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砂塵の王  作者: 秋山 和
彼らは嵐雲をのぞむ

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214/222

28

 ラアシュは、笑顔で応接室に入った。


「やあ、待たせてすまない」 


 長椅子に腰かけていたバールクは、眉根を寄せるとラアシュを睨み付けた。


「良い知らせと聞いたから、わざわざ出向いたのだ。私を失望させるなよ?」

「当然だとも。失望はさせない」


 ラアシュは笑みを浮かべたまま、バールクの対面に座った。


「我々は、あなたをずっと待たせてきた。そのことを申し訳なく思っている。まずはその事を謝罪させてほしい」


 バールクは、その言葉に目を見開いた。


「それはつまり……」

「察しが良いな。さすがだ、司教殿」


 頷いたラアシュは、背後に控えるカフラに手で合図した。一礼したカフラは手にしていた長く薄い木箱を二人の間の机に置く。


「長らく待たせたが、ようやく見付けることができた。これこそが、我々が探し求めていた物だ」

「聖遺物……」


 木箱を見つめるバールクの声は微かに震えている。


 カフラがゆっくりと木箱の蓋を取った。


 箱の中には、精緻な刺繍が施された絹布があった。それをまくると、簡素な意匠の剣が姿を現わす。


「これは……、何という力だ」


 バールクは目を見開いた。


「確かに、柄や鍔の(こしら)えは聖戦当時のものだ……。そして何より、剣から発せられるこの力は……」


 震える手が剣に伸びる。


 並の術者ならば、この剣から月光のような輝きと、美しい歌声を感じ取るだろう。しかし、その裏には灼けつくような闇と、呪いの声が秘められている。しかし、それは高度な術式によって隠匿されて、気取られることはない。


「さすがだな。私には、ただの古びた剣にしかみえない」


 ラアシュは感心した表情で言った。


「当然だ、私は司教なのだからな。お前には分からないだろうが、この剣からは、仄かに聖なる力を感じ取れる。聖戦の頃に、聖女王陛下が祝福した力に違いない。まさしくこれは、千金や貴石に等しい宝だ」


 バールクはふんと鼻を鳴らすと、得意顔でラアシュを見やる。


「全くその通りだな」


 ラアシュは頷いて見せるが、司教を語りながら聖遺物を財宝と同列に語るバールクの俗物ぶりに笑いをこらえていた。小さく頭を振った後、バールクを見つめる。


「私は多くの試練を経てこの地位にいる。古き一族の私でさえ、この地位に着くまでに小うるさい蠅どもに煩わされたのだ。他の地方から来たあなたの苦労は察するに余りある」

「……お前がそんなことを言うとは意外だな」


 微かに驚きの表情を浮かべたバールクに、ラアシュは微笑んだ。


「バールク司教……、私はあなたを尊敬しているのだ。ウルスの古き血族は余所者を嫌う。教会にも様々な一族が血縁を送り込んで口出しするだろうに、それを巧みに捌き、僧侶たちを導いている。これは、誰にでもできることではない」

「よく分かっているではないか」


 バールクは強く頷いた。


「あの愚か者どもは、何かにつけて古い血筋だの、伝統ある名家だのと持ち出してくる。そして、リドゥワ教区を意のままにして、アタミラの大聖堂に影響を及ぼそうとしているのだ。まったく、度し難い恥知らずどもだ」

「あまり大きな声で言わない方が良い。どこに耳があるのか知れないからな」


 ラアシュは、徐々に熱を帯びていくバールク司教の言葉を遮った。バールクは途端に冷静な表情に戻り口を噤む。ラアシュは言葉を続けた。


「聖俗の治と言いながら、実際には聖界は俗界へ大きな影響力を持っている。地縁の濃いこの地において、何のしがらみも無いあなたがリドゥワ教区をまとめてくれれば、私も思うように腕を振るうことができる。バールク司教、私には、あなたの力が必要なのだ」


 バールクは微かに口の端を歪めて頷くと口を開く。


「ああ、分かっているとも。共に手を取り、栄光の道を歩む。私は決してその約束を忘れてはいない。その道を歩むために、お互い敵は多い。気を付けねばならんな」


 ラアシュは笑い声を上げた。


「まったくだ。思わぬ小石に蹴つまずいて、共に断崖から転げ落ちないようにしなければ……」


 つられたように笑ったバールクは、視線を剣に落とした後、笑みをたたえたままラアシュを見た。


「この聖遺物の発見によって私の名声は高まり、教会においてリドゥワ教区はますます重要な教区となる。私もお前も、さらなる栄達の道を歩むことになるだろう」

「素晴らしい。リドゥワ太守として、今回のリドゥワ教区への対処は心苦しかった。ようやく力になれて、私もうれしいよ」


 微笑むラアシュの言葉に、バールクは満足げに頷く。


「“善き報せは風に乗せよ”というからな。早速、アタミラに報せてすぐに剣を送ろう」

「それは良くないな、バールク司教」


 ラアシュは手で制した。


「何だと?」

「よく考えてくれ。聖遺物の発見というのは大いなる栄誉だ。誰もがその業績を得たがるだろう」


 ラアシュの言葉を聞いて、バールクは眉根を寄せた。


「誰かに奪われると言いたいのか……?」

「その通りだ。あなたは才覚に溢れた人間だ。しかも、裕福なリドゥワ教区の司祭でもある。教会の上層にいる凡人は、あなたを妬み、恐れているだろう。そんなあなたが聖遺物を見出したという功績をあげれば、その威光は天まで届くものになる。それを望まぬ者は、聖、俗問わず数多いるはずだ」

「それは……」

「率直に言おう。あなたは失敗した。リドゥワ暴動の原因として、リドゥワ教区の失態はすでにアタミラに届いているだろう。そして、これがあなたを追い落とす良い機会だと考える者もいるはずだ。教会を意のままにしようとする古き一族の者たち。あら捜しをする大聖堂の人々。これまで、つまらぬ邪魔をしてきた愚か者たちの顔を思い出すといい」


 バールクの表情が歪んだ。


「この状況であなたは聖遺物を発見した。それは、失敗を挽回し余りある功績だ。しかし、敵対する者にとって有利な状況が覆る望ましくない事態となる。何としてでもその功績を無かったことにしたいだろうな」

「た、確かにその通りだ……。敵が、黙って見ているはずがない……」

「バールク司教。あなたは偉大な司教だ。あなたには、この栄誉を受ける価値がある。飛びまわる蠅など寄せ付けず、己の道を歩まねばならない」

「ラアシュ、私はどうすればいい」


 バールクが微かに震える声で聞く。


「……あなたが直接、誰にも報せず、秘密裏にアタミラまで持ち込むのだ」


 僅かな沈黙の後、ラアシュはバールクを見つめると、静かに言った。ラアシュの瞳が異様なまで拡大するが、バールクがそれに気付いた様子はない。


「聖遺物を隠し持ち、大聖堂まで向かう。そして、衆人の目のある場所で、自らが聖遺物を持ってきたことを伝えるのだ。理想を言えば、聖女王陛下に秘密を明かし、直接お渡しするのがいいだろうな。そうすればあなたの栄誉は誰にも奪われることはない」

「なるほど……、それは名案だ」

「くれぐれも誰にも報せずに、献上の品に紛れさせておくのだ。この布は、聖遺物の力を隠してくれる。くるんでおけば、誰にも気取られないだろう」


 ラアシュは、剣を包んでいた絹布を指差すと微笑む。


「そんな物まで用意していたのか?」

「これまでの経験で、備えるに越したことはないと学んだのだよ。私は、あなたのために助力は惜しまない」

「ラアシュ……」

「どこにでも目と耳があると思わなければならない。身近な者が裏切り者だということもありうるだろう。決して、誰も信用するな」


 ラアシュはバールクに顔を寄せると、囁くように言う。


「あなたの味方は私だけだ」




 バールクが木箱を抱え熱に浮かされたような表情で出ていった後、ルミヤとティアンナが入ってきた。二人とも、湯気が立つ杯と砂糖菓子をのせた盆を持っている。


「ラアシュ様、お茶をどうぞ」


 ルミヤがラアシュの前に茶を置いた。 


「ありがとう。ああ、いい香りだ」


 ラアシュは微笑むと杯を手に取る。


「司教殿もお喜びのようでしたね」


 カフラの言葉に、ラアシュは肩をすくめた。


「ここまでお膳立てしたのだからな。しっかりと目的を果たしてもらわねば、こちらとしても困る。……とはいえ、いささか心もとないな。バールクは功を焦るきらいがある」

「“中の者”に監視を強めるように伝えましょう」

「そうだな。危うくなった時に手を打てるように備えておこう」


 ラアシュは頷いた。そして、ルミヤに顔を向ける。 


「それで、碧眼の君は今、どうしている?」

「“新市街”と呼ばれている貧民街にいます。仲間たちを連れて、人々に施療しているようですね」

「あからさまだな……。もう少し慎ましく、密やかに誘ってくれるほうが私の好みなのだがな。情緒というものを重んじなければ、興ざめだ」


 ラアシュは嘆息すると小さく頭を振った。カフラは、苦笑すると答える。


「スハイラ将軍も、何とかラアシュ様を引きずり出したいのでしょう」

「その愛は嬉しいが、応えることはできないな。今は碧眼の君が気がかりだ」

「ラアシュ様にそのように想ってもらえるなんて、妬いてしまいます」


 拗ねた様子でルミヤが言った。ラアシュは微笑むと答える。


「すまないルミヤ。今はそなたの想いに応えられそうにもない。私の目は、碧眼の君の輝きに囚われているのだ」

「とても残念です。だけど、ラアシュさまのために、耐えて見せます」


 ルミヤは、芝居がかった仕草で胸に手を当てると、溜息をついた。


「ルミヤ、戯れるにしても場所をわきまえろ」


 カフラが顔をしかめる。 


「いいではないか。ルミヤはそこが可愛いだろう?」

「ラアシュ様も、お戯れは程々にお願いします」


 溜息をついたカフラを見て、ラアシュは小さく笑い声を上げた。そして、笑みをたたえたまま皆を見回す。


「そろそろ大聖堂の者たちも動き出す頃だ。いつまでも碧眼の君を放ってはいないだろう。あの陰の者たちが再び戻って来るのか。あるいは、教会として表立って追捕の者を派遣するかもしれないな」

「もしそうなれば、どうされますか?」

「勿論、味方をするとも」


 ティアンナの問いに、ラアシュは即答した。


「だが、残念ながら、私は嫌われてしまったからな。陰ながら見守り、舞台を整えるとしよう。彼女は嫌がるだろうが、あの力には、皆が仰ぎ見る壮大な舞台が相応しい」

「しかし、教会も黙ってはいないでしょうな」

「そうだ。だからこそ、碧眼の君たちにはもっと力を付けてもらう必要がある。主役を支える助演が必要だが、幸い心強い役者がそろっているからな。あと彼らに必要なのは、人々を舞台に引き寄せる名声だ」

「街の者たちに、彼らの良い噂を流します」

「富者たちにも名を届くようにしよう。何しろ、実力は本物だ。騙された、と騒ぐ者は出ないはずだ」

「承知しました」


 カフラ達は一礼する。


「熱心な支持者を集めた碧眼の君を、教会は認めないだろうな。迫害と狂信は別ち難い親子のようなものだ。教会と支持者の間で、反目が始まることになる」

「図らずも、ラアシュ様の望んでおられたように、碧眼の君は彼らの旗頭となるわけですね」

「彼女は不本意だろうがな」


 ラアシュは小さく肩をすくめた。


「碧眼の君を富や名声で繋ぎとめることが出来ないことはよく分かった。恐怖で支配しようとしても、手痛い一噛みとともに逃げられてしまうだろう。ならば、情や繋がりで縛るのだ。慈悲や信義を重んじることで、自ら絡め取られ、縛り付けられることになり、切り捨てることができなくなる。自分たちを信じる者たちに危機が迫った時、碧眼の君は黙って見ていることができるかな?」

「あの人は、見捨てないと思います」

 呟くようなティアンナの言葉に、ラアシュは頷いた。

「その時、我らは手を差し伸べよう。碧眼の君は、その手を取らざるを得ないはずだ」

「そしてラアシュ様の思い描く大望に近付けるのですね」

「ああ。西では大きな風が吹き始めている頃だ。我々も、東にも雲を呼ばなければならない」

「遅れるわけにはいきませんな」

「そうだ。だからこそ、バールクには期待しているのだ。あとは、あの(まが)い物をいつ大聖堂に届けるのか、それが難しい所だが……」


 バールクに贈ったあの剣は、大聖堂に大きな災禍をもたらすだろう。それによってアタミラに混乱が生じれば、覇業の大いなる助けとなる。しかし、それも同胞たちとの連携がとれてこそだ。ウル・ヤークスは広い。アタミラに大火が起きたとしても、他の地域が盤石ならば、ただの失火でしかなくなる。


 ラアシュが思いを巡らせていると、室外から声が届いた。


「ラアシュ様、失礼します」


 使用人の呼びかけにラアシュは応える。


「どうした」

「ラアシュ様、“北からの客人”がお越しです」

「……分かった、丁重にお迎えしろ」

「畏まりました」


 思いのほか早い到着に少し驚きながらも、ラアシュは使用人に幾つかの指示を下す。  


「今日は善き客が多い日だ。同胞たちに良い報告ができそうだな」


 この来訪が幸運の予兆のように思えて、ラアシュは笑みを浮かべた

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