第111話 アムネの勇気と、ユグドラシルの不思議な枝分け。
ベリアルが「悠久の憩い亭」への滞在を延長してから数日が過ぎた。
彼女は相変わらず忍び装束にゴーグルという格好で宿のあちこちを神出鬼没に現れては、面白いものを探して回っている。しかし、その足取りは初日の刺々しさが消え、どこか楽しげなリズムを刻んでいた。
「ねえ、精霊のお姉さーん! 今日はどこを案内してくれるの?」
ベリアルが声をかけたのは、庭園の隅でユグドラシルの若木の様子を見ていたアムネだった。アムネは少し肩を跳ねさせたが、優しく微笑んで振り返る。
「ベリアル様。今日はユグドラシルの枝分けの日なんです。宿の各部屋に飾るための、新しい命を分けてもらう大切な日なんですよ」
「へぇ、面白そう! 私も手伝っていい?」
アムネは少し迷った。ベリアルが元四天王であることを知っているし、その強大な魔力が繊細な若木にどう影響するか不安だったからだ。だが、ベリアルの瞳に宿る、好奇心に満ちた純粋な光を見て、アムネは勇気を出して一歩踏み出した。
「はい、もちろんです。……でも、ユグドラシルはとても寂しがり屋なんです。優しく、友達に触れるように接してあげてくださいね」
アムネはベリアルの小さな手を取り、若木の枝へと導いた。
ジューゴが魔力を固定し、アムネが精霊と対話することで守られているこの森。ベリアルが触れた瞬間、若木がビクリと震えた。強すぎる異質の魔力に驚いたのだ。
「あ……」
ベリアルが手を引っ込めようとした時、アムネがそっとその手を包み込んだ。
「大丈夫ですよ。……私が、あなたの心の温かさを伝えますから」
アムネが目を閉じ、精霊人としての祈りを捧げる。ジューゴから授かった「ととのい」の力が、ベリアルの荒ぶる魔力を穏やかな波動へと変換していく。すると、若木は安心したように黄金色の光を放ち、一本の美しい枝を自らベリアルの手元へと差し出した。
「わぁ……。すごいや、これ。本当に私がもらったの?」
「はい。ユグドラシルが、あなたを『この森の友』として認めた証拠です」
ベリアルは、手の中にある温かな枝を宝物のように見つめた。戦場での破壊や奪い合いしか知らなかった彼女にとって、誰かに認められ、命を分けてもらうという経験は、何物にも代えがたい「最高の遊び」に感じられた。
「お姉さん……アムネ、だよね。キミって、やっぱり不思議だ。私のこと、怖くないの?」
「……最初は少し怖かったです。でも、ベリアル様がアイスを食べていた時の顔を見て、思いました。この方は、私と同じように『美味しい』や『嬉しい』を大切にできる方なんだって」
アムネの真っ直ぐな言葉に、ベリアルはゴーグルを少しずらして照れくさそうに笑った。
「あはは、まいったな。ボク、こういうの弱いんだよ。……ねえ、アムネ。私、この宿にいる間は、キミの『遊び相手』になってあげる。あ、でもボクの方が年上だから、お姉さんって呼んでくれてもいいよ?」
「えっ、でもベリアル様は見た目が私より……」
「四天王を何年やってると思ってるのさ! 実年齢は秘密だけどね!」
二人の笑い声が、初夏の爽やかな風に乗って森に響き渡った。
その様子を、少し離れたテラスからジューゴとリナが眺めていた。
「……いいコンビになりそうね、あの二人」
リナが楽しそうに言うと、ジューゴは手元のコーヒーを一口飲み、満足げに頷いた。
「ああ。アムネにとっても、同年代(?)の友人ができるのはいい経験だ。……ベリアルがいれば、宿の防衛システムをさらに磨くための『実験体』にも困らないしな」
「もう、ジューゴったら。すぐそういうこと言うんだから」
「きゅい!」
リナが可笑しそうにジューゴの腕を突き、足元ではキュイがアムネたちの元へ駆け出していく。
元敵軍の幹部と、宿を守る精霊の少女。
不思議な友情が芽生えたその日は、ユグドラシルの枝がいつもより明るく輝いて見えた。
ご拝読ありがとうございます。今回は、アムネとベリアルの友情の芽生えを描けたかなと思います。不穏さのかけらもない、とても良きですね。
さて次回は、第112話『女子会は大騒ぎ? ベリアル直伝「隠密の心得」』をお送りいたします。お楽しみに!!




