第103話 地下に広がる安らぎの聖域と、こだわりの部屋割り。
悠久の憩い亭の地上階が、宿泊客たちの活気と華やかな音楽で満たされている一方で、その足元にはジューゴたちが最も落ち着ける「拠点」が広がっていた。
地下への階段を下りると、そこには地上とは一変した静寂と、どこか懐かしい、しっとりと落ち着いた空気が漂っている。
「……ふぅ。やっぱり、こっちの方が呼吸がしやすいな」
ジューゴが独り言のように呟くと、隣にいたリナが可笑しそうに肩をすくめた。
「ジューゴもそう思う? 私もよ。特にあなたは、十五年も地下迷宮で過ごしてきたんですもの。頭の上にどっしりと大地がある方が、守られている気がして安心するわよね」
二人が歩く地下一階は、主に共有スペースとして設計されている。中央には広々とした円卓が置かれた会議室があり、その隣にはフィニやカイルが作業に没頭できる専用の工房、さらにはスタッフ専用の広大な休憩室が備えられていた。
地下とはいえ、そこには一切の閉塞感はない。アムネがユグドラシルの根を通じて光の精霊を誘導しているため、天井からは柔らかな木漏れ日のような光が降り注ぎ、空気は常に清潔に保たれている。
「地下二階は、さらにプライベートを重視した居住区になっています。ジューゴ様、各部屋の空間サポートの最終チェック、完了していますよ」
テオが報告書を手に現れた。地下二階には、ジューゴとリナ、そして新しく加わったハクを含むスタッフ全員の個室が並んでいる。
この居住区の最大の特徴は、ジューゴが「整備」と「空間干渉」を注ぎ込んだ空間サポート機能だ。
各部屋の壁には、外の天候や季節に応じて魔力が循環する回路が埋め込まれており、湿度は常に最適に保たれている。さらに、ベッドには「重力制御」の微細な調整が施され、横になった瞬間に全身の力が抜けるような、最高の寝心地を実現していた。
「私の部屋、カイルさんに磨き抜いてもらったから、床が鏡みたいにピカピカなんです……。でも、一番のお気に入りは、この自動調光機能ですね」
フィニが自室の扉を開けると、彼女の気分に合わせた暖色系の明かりが、ふわりと灯った。
一方、カイルとハクの部屋は、それぞれのこだわりが反映されていた。
カイルの部屋は、一点の塵も許さない純白の空間だ。一方、ハクの部屋は、気配を完全に遮断できる「静音結界」が二重に張られており、元暗殺者の彼が最も深く眠れるよう、外部の音を一切シャットアウトする設計になっていた。
「……完璧だ。地上の騒がしさを完全に抹殺できるこの空間こそ、私の聖域に相応しい」
「……感謝します。これほど深く眠れる場所は、人生で初めてです」
二人の掃除のプロが、それぞれの部屋で満足げに頷いている。
そして、ジューゴの部屋は、リナの部屋と隣接した最深部にあった。
そこには、かつての迷宮管理室を思わせる、使い慣れた配置の机や椅子が並んでいる。
「ジューゴ、ここだけ見ると昔の迷宮にいるみたいね」
リナがジューゴの部屋に入り、ソファに深く腰掛けた。
「ああ。外は立派な宿のオーナーだが、ここに戻ればただの『おっさん』でいられるからな。……おもてなしを完璧にするためには、自分たちが一番リラックスできる場所が必要なんだ」
ジューゴが淹れたてのコーヒーを差し出すと、リナは嬉しそうにそれを受け取った。
地下という名のシェルター。そこは、世界一のおもてなしを支えるための、最高の休息と作戦会議の場であった。
「キュイッ!」
廊下を駆けてきたキュイが、ジューゴの膝に飛び乗る。キュイ専用の「温度調整機能付き寝床」も、もちろん地下二階に完備されている。
イグニスだけは露天風呂の地下にある加熱空間に住んでもらっている。イグニスが言うには、火の循環ができて気持ちが良いらしい。それと、厨房の火はイグニスの火を調節して使用可能にしてあるのだ。
地上の賑わいと、地下の平穏。この二つのバランスが取れているからこそ、悠久の憩い亭は今日も、誰よりも温かい笑顔で客を迎えることができるのだ。
ご拝読ありがとうございます。完成初日は上階で寝泊まりしていたのですが、なんだか落ち着かないと皆の意見ご一致し、空間干渉の拡張を地下に施し住居としました。この地下空間から各施設に直通できる通路も整備中。
さて次回は、第104話『エランシールからの招待状と、王都への出張?』をお送りいたします。お楽しみに!




