイドは洗脳された操り人形だの……。一度広まっちまった不信感は、そう簡単には拭えやせん』
噂は尾ひれをつけて広がっていた。
曰〈いわ〉く、夜な夜な迷宮の奥から不気味な鳴き声(実際はイグニスとキュイの幸せな寝息だ)が聞こえるのは、生贄を捧げている証拠だ。
曰く、あの異常なまでの清潔さ(ポリッシュ四人衆の努力だ)は、犯罪の証拠を消すためだ。
善意で行ってきたことが、すべて悪意ある解釈に書き換えられていく。それは、物理的な剣で斬られるよりも、じわじわと迷宮の根幹――「信頼」という安寧を蝕んでいった。
悪意の波動は、迷宮内の魔物たちにも伝播していた。
「カタカタ……(床を磨いても、お客様が怖がって避けてしまいます……)」
ブライト・ポリッシュたちが、いつもより元気なさげに骨の手を動かしている。彼らにとって、磨き上げた床をお客様が喜んで歩いてくれることこそが最大の喜びだった。それが否定されるのは、魂を否定されるに等しい。
地下では、キュイが不安そうに俺のコアに擦り寄ってきた。
「キュ……、キュイ?」
(大丈夫だ、キュイ。お前の温もりも、マスターポリッシュたちの献身も、俺が保証する。汚い言葉でそれらを壊させはしない)
(フム。バルトンといったか。客を奪われた恨みを、偽りの言葉で晴らそうとは。経営者としては三流以下の所業だな)
俺は、クリスタルコアを冷徹な氷色に輝かせた。
彼らは大きな勘違いをしている。
俺が「戦わない魔物」を標榜しているのは、戦う力が無いからではない。平和に経営する方が、より多くのEXPを得られ、効率的だからに過ぎない。
わが敷地の安寧を乱すというのであれば、それは「侵略」と同じだ。
(【システム操作】――全セクションへ通達。当面の間、過度な反論は禁止する。通常通りの『最高のおもてなし』を維持せよ。……毒には、より純度の高い『薬』をぶつけるのが定石だ)
俺は、次の手を打つために魔力を練り始めた。
『火熱の迷宮』という巨大な経営機構が、悪意を「ととのえる」ために、静かに、しかし力強く動き出した。
ご拝読ありがとうございます。いよいよ本格的な風評被害が始まり、ガイドや魔物たちにも動揺が広がっています。
次は第52話。風評の嵐と、コアの冷静な分析です。
調査に訪れる役人や、疑いの目を向ける客たちに対し、コア様がどのような「秘策」を講じるのか、乞うご期待!!




