第49話 広がる安寧の輪と、影から覗く「毒」の視線。
公爵という強力な後ろ盾を得た『火熱の迷宮』の名声は、もはや止まる所を知らなかった。王都の社交界では「最果ての地にあるFランク迷宮こそが、真の贅沢を知る者の終着駅である」という、一種のステータスとして語られ始めていた。
(フム。広報は順調、というより過熱気味だな。だが、経営とは常にリスクを伴うもの。光が強まれば、その分だけ影も濃くなるのが世の常だ)
俺はザックとリナを呼び出し、現在の状況を整理させることにした。
「コア様、聞いてくださいよ! 隣国の有力都市から『迷宮公認・ととのい出張セット』の注文が殺到してやす! 今やうちのロゴが入ったハーブティーやタオルは、王都の高級商店でも品切れ状態。商売繁盛、笑いが止まりやせんぜ!」
ザックが揉み手をしながら、計算書を俺に見せる。
彼は迷宮の「安寧」を、形ある「商品」として周辺諸国へばら撒いていた。それは単なる金儲けではなく、この迷宮の価値を広く世間に認めさせ、敵対的な勢力が手を出せないようにするための「外堀を埋める作業」でもあった。
一方のリナは、ガイドの派遣事業について報告を上げる。
「教官として、近隣の宿場町にも『おもてなしの基礎』を教えに行っているわ。迷宮に泊まれなかった客を周囲の街に流すことで、地域全体の経済を底上げする……。コア様の狙い通り、近隣の村々は今や『迷宮のおこぼれ』で空前の好景気に沸いているわね」
(フム。地域共生こそが平和維持の要だ。周囲を味方につければ、外敵からの攻撃は防げる。……はずだったんだがな)
しかし、すべての人間がこの恩恵を喜んでいるわけではなかった。俺の感知網が、迷宮から少し離れた「かつての保養地」であった街に、異質な魔力の淀みを捉えた。
そこは、迷宮が観光名所になる前まで、領主や官僚たちが利用していた老舗の温泉街だ。今や、客のほとんどが『火熱の迷宮』へと流れてしまい、街は閑古鳥が鳴いている。
「……納得がいかんな。あんな魔物の巣窟が、なぜ我が街の歴史ある名湯よりも尊ばれるのだ」
薄暗い部屋で、一人の男が拳を机に叩きつけていた。彼はその街の宿主たちの元締めであり、かつて領主御用達の看板を掲げていた男――バルトンだ。彼の隣には、不気味なローブを纏った痩せぎすの男が座っている。
「バルトン殿。正攻法ではあの迷宮には勝てません。あそこは、人々を惑わす『禁忌の力』を使っているのですよ。……その事実さえ広まれば、民衆は手のひらを返して、あの場所を焼き払えと叫ぶでしょうな」
「……ふん、洗脳か。いいだろう。我が街の再興のためなら、真実などどうでもいい。あのFランク迷宮が、実は『血の生贄を求める化け物の家』であることを、世に知らしめてやる」
(フム。ようやく尻尾を出したか。妬みと執着。人間の持つもっとも醜く、しかし強力な負のEXPだな。……だが、それをわが敷地に持ち込むというのなら、容赦はしない)
そんな陰謀が渦巻いているとは露知らず、迷宮内では今日も平和な時間が流れていた。地下では、ミスト・ポリッシュがアロマの調合に余念がなく、ブライト・ポリッシュたちは次の団体客のために、床をダイヤモンドのように磨き上げている。
キュイはイグニスの背中の上で、新しいおもちゃである「ザック製・特製ラバーダック(耐熱仕様)」を転がして無邪気に遊んでいる。
平和だ。この上なく平和で、完成された日常。
だが、俺は知っている。この平和を維持するためには、迫りくる「悪意」を真正面から受け止めるのではなく、当迷宮らしく「ととのえて」やらねばならないことを。
(さて、来るべき『嵐』に向け、こちらも盤石の準備を整えるとしようか)
俺は、クリスタルコアを警告の色である淡い琥珀色に一瞬だけ光らせた後、再びいつもの穏やかな青色に戻した。
迷宮の「安寧」を汚す者は、誰であっても許さない。それが、このFランク迷宮の主としての、唯一無二のルールなのだから。
ご拝読ありがとうございます。コア様の覚悟と矜持が垣間見えた瞬間でしたね。悪意による黒い噂、よく知らない人にはホントのことのように捉えれてしまう性根の悪い行い。さて、これから先にどのような展開が待ち受けているのでしょうか!次回も乞うご期待!!




