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砂塵の王  作者: 秋山 和
万雷地を灼く

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220/222

2

 黒い雲のような、巨大な羽蟻の群れが迫る。


 ウリクは腰の袋を開くと、赤い粉をまいた。それは空中で霧のように大きく拡散する。


 赤い霧が広がった瞬間、空兵たちは大きく散開した。その中から、一際速度を上げて七つの門の守護者が飛び出る。


 精霊は音を発していた。


 それは声ではないが、一定の旋律を持った唸るような低い音だ。やがて音程は高くなっていき、甲高くなった瞬間、精霊は大きく槍を振るった。


 風が弾けた。


 渦巻く風の塊が幾つも生まれ、その烈風は羽蟻の群れを散り散りに蹴散らす。


 黒い雲を切り裂くように、羽蟻の群れは分かたれ、散らばった。薄れゆく雲の中から、翼の生えた獅子頭の妖魔が姿を現わす。手にした棍棒を振り上げると、咆哮をあげながら七つの門の守護者へ襲い掛かった。


 ウリクは、その超常の戦いを見届ける余裕などない。


 空兵は敵陣の上空を目指さなければならない。 


 嵐のように乱れる風を読みながら大鳥を駆る。


 羽蟻は激しい風を苦手としているようだ。渦巻く風の中で、まともに飛ぶことができずに翻弄されている。


 一方、大鳥空兵と翼人空兵は風を読み、時に身を任せて、あるいは逆らい、巧みに飛んだ。


 翼人は大鳥を守る形で、散発的に襲ってくる羽蟻を迎え撃つ。


 羽蟻たちは、大きな群れとしてのまとまりは崩れたが、風に抗いながらも小さな群れで襲い掛かって来る。まるで竜巻のように渦巻きながら空兵は羽蟻と戦い、躱していた。統制を失いながらも次々と襲いくるために、移動を阻まれて敵陣上空へ進めないでいる。


 ウリクは全方位に注意を払いながら、敵陣に目を向けた。


 弓を構える敵兵たちが見える。 


 空から敵を狙う“落撃”は、弓射や投石と違い物を落とすだけの攻撃であり、狙いを定めることが難しい。地上からの攻撃を恐れて高空から攻撃すれば、目標から大きく逸れたり、落下地点を見定められて避けられてしまうだろう。出来るだけ敵陣に近づいて、回避させないことが必要だ。


 しかし、近付き過ぎれば地上から放たれる石や矢の的になってしまう。そのギリギリの距離を見極めなければならない。


 そして、落撃では敵を殲滅することは出来ない。


 最後に敵を討つのは地上の兵なのだ。落撃が早すぎても遅すぎても意味がない。機を計り、地上の騎兵と連携をとらなければならない。


 騎鳥を傾けながら斜め下へ降下する。僅かに首を傾けて背後を見た。


 駱駝に跨った軽騎兵部隊が速度を増した。隊列から突出して、先頭を駆ける。彼らは、高速で駱駝を駆りながら、矢をつがえた弓を構えている。カラデア軍へ先制し、空兵への攻撃を阻害して援護するためだった。


 空兵たちは地上からの支援に応えるべく、まとわりつく羽蟻たちを振り払いながら、舞った。

 



「奴ら、早いですね」

「ああ、長引かせるつもりがないのだろう」


 キエサの言葉に、ワアドが頷いた。


 先行する軽騎兵部隊が何度も行き来して矢戦でかき乱し、後方で待ち構えていた重騎兵部隊が襲い掛かる。それが定石といえる騎兵の戦い方だ。しかし、今対峙しているウル・ヤークス軍は違う。まるで壁のような砂煙を上げながら、軽騎兵も重騎兵も足並みをそろえて迫って来るのだ。


 その勢いは早く、もうすぐにでも刃を交えることになる。


 時間をかけず、こちらを叩き潰す気なのだろう。


 敵も、そこまで余裕がない。キエサはそう感じた。


 それは暗闇の向こうに見える光明だ。


 この戦いを勝ち抜けば、終わりが待っている。それを信じて、挑むしかない。


 ここまで足並みをそろえていた戦列から、突如駱駝に跨った軽騎兵が飛び出し、速度を増して迫って来る。その最大の武器である弓矢での被害を抑えるために、こちらから動かなければならない。


「ワザンデ! 軽騎兵を迎え撃ってくれ、奴らを寄せ付けるな!」

「おう!」


 キエサは鞍上のワザンデに言う。ワザンデは胸を叩いて応じると、駱駝の手綱を引いて駆け出した。


 上空では、強大な超常の存在が戦いを繰り広げ、その周辺では空兵部隊が何とか羽翅(カーナトゥ)の守りを抜け出そうと乱舞している。キエサの見たところ、空兵部隊は見事な連携で羽翅(カーナトゥ)を引き剥がしつつある。これまでの経験で、羽翅(カーナトゥ)との戦い方を会得したのかもしれない。このままでは、一部の部隊が上空にたどり着く恐れがある。密集している兵たちの上から攻撃されれば、大きな被害を受けることになるだろう。


 そして、キエサ達の立つ砂丘の後背にある窪地では、車座に座ったユトワの司祭やラ・ギ族たちが精霊に力を送り、キシュガナンたちがキシュと繋がっている。無防備な彼らを危険にさらすことは出来ない。


「弓隊は矢をつがえろ! 空兵が近付いてきても、絶対に真上をとらせるな!」


 兵たちが声を上げ、弓を掲げる。


「ハイダイ! ガヌァナ! 重装騎兵はすぐにやってくる! 重装騎兵を迎え撃ってくれ! 勢いをそぐだけで良い!」


 駆竜騎兵、縞馬騎兵、それぞれの長にも指示を出す。しかし、彼らだけでは敵の勢いを止めることは出来ないだろう。その強大な一撃を歩兵部隊にぶつけない為に、もう一つの壁が欲しい。


「シアタカ、エイセン。キシュガナンには前に出てほしい。妨害を抜けてきた奴らの一撃を受け止めてほしい。酷な役目だが、頼めるか?」


 シアタカはエイセンと顔を見合わせると、小さく頷いた。そして、キエサを見つめ言う。


「役割を果たすよ」

「キシュガナンの戦士たちに任せろ! ただし、報酬ははずんでくれよ!」


 エイセンは笑いながらキエサの肩を叩いた。


「ああ、期待してくれ」


 こんな時、エイセンのような自信に満ちた猛者の存在は心強い。キエサも笑みと共にエイセンの胸を拳で打つ。


 ワアドの号令が響き渡る。 


 そして、兵たちは武器を握り、急ぎ各々の配置についた。




 敵を迎え撃つべく騎兵たちが砂を蹴立てながら駆け出す。


 それを見送りながら、シアタカは戦士たちに指示を出していった。その指示に従い、騎兵に遅れてキシュとキシュガナンたちも早足で進む。


 彼らは密集して槍と盾を構えるカラデア兵やユトワ兵と違い、十人程度の部隊が互いに距離を保ちながら陣形を保っている。そして、キシュには以前と同じように槍をくくりつけていた。


 キシュとキシュガナンの足は速い。


 砂埃を背に迫る敵をはっきりと確認できるまでに近付いている。 


「シアタカ! 空兵が抜けたぞ!」


 ハサラトの警告を聞いて、視線を上げる。


 翼人空兵が群がる羽翅(カーナトゥ)を引き付けて、その間に大鳥空兵が包囲から抜け出している。しなる鞭のように、大鳥空兵は一列に連なってこちらに向かってきた。


「落撃が来るぞ!!」


 部隊に警戒を促す。高空から石や投箭を落とす落撃は、地上に到達する時には凄まじい威力を持つ。密集していれば大きな被害を受けるが、キシュガナンとキシュは散開した陣形のまま進んでいる。一方、大鳥空兵の数はそこまで多くない。もしキシュガナンが落撃が受けても、ほとんどが躱すことができるだろう。 


 迫る大鳥空兵が、突然大きく二手に別れた。


 半数が、そのまま直進してこちらに向かってくる。残りの空兵たちは、横に逸れると、空中で大きく弧を描いて飛んだ。


 空兵が上空に飛来する。


 直進する大鳥の群れは、高度を下げた。


 シアタカはそれに小さな違和感を覚える。落撃は、高空からでなければそこまで威力を発揮しない。空兵たちがとった高度は、落撃をするにはあまりに低すぎる。下手をすれば、地上からの弓や投石で撃ち落とされてしまうほどの低さだ。


 しかし、何かを仕掛けようとしているのは間違いない。キシュガナン達が警戒の声を上げながら盾を構えた。


 次の瞬間、空兵たちが何かを放り出す。この高さで、それは何なのか視認できた。


 大きな素焼の瓶。


 炎漿えんしょうか。


 シアタカは敵の攻撃を悟る。


 瓶は空中で弾け、燃え上がった。


 桶から多量の水を撒き散らすように、炎の帳がキシュやキシュガナンの上に降り注ぐ。


 炎を浴びたキシュガナンの戦士が、悲鳴を上げながら砂の上を転がりまわる。盾で防いだ戦士は、火のついたそれを慌てて放り出した。炎は根源的な恐怖を呼び起こす。ほとんどの戦士たちは炎漿(えんしょう)を浴びることはなかったが、燃え上がる仲間たちの悲鳴と、地上に落ちてもなお燃え続けている炎を見て、戦士たちの間に動揺が広がった。


 そして何より動きを乱したのはキシュだった。


 横に伸ばした黒い帯のようだったキシュの群れは、飛び散った墨の染みのように散り散りとなる。


 こうもいとも簡単に崩れてしまうのか。


 キシュは火を恐れる。そのことを理解していたが、眼前で鉄のごとき統率を保っていたキシュの群れが一気に形を失うのを見て、驚きを抑えることができなかった。


 戦士達の動きが明らかに鈍っている。そのことを感じてシアタカが口を開いた瞬間。


「ラハシに!」


 居並ぶ戦士たちの中から、ジヤが短く叫んだ。驚く戦士達を見回し、再び声を吐張り上げる。


「ラハシに!……ま、任せろ!」

「そうだ、戦士達よ! ラハシを信じろ! 怯むな! 槍を掲げろ!」


 ウァンデが続けざまに叫んだ。それに応じて、エイセンが吼えながら長大な槍を掲げる。


 天を指すように立ち上がった穂先を見て、戦士たちも次々に雄叫びを上げた。

 



 戦場に炎が上がる。


 キシュガナン達の陣形が乱れるのが見えた。


「まずい……」


 キエサは呟く。


 さらに向こうでは、ルェキア族たちが迫る駱駝騎兵を寄せ付けまいと矢の応酬を始めている。


 その後ろから砂煙を上げながら重装騎兵が迫り、鱗の民の駆竜騎兵と、ンランギの縞馬騎兵が迎え撃った。


 駱駝や恐鳥に跨った重装騎兵たちは、立ちふさがる敵に向けて次々と投槍を放つ。


 縞馬騎兵も同じように投槍で反撃し、駆竜騎兵は装甲と鱗を頼みに猛然と突撃した。 


 すぐに両軍の距離は縮まり、凄まじい速度と質量が激突する。弾け飛び、叩き伏せられ、切り伏せられる両軍の兵士たち。


 しかし、キエサにそれを見続ける余裕はなかった。


 騎兵たちの激しい戦いの間隙をぬって、矢のように駆ける一隊がいたからだ。


 恐鳥を駆る騎兵たち。その軍装は遠目からでも他の騎兵たちとは違う。


 紅旗衣の騎士。


 シアタカたちも属していた、恐るべき戦士達。その力はこれまでの戦いで嫌というほど思い知らされてきた。 


 このまま本陣に突撃するつもりか。


 周囲の敵には目もくれずすさまじい速さで向かってくる騎兵部隊を見て、その意図を悟る。


 本来ならば、その勢いを受け止めるのがキシュガナンとキシュだったが、彼らはいま混乱の只中にある。


 キエサが焦燥に駆られて戦場を見渡した時、視界の隅で影を捉えた。見上げれば、二手に分かれた大鳥空兵のうち、横へ逸れた一隊が、大きく弧を描きながらこちらに向かって来る。


「鳥が来るぞ!」


 落撃を警戒して、兵士たちは慌てて盾を掲げて身をすくめる。 


 しかし、大鳥の列は彼らの上空には来ない。矢で迎撃するのが難しい離れた距離で、戦陣の前方の空を横切るように飛び、何かを落としていく。


 同じように炎を撒き散らすつもりか?


 しかし、誰もいない砂の上に火をつけても意味がない。キエサは敵の意図を計りかねたが、すぐにその答えは分かった。


 落下する物体は、空中で一瞬発火して輝いた後、すぐにどす黒い黒煙を吐き出す。

 一列になって落下した物体が吐き出した黒煙は、あっという間に分厚い帳となって視界を遮った。 


 空兵の役割は攻撃ではなく、あくまで騎兵たちの支援だった。


 そのことを悟る。


 黒煙の放つ凄まじい異臭がここまで届く。至近距離でまともに吸い込めば息もできず、目も開けてはいられないだろう。幸い風向きはこちらに吹いてきてはいないが、逆にそのせいで黒煙が広く横に拡散して、向こう側を見通すことができない。


 攻撃が来る。


 しかし、それがいつ来るのか分からない。身構えることも、心構えることも出来なければ、身を守ることは難しい。


 煙の向こうから聞こえてくる喚声と重い音。


 それは何より恐ろしく聞こえる。兵士たちがどよめき、その身を揺らした。


「恐れるな! 槍を構えろ!!」


 ワアドが叫ぶ。 


 次の瞬間、漆黒の帳の向こうから白刃が飛び出した。

 いつも拙作を読んでいただきありがとうございます。


 第1章の8話にエピソードを追加しています。よければそちらもご覧ください。


 よろしくお願いします。

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