第102話 特産品開発! フィニの磨きと掃除のプロを唸らせる逸品。
悠久の憩い亭の人気が安定してくると、宿泊客からある要望が寄せられるようになった。それは「この宿の思い出に、何か持ち帰れる品はないか」というものだ。リキュールのユグドラ・ドロップは極上の品だが、数に限りがある。
「そこで、私の出番です……かね?」
控えめに手を挙げたのは、マスターポリッシュの弟子の一人、フィニだった。彼女は内気な性格だが、その手先の器用さは師匠も一目置いている。彼女が持ち出したのは、アムネが森の整備で剪定した、ユグドラシルの若木の枝だった。
「ユグドラシルの枝は、鉄のように硬く……でも、魔力を通すと羽のように軽くなるんです。これに、ポリッシュ師匠から教わった『磨き』をかければ……」
フィニは宿の工房に籠もり、数日間、一心不乱に木を削り、磨き続けた。
そうして完成したのが、一本の細長い工芸品だった。一見すると、美しい木目が浮き出た高級な万年筆のようだが、その実体は多機能魔導具だった。
名前は、『悠久の輝き・多機能ペン』。
「ジューゴ、見て。これ、ただのペンじゃないのよ」
リナが感心したように、そのペンを手に取った。先端のパーツを交換することで、文字を書く以外にも、暗所を照らす魔導ライトや、微細な振動を発生させる機能が付いているという。
「へぇ、よくできてるじゃないか。……けど、これをあの掃除にうるさい二人が認めるかな?」
ジューゴが視線を向けた先には、今日も今日とて廊下や風呂を厳格に管理しているカイルとハクの姿があった。
フィニはおずおずと、二人のもとへ歩み寄った。
「あの……カイルさん、ハクさん。これ、使ってみてくれませんか……?」
「……工芸品? 私は忙しい。不浄を滅ぼす以外の作業に割く時間はない」
カイルは最初、一瞥しただけで興味を示さなかった。ハクもまた、影のように静かに立ち、無関心を装っている。しかし、フィニが「掃除のアタッチメントも作ったんです」と小さな震動パーツを取り付けると、二人の空気が変わった。
「……ほう。その振動周波数、見せてみろ」
カイルがペンをひったくるように手に取り、廊下の隅にある、どうしても指が届かない微細なタイルの隙間に差し込んだ。
スイッチを入れた瞬間、肉眼では見えない超高周波の振動が、数年間こびりついていたかのような、わずかな石灰分を一瞬で粉砕し、弾き飛ばした。
カイルの瞳が、かつてないほどに輝いた。
「……素晴らしい。このペン先、私の魔法では届かない細孔の奥深くまで、完全に洗浄の波動を届けている。……フィニ、お前は天才か。これがあれば、私の清掃時間はさらに零・二秒短縮される」
カイルがこれほど他人の仕事を絶賛するのは初めてのことだった。
一方で、ハクはそのペンの「質感」をじっと確かめていた。彼はペンの軸を指先で回し、闇の中でその使い心地を試す。
「……驚きました。これほどの硬度がありながら、手に吸い付くような肌触り。磨き抜かれた木肌が、動かしても一切の摩擦音を立てない。……深夜の清掃において、客人の眠りを妨げずに『汚れを暗殺』するのに、これ以上の道具はありません」
元暗殺者のハクにとって、音を立てずに完璧な仕事ができる道具は、何よりも信頼に値するものだった。
「気に入ってくれたみたいだね、フィニ」
ジューゴの言葉に、フィニは顔を赤らめながらも、嬉しそうに頷いた。
この「プロが認めた多機能ペン」は、宿の売店に並ぶや否や、爆発的なヒット商品となった。当初は思い出の品として売る予定だったが、その驚異的な「隙間掃除能力」と「魔法のような書き心地」が口コミで広がり、王都の職人や、掃除に余念がない主婦層、さらには魔導具師たちまでもが、このペンを求めて宿へ予約を入れる事態となったのだ。
「ジューゴ、また予約がいっぱいよ。今度はペンの在庫が足りないってザックが悲鳴を上げてるわ」
「ははは……嬉しい悩みだな。フィニ、マルタやセリーヌにも手伝ってもらって、少し生産を増やそうか」
宿の食堂では、今日も客たちが新しいペンを手に、ユグドラ・ドロップを楽しんでいる。
おもてなしの心と、職人たちの技術。悠久の憩い亭は、また一つ、この森でしか生まれない「本物の価値」を世界に示していた。
「ごほぉぉー!」
キュイが、フィニに特別に作ってもらった「竜の爪磨き用アタッチメント」を鼻先にくっつけ、満足そうに火を吹いた。その煤さえも、カイルとハクが新しいペンを手に、競うように消し去っていく。
今日もこの森は、新しい発明と、それを見事に使いこなす仲間たちの情熱で満ち溢れていた。
ご拝読ありがとうございます。またひとつ名産品が産まれました。ストラップをすぐ思いついたんですが、清掃に行き着くアイデアが思い浮かびませんでした。
さて次回は、第103話『地下に広がる安らぎの聖域と、こだわりの部屋割り』をお送りいたします。お楽しみに!




