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砂塵の王  作者: 秋山 和
彼らは嵐雲をのぞむ

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30

 アトルは、訪れた二人に笑顔で一礼した。


「思いの他早かったですね」


 ディギィルも笑みと共に礼を返す。傍らのイシュリーフもそれに続いた。


「宰相閣下にはすぐに許可をいただきました。風向きも船足に味方しましたね。少し、風の魔術の力も借りましたが」

「それはよかった。私も、この街に到着して三日ほどなのです。逆に、あなた方が先についていたかもしれませんね」


 アトルは頷くと、窓の外に目をやった。そこには、碧い海が広がっている。


 シアート人が碧き岸辺と呼ぶ内海の東岸には、シアート人の暮らす街が南北に点在する。その中でも、今アトルたちがいるのは、サトゥートという港町だった。サトゥートは、碧の岸辺の後背にそびえる山脈に近く、山々から流れ出た川の辺にある。海と山が近いこの街は、険峻な峠を越えてきた旅人達の憩いの場でもある。


 ディギィルとイシュリーフの二人が訪れたのは、アトルの属する氏族の所有する邸宅だ。街の中でも小高い丘に広がる高級住宅地にあり、秘密裏の会合などに使われる小規模な屋敷だった。


「今回のことには我々も力を入れていますからね。失敗は許されません。船には、祖国からの手勢も待機しています」

「船に? それは大変でしょう。陸に上げてもよいのではないですか? よければ宿を手配しますが」


 アトルの気遣う言葉に、ディギィルは頭を振った。


「お心遣いは大変ありがたいが、どうか気になさらずに。何しろ他国で手勢を動かすのです。用心をしなければならない」

「確かに、その通りですね」


 アトルは頷く。そして、中庭に面した開放的な部屋へ導いた。


 皆が席に着き、茶が出された。一息ついた後、彼らは互いにウル・ヤークスとエルアエルの状況を話す。


「お二人がウル・ヤークスを離れている間に重要なことが幾つかありました」


 半ば雑談のような会話から、アトルは表情を改めて本題を切り出す。


「何でしょうか」


 アトルは、机の上に地図を広げると言葉を続けた。


「まず一つ目です。バータイ商会が、別の商人を介してセーレヘナに大量の穀物を運び込んでいます」


 セーレヘナは碧き岸辺の後背に連なる、東の山脈の向こうにある街だ。周辺は砂漠や荒野だが、碧き岸辺、南部地方、そしてアシス・ルーへ繋がる交通の要所にあった。


「そして次です。第四軍がイジェグという土地で演習を行う届け出を出していました。すでに認可され、移動する予定です」


 アトルは、地図の上を指差した。そこは、セーレヘナの街より少し南にある土地だ。


「……バータイ商会は、第四軍のために糧食を集めているということですか?」

「いえ、それはありえません。この行軍において、第四軍は糧食の準備も整えています。軍務省の認可を得た演習で、さらに無許可の糧食を必要とするはずがありません」

「確かにそうですね。不可解だな……」


 ディギィルは顎に手を当てると、地図を見つめた。  


「それと、これまでと話題は変わるのですが、どうやら南部地方で首無し(ガァグ)の襲撃が相次いでいます。現在、第五軍が対応しているようですね」


 アトルの地図を指す指先が南へ動いた。


首無し(ガァグ)……。頭のないものたち(アケファロイ)のことですね。エルアエルにも、かつてこの地を支配していた古の王朝が戦ったという記録があります。恐るべき戦士だったと伝わっています」

「私も詳しくはないのですが、第五軍が苦戦しているのは間違いないようです。報告によれば、これまでにない各部族の連携がみられるとか」

「諸族を糾合する者が現れたということですか?」

「それは分かりません。我々も南部地方からの第一報を知ったばかりです。現在、南部地方の戦況がどうなってるのか、情報を集めています」

「もし首無し(ガァグ)が団結したならば、恐ろしい事になる……」

「はい。ウル・ヤークス王国は首無し(ガァグ)が分裂していたことで、何とか領域を守ってきました。もし、まとまった勢力になったのなら、古の伝説の悪夢がよみがえることになります」 


 小さく息を吐いたアトルは、指先を北へと戻す。


「イジェグは、南部地方へ大軍を向けるには適した土地です。私は、タウワーリ将軍がこの南部地方の騒乱に介入して、功績を上げるつもりなのだと考えています。しかし、南部地方へ進軍するためには演習のための兵糧だけでは足りない。そのため、秘密裏に兵糧をセーレヘナに集めているのではないでしょうか」

「タウワーリ将軍は首無し(ガァグ)の襲撃を予見していたと?」

「……その可能性は考えられます。何か掴んでいたのならば、軍務省に報告して、第五軍も襲撃に備えることができたはずです。しかし、報告はされることなく、彼らは、何が起きるのか分かっていたかのように準備を進めている」


 大規模な訓練は軍務省に届け出を出す必要がある。軍務省の許可を得て、軍を編成する準備の時間を考えると、首無しの襲撃よりも早い時期となる。タウワーリが首無し(ガァグ)の動静を掴んでいたのならば、以前からこの機を狙っていたのだろう。


「勿論、偶然であることもありえます。そもそも、他軍団の管轄地に勝手に援軍を送ることは許されません。第四軍は本来、王国西部を守護する軍団。その軍団が南部地方へ進軍するなど、大乱でなければありえません。辺地を侵す蛮族を討伐するために越境するなど、軍務省も許可しないはずです。タウワーリ将軍もそれは良く分かっているでしょう」」

「……もし、タウワーリ将軍が国を割るつもりならば、どうですか?」


 表情も変えずにディギィルが言う。アトルは微かに眉根を寄せた。


「内乱が起きると?」

「その可能性も考えておくべきです。ウル・ヤークス王国は、これまで大いなる信仰の下に団結し、勝利し、版図を拡大してきた。そして今や、成熟した大国として威容を誇っている。しかし、熟れた果実はやがて虫に食われ、腐り始めるものです。野心を抱いた者は、城壁の亀裂を見逃すことはない。エルアの地でも、幾つもの王朝が興り、滅んできました」

「その通りですね。永遠に続く平穏などありえないか……」

「そして、何もせずに平穏を手に入れることなどできない。その平穏を守るために、我々は力を尽くしているのではないですか?」


 ディギィルは両手を広げると微笑んだ。アトルもつられて笑みを浮かべると頷く。


「はい。……本当に、あなた方が味方でいてくれて心強い」

「それは私たちも同じ思いですよ。シアートの人々の強い団結があるからこそ、我々もそれを信じることができる。あなた方は、内海で最も誠実な取引相手だ」

「そうありたいと願っています」


 アトルは笑みと共に一礼した。


「アトル様。東より“鳩”が戻りました」


 扉越しの呼びかけに、アトルは振り向いた。


「通してくれ」


 その返答を受けて、素早く入室する男がいた。


 旅塵にまみれた男は、鋭い視線で室内を見回し、アトルに一礼した。


「ただいま戻りました」

「休む間もなく来てくれたのだね。ありがとう」


 アトルはそう言って杯を差しだす。男は礼を言って受け取る。“鳩”とは、シアート人が密偵を呼ぶ時の隠語であり、この男はタハトカに潜入して第四軍とタウワーリ将軍の動向を探っていた。


「それで、何があったんだね?」

「はい。それは……」


 男はディギルたちを一瞥して口ごもる。


「この人たちは大丈夫だ。一緒に話を聞いてもらう」


 アトルの言葉に男は頷くと口を開いた。


「先日、タウワーリ将軍が供の者を連れて、秘密裏にタハトカを出ました」

「秘密裏に? 第四軍と一緒ではないということか?」


 男は、アトルの問いを首肯する。


「……これは想定外な事態だ。タウワーリ将軍は、己の軍団を置いてどこに行こうとしているんだ?」

「西へ向かっています。仲間が未だ追跡中です。私はいち早くこれを報告しようとサトゥートへ向かいました。」

「西へ?」


 アトルは首を傾げた。タハトカの西には高原や砂漠があり、そしてそれを越えれば内海がある。


 戸惑うアトルの横を、イシュリーフが進み出た。男の前に立つと、流れるような動きで剣を抜き放ち、突きつける。小さな文字が刻みこまれた青い剣身が甲高い音を発した。


「何をする!」

「イシュリーフ、どういうつもりだ」


 声を荒げる男と、硬い表情のディギル。


「この男、つけられているな」

「つけられている?」

「そうだ。タハトカからここまで、この男についてきたモノがいる」

「そんなはずがない! 馬を駆って、荒野も峠道も越えてきたのだぞ。月の影以外、私を追って来る者などいなかった」

「気付かないのは仕方がない。ついてきたのは、人ではないモノだ」


 イシュリーフは、言葉と共に剣を突き出した。疾風のような切っ先が、男の顔をかすめて背後の空間に突き刺さる。その瞬間、甲高い金属音が発せられた。


 宙に染み出すように、巨大な姿が現れた。


 それは、人よりも一回りは背が高い。


 鳥のような姿をしているが、頭は無く、大きな羽毛が花のように円状に広がっていた。その中央に一つの巨大な目がある。金属的な光沢を帯びた翼以外にも、胸からまるで虫のような甲殻に覆われた足が二対はえていた。


「巣穴を探しに行ったが、逆にこちらの巣穴を探り出されたな」


 四本の足を細かく動かし、大きく翼を広げた化け物から目を離さずに、イシュリーフが言う。


 次の瞬間、妖魔が動いた。


 同時に、イシュリーフも男の襟首を掴んで後方に放り投げながら、横払いに剣を振るう。 


 鋭い爪と剣身がぶつかり、大きな音と共に弾けた。


 妖魔が翼を激しく打ち振るい、宙に舞い上がった、四本の足を次々と繰り出す。イシュリーフもそれに応じて剣を打ち合わせ、鋭い金属音が鳴り響いた。中空から襲いくる四つの爪を相手に、イシュリーフは目まぐるしく位置を変え、剣を振るい戦う。


 その動きはあまりに早く、アトルの目には追い切れない。激しい応酬の中、イシュリーフが足の一本を切り飛ばした。同時に、別の足がイシュリーフの腹を薙ぎ払った。その体は放り投げられた石のように飛び、中庭の茂みの中へ突っ込む。


 敵を排除した妖魔は、ゆっくりとこちらを向いた。


 虹色の大きな瞳に目を奪われる。恐ろしくも美しい。それはまるで宝石のように手を伸ばしたくなるような輝きを帯びている。イシュリーフは、沸き上る激しい欲求に駆り立てられて、一歩踏み出す。


 その瞬間、獣の咆哮が響いた。その恐ろしい叫びに我に返る。


「あの目を見るな! 囚われるぞ!」


 ディギルが叫んだ。


 千切れた葉を撒き散らしながら、茂みの中からイシュリーフが跳び出してくる。しかし、異様なことにその頭は人ではなかった。それは、牙を剥き出しにした狼そのものだ。


 人をはるかに越える跳躍で妖魔に迫ったイシュリーフは、羽ばたく翼に剣を振り下ろす。


 金属を断つ音と共に翼が切り飛ばされ、地に落ちた。妖魔の身体が大きく傾く。


 イシュリーフは、毛皮に覆われ、鉤爪の生えた手で残った翼を掴んだ。妖魔は足を繰り出してイシュリーフを突き刺そうとする。


 体を動かしてその足を躱しながら、避けきれない一本の足に噛みついた。翼を掴み、足に牙を立てたイシュリーフは、力尽くで妖魔の巨体をねじ伏せると、剣を巨大な瞳に突き立てる。 


 妖魔は激しく暴れるが、唸り声をあげながらイシュリーフがさらに剣をねじ込むと、やがて動きは衰え、そして止まった。花弁が落ちるように羽毛が剥がれ落ちていき、塵となって宙へと消える。すぐに、その巨体は消え去った。


 ゆっくりと立ち上がったイシュリーフは、剣を鞘に納める。狼の顔も人へと変化していき、袖からのぞく獣の毛も消えた。


「獣憑き……」


 人の顔に戻ったイシュリーフを見て、驚愕の言葉を漏らす。


 古代、山羊や猪、狼といった獣の霊を奉ずる蛮族たちは、半ば人、半ば獣の姿の恐ろしい戦士として各地を劫掠したという。今でもシアートやウルスの間では、獣憑きの蛮族が半ば悪霊や魔物のような存在として言い伝えられている。


「それは彼の前では言わないでくださいね。気を悪くしますから」


 ディギィルが微笑みながらも釘をさす。


「それは……、失礼しました」

「いえ、ウル・ヤークスには彼らのような人々は珍しいでしょうから、仕方ありません。エルアエルの周辺には、ああいった獣の精霊を祖とする諸族がいるのですよ。国を持つ者たちもいるのです。エルアエルでは、イシュリーフのような狼を祖霊として奉ずる者たちを、狼の民と呼んでいます」

「そうですか……。やはり、世界は広いですね」


 己の浅学を恥じながら、アトルは呟く。


「助かったよイシュリーフ」


 アトルに頷いて見せたディギィルは、こちらに来たイシュリーフに片手を上げて言う。イシュリーフも片手を上げて応えた。


「申し訳ありません! 不覚にも尾行に気付かず、アトル様や皆様を危険にさらしてしまいました」


 男が跪いた。アトルが答えようとする前に、ディギィルが口を開いた。


「仕方ありませんよ。魔術師や祓魔師でもないのに、あれに気付くことは困難だ。責めないであげてください、アトル殿」

「もちろんです」


 責めるつもりは微塵もないアトルは、頷くと男の肩を叩いた。


「あの妖魔は、初めて見た。ディギィルはあれが何か分かるか?」

「私も分からない」


 イシュリーフの問いにディギィルは頭を振る。そして、アトルに顔を向けた。


「古来より、標的に呪いや妖魔を送りつけ害する技はありました。それは石や矢を放つことに似て、術者が放てばそれで終わりです。しかし、この術は違う。標的を追跡し続け、然るべき時に姿を現わす。こんな高度な術式は聞いたことがありません。別荘襲撃の時の妖魔といい、タウワーリ将軍は、系譜や学派も分からない、恐るべき魔術師を召し抱えていることになります」

「……一将軍の幕僚というにはあまりに異質ですね」

「私は、彼への疑念が増しました」


 ディギィルの言葉にアトルは応えることができない。しかし、アトルの心中でも、タウワーリ将軍がウル・ヤークス王国へ二心を抱いているという疑いが生まれたことを自覚していた。


「問題はあの妖魔がどのような性質なのかということです。術者と繋がっていてこちらの存在を知られたのか。それとも独立して活動しており、こちらの存在を知られていないのか。それによって今後の対応が変わります」

「それを知ることは出来ないのですか?」

「残念ながら……」


 ディギィルが頭を振った。こうなると、未だタウワーリ将軍を追跡している残りの“鳩”たちの身が案ぜられる。


「各地の連絡を密にするしかありませんね。急ぎ、使いを手配します」


 そう言うと、不安を押し殺しながらアトルは立ち上がった。


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