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Fランクダンジョンの平和な日常〜ダンジョンコアになって十数年いろんなことがありました〜  作者: 弌黑流人
【第二部】 第二章 四天王、安らぎの門を叩く。

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第110話 宿の隠しメニュー「極限アイス」

 昨晩の「盤上陣取り」での敗北が相当堪えたのか、元魔王四天王の少女・ベリアルは、朝から不機嫌を隠そうともせずに宿の食堂をうろついていた。


 忍び装束の裾を揺らし、頭に乗せたゴーグルを何度もカチャカチャと弄りながら、彼女は厨房のカウンターに身を乗り出した。


 「ねえ、おじさん。昨日は精霊のお姉さんに負けちゃったけど、私の好奇心はまだ収まってないんだからね。頭を使いすぎて脳が焦げそうだよ。何かこう、脳みそがシャキッとするような、最高に冷たくて刺激的な甘いものはないの?」


 (……こいつ根に持つタイプなのか)と思っているジューゴに食ってかかる勢いのベリアル。


 「朝っぱらから威勢のいいこった。お嬢ちゃん、うちは注文通りのものを出すだけの御用聞きじゃねぇんだよ」


 厨房の中から、しゃがれているがパッと耳に届く、張りのある大きな声が響いた。


 現れたのは、料理長のザックだ。無駄な脂肪の一切ない細身の体躯には、長年の修練で培われたしなやかな筋肉が宿っている。商売人らしい抜け目のない瞳を細め、彼は不敵な笑みをベリアルに向けた。


 「冷たくて刺激的な甘いもの、ねぇ……。おい、マルタ。準備しな、とっておきのやつを食わせてやろうじゃねぇか」


 「はいっ、ザック師匠。お任せください」


 ザックの横から、弾けるような笑顔と共に飛び出したのは、弟子のマルタだった。彼女は十七歳の元気いっぱいな少女。明るく快活に返事をすると、地下の保冷庫から大切そうに小さな木箱を運んでくる。その木箱からは、うっすらと青白い冷気が漏れ出していた。


 「それは……何?」


 ベリアルが興味津々に身を乗り出す。


 「ユグドラシルの根元、万年雪が溶けない地層で凍結保存されていた『幻氷苺』だ。そのまま食べりゃ喉が凍りつく代物だが、こいつを最高のアイスに仕上げてやるよ。マルタ、いくぞ」


 「了解です。よーし、美味しくなれー」


 ザックの号令で、厨房にプロの空気が走った。


 マルタは明るく快活な動きで、濃厚な搾りたてのミルクと秘伝のリキュールを調合し、力強く撹拌していく。その細い腕で大きなボウルを操る姿には、日々の厳しい修行に裏打ちされた確かな技術が宿っていた。


 そこへ、ジューゴが静かに歩み寄った。


 「……仕上げは俺がやろう。マルタ、手を止めるな」


 ジューゴが手をかざすと、空間干渉の力が発動した。


 通常のアイス作りでは到達できない「分子レベルでの急速冷凍」。一瞬で液体の温度を奪い去り、氷の結晶を極限まで細かく、シルクのような滑らかさに整えていく。これこそが管理人の魔力と、料理人たちの技が融合した食感の魔術だった。


 さらに、錬金担当のフィニが、キンキンに冷やし抜いた「魔法銀の器」を差し出す。


 「魔法銀の熱伝導率なら、最後の一口まで温度を逃しません。ベリアル様、覚悟してくださいね」


 ザックがその極冷のアイスの上に、幻氷苺を薄く、しかし芸術的な繊細さで削り落としていく。マルタが仕上げにミントの葉を添え、最高の笑顔でベリアルの前に差し出した。


 「お待たせしました。隠しメニュー『極限アイス・アブソリュート』です」


 「……何これ、綺麗。でも、ただのアイスでしょ?」


 ベリアルは半信半疑のまま、銀のスプーンで一口掬い、口へと運んだ。


 瞬間。


 ベリアルのゴーグルがパチンと跳ね上がった。


 「っ……!? な、ななな、何これ」


 口に入れた瞬間、脳に突き刺さるような鋭い冷気が駆け抜ける。しかし、その直後、まるで春の陽光が爆発したかのような、圧倒的な甘みと芳醇な香りが舌の上でとろけ出したのだ。


 冷たい。震えるほど冷たいのに、その奥にある果実の旨みは、ザックやマルタの職人としての誇りのように、喉の奥を熱く焦がしていく。


 「……冷たくて、刺激的で……でも、なんでこんなに優しいの……?」


 ベリアルはしばし呆然と、器の中の虹色の氷を見つめていた。


 ただ刺激があればいいと思っていた彼女。だが、このアイスには「冷たさ」の先に、客を心から満足させようとする作り手たちの、明るく温かな熱量があった。


 「お嬢ちゃん、それが俺たちの『おもてなし』だ」


 ザックが腰に手を当て、しゃがれた声で快活に笑う。


 マルタは師匠の隣で、「えへへ、美味しいでしょ」と誇らしげに胸を張った。


 「……おじさん。これ、私の完敗だよ。遊戯でも驚かされたけど、食べ物でもこんなにワクワクさせられるなんて思わなかった……」


 ベリアルは最後の一口を惜しむように食べ終えると、満足げに深々と溜息をついた。その瞳からは、最初に見せていた不遜な冷やかしの光が消え、この宿の虜になった一人の純粋な少女のような輝きが宿っていた。


 「……私、もう少しだけ、ここに泊まっていってもいいかな? この宿、まだまだ面白いことが隠れてそうなんだもん」


 「ああ、もちろんだ。ルールを守る限り、お前はうちの大事な客だからな」


 ジューゴが彼女の頭を、かつての敵としてではなく、宿の魅力に魅了された一人の小さな宿泊客として優しく撫でる。


 リナはその様子を横で見守りながら、自慢の宿がまた一人を虜にしたことに、誇らしげな微笑みを浮かべていた。


 「きゅい」


 足元ではキュイが、新しい友だちを歓迎するようにアムネの足元で跳ねている。

 

 冷やかし半分で訪れた元四天王は、至高のデザートと作り手たちの熱意によって、すっかり「悠久の憩い亭」の居心地の良さに絆〈ほだ〉されてしまった。


 宿には再び、穏やかで賑やかな時間が流れ始めた。


 ご拝読ありがとうございます。冷たくて甘いとか最強だよなぁ。いいなぁ。どんな味なんだろうか。うらやましい。

 さて次回は、第111話『アムネの勇気と、ユグドラシルの不思議な枝分け』をお送りいたします。お楽しみに!


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