第101話 招かれざる(?)二番目の合格者。
グランドオープンから数日。悠久の憩い亭は、エランシール公爵令嬢の口コミとギルドの宣伝効果により、連日満室という嬉しい悲鳴を上げていた。
特に評判なのが、カイルが分子レベルで磨き上げる露天風呂だ。しかし、あまりの客の多さに、職人気質のカイルが「……不純物の流入速度が、私の清掃速度を上回ろうとしている。許しがたい」と、ついに無表情ながらも苛立ちを隠さなくなっていた。
「ジューゴ、さすがにカイル一人に風呂掃除を任せるのは限界よ。もう一人、あいつの『磨き』についていける補助を雇わないと」
リナの進言を受け、ジューゴは急遽、追加の清掃員募集を出すことにした。だが、条件はただ一つ。「カイルとマスターポリッシュが認めること」。これが絶望的に高いハードルだった。
数人の志願者がカイルの「磨き」と「毒舌」の前にあえなく撃沈し、半ば諦めかけていたその時、一人の男が宿の門を叩いた。
「……こちらで、掃除の職人を募集していると伺いました」
現れたのは、全身を深い灰色のクロークで覆った、影の薄い青年だった。顔つきは平々凡々だが、その身のこなしには一切の無駄がなく、歩く際に足音一つ立てない。
「お、おう。募集してるが……悪いな、うちは結構厳しいぞ。そこにいるカイルの合格が出ないと採用できないんだ」
ジューゴが紹介すると、カイルは新顔を一瞥し、「……気配が薄いな。塵と見間違えて掃き出しそうだ」と冷たく言い放った。
だが、青年は気にした様子もなく、静かに頭を下げた。
「お名前は?」
「……ハク、と呼んでください。以前は、汚れを『消す』仕事をしていました」
ザックが横から「汚れを消す? 掃除屋か何かか?」と尋ねるが、ハクは言葉を濁した。テオがその鋭い観察眼でハクの手元を見つめ、ジューゴに耳打ちする。
「ジューゴ様、彼の指のタコ……あれは雑巾を絞るためのものではありませんね。おそらく、細いワイヤーや暗器を扱っていた『裏』の人間です。元・暗殺者でしょう」
「……ま、マジかよ」
ジューゴが戦慄している間にも、カイルによる「実技試験」が始まった。場所は、客が帰ったばかりの脱衣所だ。
「……三十分やる。この空間を、私の理論にかなうまで清浄にしてみせろ」
「了解しました」
ハクが動いた。その瞬間、見ていた全員が息を呑んだ。
彼の動きは、掃除というよりは舞に近かった。クロークの中から取り出した数枚の布が、まるで生き物のようにハクの周囲を舞う。
シュッ、という鋭い風切り音。ハクが指先で布を弾くと、それが壁の隙間や天井の角、普通なら手が届かない場所にピンポイントで飛び込み、一瞬で戻ってくる。その布には、驚くほど正確に埃が付着していた。
「……暗殺の技術を、掃除に応用しているのか!?」
ジューゴが驚愕する。ハクは気配を完全に消したまま、死角となる場所の汚れを、ターゲットの息の根を止めるかのような精密さで次々と「抹殺」していく。
「……ふぅ。終わりました」
三十分どころか、わずか十分。ハクが立ち去った後の脱衣所は、空気さえもが澄み渡っていた。
カイルが無言で壁を指でなぞる。
コンマ数秒の沈黙の後、カイルはハクを見つめて、短く告げた。
「……合格だ。お前の『死角を残さない徹底的な抹殺』、磨きの補助として認める」
「ありがとうございます。……ようやく、誰にも追われず、静かに汚れを消す日々が送れそうです」
ハクが今日初めて、微かな、しかし安堵したような笑みを浮かべた。
こうして、悠久の憩い亭に二人目の掃除担当――「元・凄腕暗殺者のハク」が加わることになった。
「……ジューゴ、うちの従業員の履歴書、まともなのが一つもないんだけど」
リナが頭を抱えるが、ジューゴは笑って答えた。
「いいじゃないか。どんな過去があっても、今ここでおもてなしのために全力を出してくれるなら。……歓迎しよう、ハク。お前の腕で、この宿をさらに磨き上げてくれ」
「はい、ジューゴ様。……不浄はすべて、闇に葬ります」
ハクの言葉が少し不穏だったが、彼の磨いた廊下は、鏡のようにジューゴたちの笑顔を映し出していた。
「ごほぉぉー!」
キュイがハクの気配に驚いて一瞬身構えたが、ハクがサッと差し出した「竜用のおやつ」にすぐ懐き、仲良く鼻を寄せ合っている。
個性派揃いの従業員たちに、また一人、頼もしい(?)仲間が加わった一日だった。
ご拝読ありがとうございます。抹殺を得意とする清浄のスペシャリスト(?)が新しい仲間として加わりました。追われていたと言っていたのが少々気になるところ。
さて次回は、第102話『特産品開発! フィニの「磨き」とユグドラシルの工芸品』をお送りいたします。お楽しみに!!




