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砂塵の王  作者: 秋山 和
万雷地を灼く

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219/222

1

 沙海の夜が明ける。


 白い大地を陽光が照らし始める中、兵たちは首を垂れて沈黙し、静けさの中で従軍僧の祈りが朗々と響き渡る。


 イハトゥも、目を閉じ、共に祈りの言葉を小さく唱えた。


 居並ぶ兵たちは皆武具を整え、出陣の準備は終えている。


 カラデア軍に包囲された軍営府(ミスル)を救うために、いかに早く戦場へたどり着けるか。そのために、ウル・ヤークス軍は決断を下した。それは、足の遅い軍馬騎兵や歩兵をデソエに残すというものだ。


 そして、恐鳥や駱駝にまたがった騎兵、紅旗衣の騎士、空兵がここにいる。


 デソエからここまでの強行軍は、兵たちに激しい疲労を強いた。そして、動員できる兵数の減少。それは明らかな戦力の低下だったが、軍営府(ミスル)の前に釘づけとなり、一か所に集まっている敵を一気に叩くことができる好機でもあった。


 当然ながら、彼らがたどりつく前に軍営府(ミスル)が陥落することも考えられたが、味方を信じ、行軍を決行する。そして、彼らは賭けに勝った。


 カラデア軍は、ウル・ヤークス軍と対面して小高い砂丘の斜面に陣を敷き、待ち構えている。


 従軍僧や癒し手たちは夜の間に奮闘して兵士たちとその騎獣の疲労を癒してまわり、力尽きた。天幕の下で寝込んでいる彼らが回復するのは時間がかかるだろう。この戦いにおいて、癒し手に頼ることは出来ない。


 騎兵たちの後ろの砂原には、大小幾つもの咒毯が並び、荷物が置かれていた。


 歩兵たちは置いてきたが、カラデア軍の精霊に対抗するために、魔術師たちは欠かせない。彼らは、移動のために駱駝以外に全ての咒毯も使い、さらに、戦いのための兵糧などを積めるだけ積み込んだのだ。


 聖導教団の魔術師たちが物資の輸送に協力するなど、ウル・ヤークスの歴史上初めてのことだろう。


 それは、誇り高い聖導教団の魔術師たちがかつてやらなかったことだ。


 現在の戦況が、これまでにない切迫している状態であることは勿論だったが、ヴァウラ将軍とワセトが深く協力しているからこそ、この協力関係が生まれたのだろう。


 イハトゥにとって、聖導教団の魔術師たちは誇り高く、俗人を寄せ付けない者たちという印象だった。これまでの軍への協力も、聖女王の臣下であるために仕方なく、という態度を隠しもしなかったのだ。


 それが、今は全面的に協力している。はたして、父であるヴァウラ将軍と彼らの間に何があったのか。


 そこまで考えてから、苛立ちから舌打ちした。


 そんなことは、一将校が考えることではない。今は目の前の敵に集中しろ。


 イハトゥは迷いを振り払い祈りを続ける。


 祈りが終わると、すぐさま指示の声が上がった。兵たちが素早く騎乗する。


 癒しの術と薬によって疲労はある程度回復したが、完全ではない。しかし、体は重いが心は逸っている。同胞を救い、敵を打ち砕くのだ。共にならぶ兵たちの表情を見ても、皆同じ思いであることが感じられる。


 ここで決着をつける。


 イハトゥは決意を視線にのせて敵陣を睨み付けた。


 カラデア軍もすでに布陣を終えている。歩兵を中央に置き、両翼に騎兵を置く定石通りの構えだった。


 あそこには、裏切り者であるシアタカもいる。


 前の戦いで苦汁を飲まされたことへの意趣返しをしたいと思ってはいたが、その思いに囚われることが危険であることは理解していた。


 あの時のシアタカの目は、戦場にいるとは思えないほどに揺らぎが無く澄み切っていた。あんな目をした男を相手にする時に、復讐に目が眩んでいたならば、いとも簡単に手玉に取られるだろう。こちらも、氷のように冷たい心で挑まなければならない。そう自分に言い聞かせている。


 背後から、緩やかな鈴の音とと共に、歌うような、唸るような幾つもの声が響いた。振り返れば、魔術師たちが法陣を前にして儀式を始めている。


 カラデア軍は、恐るべき妖魔を自在に操る。その事が分かってから、この戦いにおいて魔術師たちは戦力の中核となった。カラデア軍は、鉄の刃だけで退けることは出来ない。魔術師たちは、この戦いにおいて、恐るべき妖魔を打ち払う大いなる剣であり盾だ。


 先頭に立つ駱駝に跨った旗手が、大きな旗を掲げ打ち振るった。


 それを合図として、全騎兵がゆっくりと歩きだす。


 甲冑に身を固めた大勢の騎兵たちが一斉に歩き出したというのに、砂を踏む音は揃って鳴り、乱れがない。揺れる武具の音が規則的に響き、砂原の上で騎兵の身体が弾む。


 背筋に異様な感覚がはしった。魔術の素養がないものでも感じる圧倒的な力。


 甲高い音が響く。


 空を見上げた。


 一瞬、翼人と見間違う姿が飛ぶ。それは鷲の頭を持ち、四つ角翼をもつ巨人だ。魔術師たちが呼び出した七つの門の守護者は、聖戦の時代にも活躍した偉大な精霊だ。巨人王の眷族である精霊や妖魔と激しく戦った。この伝説的な使徒と戦えることは、何より心強く誇らしい。


 七つの門の守護者は、槍と盾を持ち、再び美しく大きな鳴き声を発した。


 精霊を追って、空兵も後に続く。精霊を先頭にして、まるで鳥が翼を広げたような編隊で飛んでいった。


 その光景に、兵士たちが武器を掲げて歓声を上げる。


 高らかに喇叭が吹き鳴らされた。


 雄叫びが上がる。


 弾かれるように、砂を蹴立てて騎兵たちは駆け出した。






 祭壇に置かれた香炉から、甘い匂いの煙が天高く立ち上っている。


 砂原に鼓を叩く音が響いていた。


 祭壇を中心として、乾燥させた草花と色とりどりの石で描かれた法陣を前にして、真珠の髪をもつユトワの人々が座り、呪文を唱えている。その背後にもユトワ人が何人も座り、鼓を叩いていた。


 弾け、沸き立つような鼓の音と、歌うような美しい呪文の詠唱が重なり、複雑な旋律を持った一つの音となる。その音に合わせるように、踊り渦巻く煙が形をとっていった。


 煙は広がり、厚みを増し、やがて一つの姿をとる。


 それは、背に翼を持った巨大な獣だ。


 獅子の頭をもつ巨大な猿のような姿。蝙蝠のような巨大な翼を広げ、棍棒を持つ長い手を大きく伸ばす。煙に覆われた体は朝日を浴びて真珠色に輝き、ついには確固たる肉体を備えた。


 精霊、“西風の牙”は咆哮と共に空に舞い上がる。


 ほぼ同時に、四つの夜色の巨体が弾み、膨らむように現れた。千年木(バオバブ)の影は、兵たちの前で水滴のように身を震わせる。


 人々は、それら精霊の威容にどよめき、喚声を上げる。


 生死が定かでない戦場において、兵士は小さな験担ぎに命を託す。頼りないまじないよりも、普通に暮らしていれば決して目にすることもないような偉大な精霊が共に戦ってくれるならば、どれだけ心強いだろう。士気とはそんなことで大きく変わる。キエサはその事を良く知っていた。


 キエサは、熱狂に湧き立つ自軍を見渡し、そして敵陣に視線を向けた。


 朝日に照らされてきらめく刃の群れ。押し寄せる鋼の奔流。空には四つの翼を備えた巨大な精霊と空兵の編隊。


 砂原の向こうから攻め寄せるウル・ヤークス軍の威容は、カラデア兵たちを動揺させた。


 どんな歴戦の勇士であろうとも、騎兵部隊の突撃の前では平静ではいられない。増してや、少し前まで市民でしかなかったカラデア兵たちにとって、それは恐怖でしかないだろう。砦における戦いの勝利は彼らの士気を上げたが、迫る騎兵たちと向かい合えば、その心は容易く挫かれる。


 ユトワの人々が呼び出した精霊の巨体は、そんな怯むカラデア兵たちの心を奮い立たせたのだ。


 カラデア同盟軍は、すでに隊列を整え、敵を待ち構えている。


 精霊の助力を得た兵士たちに、隊長たちが檄を飛ばし、覚悟を決めた兵たちは弓や投石器を持ち、槍を握りしめ、騎兵を迎え撃つべく構える。


 戦陣の中央は鱗の民とカラデア兵、ユトワ兵が混成した部隊だ。同盟軍の中では経験と攻撃力に劣るカラデア兵やユトワ兵は、ウル・ヤークス軍から鹵獲した鎧や盾で身を固め、主に防御に徹する。彼らに守られながら、共に並ぶ鱗の民が攻勢を仕掛けるのだ。


 ウル・ヤークス軍は『砦』に籠る味方を救うためにやって来た。ならば、こちらは敵の誘いに乗らず、しっかりと守りを固め、ここで待ち構えておけばよい。


 ただし、襲いかかって来るウル・ヤークス軍は全て騎兵だ。ただ守るだけではその足の速さに翻弄されて、遠間から放たれる矢の的になる。敵に一方的に主導権を握らせないために、こちらも積極的に攻勢に出る必要があった。


 その中心となるのが、歩兵部隊の両隣に陣取る兵たちだ。


 歩兵部隊の隊列の右隣には、キシュガナンたちとキシュがいる。彼らは歩兵とはいえ、騎兵と同じように戦場を駆け、戦況に応じて集い、散らばり、柔軟に戦う特殊な兵種だった。


 左隣には駆竜とそれに跨る鱗の民がいる。駆竜騎兵は、速度で駱駝騎兵や恐鳥騎兵に敵わない。一方で、その攻撃力はカラデア同盟軍で最も高いといえる。そのため、歩兵と共に敵を待ち受けて、その突進力を活かすことになる。


 キシュガナンと駆竜騎兵。彼らがいることで、歩兵部隊はただ敵を待ち、その攻撃を耐えるだけではなく、こちらからも積極的に攻勢をかけることができるのだ。


 そして、戦列の右翼にはルェキア族の駱駝騎兵が、左翼にはンランギの縞馬騎兵が並んでいる。敵の足の速さに対抗するために、彼らは積極的に戦場を駆けて歩兵を守り、隙あらば敵の戦列を喰い破るだろう。


 また、『砦』に立て籠もったウル・ヤークス兵が打って出ることで、背後から挟撃される恐れもある。その対策として、キシュと少数の兵士の監視を残しておいて来た。何かあればすぐにキシュが報せることになっていた。


 砂丘の向こうから、大きな羽音とともに羽翅(カーナトゥ)の群れが湧き立つように飛び上がった。兵たちの上空で、“西風の牙”の周囲に集う。敵に上空をとられないために、空の護りは彼らに託すことになる。 


 西風の牙と羽翅(カーナトゥ)の群れは、すぐに、迫る空の敵へと飛び立った。

 空を見上げ、再び戦場に目を向ける。


 砂を蹴立てる音と雄叫びが先んじて襲い掛かって来る。すぐに血と死が吹き荒れるだろう。


 全ての駒が戦場に並んだ。後は、才覚と武勇を尽くして敵と戦うだけだ。


 この戦場で、いくさ大勢(たいせい)が決まる。キエサはそう感じていた。戦を終わらせるために、必ずここで勝たなければならない。


 キエサはラワナと視線を交わす。


 厳しい表情で、二人は頷きあった。

 いつも拙作を読んでいただきありがとうございます。


 次回の更新は、第一章にエピソードを追加することになると思います。


 変則的な更新になりますが、よろしくお願いします。

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