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ルアンナの店の中。
落ち着いた雰囲気の掃除の行き届いた店内は普段は腹を満たすための客で賑わっているが、今は女が3人しかいなかった。
「それでは、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
アーチャとアリア、ルアンナは笑顔で酒の入ったグラスをカチンとぶつけあった。
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ケディが久しぶりの二日連休をもらって、その一日目。
たまたま雪が降っておらずに、よく晴れていたので、午前中は二人で雪降ろしと雪かきをして、午後から買い出しに街に来ていた。
トゥールに乗って中央広場近くを通っていると、大きな荷物を抱えたウィルと各々小さめの荷物を抱えたルアンナとアリアを見かけた。
ケディが彼らの方へとトゥールを向けると、向こうも気づいたのだろう。三人とも立ち止まってくれた。
彼らのすぐ近くにトゥールを止めると、ケディが地面に降り立ち、すぐにアーチャも降ろしてくれた。
「こんにちは。副団長様。アーチャさん」
「おう」
「こんにちは」
「こんにちはー」
「こんにちは!お久しぶりです。アーチャさん!」
アリアがとびきり素敵な笑顔で挨拶してくれて嬉しい。思わず顔が弛む。
「久しぶり。元気してた?」
「はい。風邪も一度も引いてないです。あの、アーチャさん、ご結婚されたんですよね?おめでとうございます!」
「あら!ありがとう」
「ウィルさんから聞いたんですけど、お式はしなかったんですか?」
「えぇ。この歳だからね。二人で適当に済ませたの」
「そうだったんですね」
「ねぇ。アーチャさん。よかったら一緒にお酒でもどうかしら?お祝いのパーティもしていないんでしょう?折角のお目出度いことなんですもの」
「あ……お祝いは別に……そのぅ……いい歳なので、どうにも気恥ずかしくて……」
「あら。気にすることなんてないわ。いくつになっても女は乙女なのよ」
「やー……ははは……」
「私も久しぶりにお酒飲みたいの。今日と明日は泊まりのお客さんもいないし。あ、なんならアリアと3人で飲まない?女だけで」
「あ、それは凄く魅力的ですね」
「いいですね!ルアンナさん!」
「じゃあ私の所で飲みましょうか。今夜は2階の部屋が全部空いてるし、泊まっていけばいいわ。なんなら朝まで飲みでもいいわよー」
「ルアンナさん、お酒強いんですか?」
「それなりに?滅多に飲まないけど大好きなのよ」
「はははっ!じゃあ、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
「勿論!あ、副団長様も泊まっていってくださいな。ウィルも今夜は泊りますから、お2人でお酒でもどうぞ」
「あぁ。じゃあ世話になる」
「はい。そうと決まれば、早速帰りましょうか。副団長様とアーチャさんは買い物は終わってるの?」
「俺も明日も休みだからな。明日で構わん」
「そうですか。じゃあ帰って早速酒盛りの準備ね!アリア。手伝ってちょうだい」
「はい!」
ルアンナが明るく笑い、アリアも楽しそうに頷いた。つられてアーチャも微笑んだ。楽しい酒が飲めそうな気がする。
何の酒や肴にするか、女3人でワイワイ話ながら歩くその後ろを、男2人が少し呆れた顔でついて歩いた。
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ルアンナが手早く作ってくれた美味しいツマミを食べつつ、女3人で賑やかに話ながら酒を飲んでいる。
「冬になって肌の乾燥が酷いんですよね」
「あら。カシラの実をお酒に浸けたものを塗るといいわよ」
「そうなんですか?」
「ルアンナさんからいただいて私も使ってるんですけど、お肌がしっとりしますよ」
「へぇ!」
「よかったら少し分けましょうか?毎年沢山作るから」
「いいんですか?」
「えぇ!勿論!」
「ありがたいです。カシラの実って確か秋口に出る果物ですよね。私でも作れますかね?」
「作れるわよ。簡単だもの。洗って拭いて水気をとって、後は蒸留酒に浸けるだけなの。1ヶ月くらいで使えるようになるわ」
「なるほど。次の秋は大量に作ります」
「この歳になると、どうしても肌が乾燥したり、小皺とかシミとか増えるものねぇ」
「そうなんですよねぇ……」
「アリアも若いうちからお手入れしておいた方がいいわよ。歳をとってから後悔するもの」
「はい。でも、お二人ともお肌がおきれいですよね」
「やー。だいぶ草臥れてるわよー」
「あらそう?アーチャさん、私と同年代とは思えないくらい若々しいじゃない。お化粧はしないの?」
「しないですねぇ。正直面倒で」
「あらぁ。ちょっと勿体ないわ。それにこれはあくまで私の持論だけど、女はいくつになっても美しくあろうとしなきゃ。じゃないと早く老け込むわよ」
「うっ……老け込むのは流石にちょっと……」
「でしょう?それにたまには副団長様の目を楽しませてもバチは当たらないわよ」
「えぇー?別に私が化粧してもケディは何の反応もしませんよ。熊だし」
「ぷはっ!」
「あはははっ!確かに副団長様って熊っぽいわよね!」
「アリアちゃんは最近どうなの?」
「え?何がですか?」
「モテてるんじゃない?会うたびに明るくなってどんどん素敵にキレイになってるもの」
「えっ!?そ、そんなことないですよ?」
「あらぁ。貴女目当てのお客さんも多いのよ?」
「えぇっ!?」
「気になる人とかできた?」
「あ、なんならウィルなんてどう?あれでも一応騎士よ?」
「え?え?」
「ウィルももう三十路間近だってのに全然結婚してくれないのよぉ。恋人だって連れてきたことないのよぉ」
「おや。ちゃっかり恋人つくってそうなのに」
「そう思うでしょう?それが全然なの」
「まぁ、仕事が忙しいってのもあるかもしれませんねぇ」
「そうかもしれないけど、いい加減結婚してほしいのよねぇ」
「アリアちゃん的にはどうなの?」
「ふえっ!?」
「うちのウィル。どうかしら?」
「え、あ、その、す、素敵な人とは思いますけど……私には勿体なさ過ぎます……」
「あら」
「おや」
アリアが酒精で赤らめていた頬を更に赤らめて、もじもじと手の中のグラスを弄った。おやおやおや?これは脈なしではない気がする。同じ事を思ったのか、ルアンナと目を合わせると、彼女も面白そう、且つ嬉しそうに目を細めていた。
「ウィルに頑張ってもらうわ」
「それがいいですね」
「へ?」
「「ふふふふふっ……」」
頬を赤く染めたまま、ポカンとしているアリアの前で、中年女2人はにんまり笑った。
ウィル次第では、中々に面白いことになるかもしれない。アーチャはなんとなくルアンナとカチンとグラスをぶつけて乾杯して、グラスに残っていたキツめの酒を一息で飲み干した。
「ねぇ。アリア。このお酒飲んだことある?」
「いえ、ないです」
「あ、それ美味しいですよね。ちょっとお高いけど」
「そうなのー。これも開けちゃいましょ」
「このお酒、干し肉とチーズが本当に合うんだよなぁ」
「わっかるわぁ。ほら。アリア。試してごらんなさいよ」
「はい……あ、おいしい」
「「でっしょー」」
ルアンナもアーチャと同じく完全に酒飲みのようだ。5年前に病で亡くなった夫とよく2人で飲んでいたらしい。
それからはひたすら酒の話になり、宿の食堂に置いてある酒や2階にいたウィル達を呼んで買いに行かせた酒を一通り試し、結局朝までずっとキャーキャー騒ぎながら、3人で酒を飲み続けた。
日が昇る頃には3人とも飲み過ぎで中々にグロッキーな状態になっていた。アーチャは殆んど寝ている状態で、アリアはぐったり椅子の背に凭れている。ルアンナもテーブルに突っ伏していた。
「……ねっむ……」
「うぅ……」
「……のみすぎた……」
2階から降りてきたウィルとケディに呆れた顔をされ、ウィル特製の劇薬のような二日酔いの薬を飲んでから、2階の部屋を借りて少し眠ることになった。アーチャはケディに運んでもらった。アリアとルアンナはウィルが各々の部屋に運んだ。
昨夜ケディが寝たというベッドにコロンと寝転がされる。枕から微かにケディの匂いがする。
アーチャはのろのろとした動作でベッドの側に立つケディを手招きした。
「……湯タンポ……」
「そんだけ酒飲んでたら普通に寝れるだろ。アンタが寝てる間に買い物すませとくわ。昼前に起こすから大人しく寝てろ酔っ払い」
「んー……」
ケディがアーチャの頭を優しく撫でた。やめろ。落ち着きすぎて寝てしまうだろうが。
アーチャはスコンと深い眠りに落ちた。
昼前にケディに起こされた時、寝る前に飲んだ劇薬もとい二日酔いの薬のお陰で、頭痛などは感じなかった。それなりにシャンとした頭と身体でケディと一緒に1階に降り、ウィルが作ったという軽めのスープとパンをアリアやルアンナ達とも一緒に食べた。
『楽しかったから、また一緒にお酒を飲みましょうね!』と笑顔で言うルアンナに、アーチャも笑顔で頷き、ケディと共に自宅へと帰った。
二日酔いにはなっていないが、まだ気分がすごく楽しい。ケディの後ろでトゥールに揺られながら、アーチャは小さく好きなブリティッシュバンドのナンバーを口ずさんだ。
「アンタ、それたまに歌ってるよな」
「んー?」
「アンタの故郷の言葉か?」
「私の世界の言葉だけど、より正確に言うと、私の故郷からすると異国の言葉」
「へぇ。アンタ異国の言葉も理解できるのか」
「べっつにー。得手不得手はあっても、私の国じゃ誰でも多少は分かるもんだし」
「ふーん。どんな意味の歌なんだ?」
「『自分らしく素直に生きればいい』みたいな感じの歌」
「へぇ。他にも歌えるのか?アンタの故郷の歌とか」
「どんなのがいい?」
「アンタが好きな歌でいい」
「んー……」
アーチャは少し悩んで、子役の台詞が有名なドラマの主題歌を歌った。アーチャは主題歌を歌う歌手が大好きで、何枚もベストアルバムを買っていたくらいである。
アーチャはケディにねだられるままに、何曲も歌を歌った。
家に着いて買ったものを片付けた後も、ケディが歌をねだってきたので、それからもまた何曲も歌った。
「……アンタの歌声いいな。いくらでも聞いていられる」
「そりゃどうも。私は眠い」
「まだ寝るなよ。せめて晩飯食ってからにしろ」
「んーー」
「すぐ作るから、その間に眠気覚ましに歌ってろよ」
「えー……次はどんなのがいい?」
「……なんか愛とか恋とかそんなのでいい」
「おーう」
アーチャは台所で料理をするケディの横に立ち、手伝うことなどせずに、ただ歌っていた。
夕食が出来ると、いつも通り2人で食べて、風呂を済ませてから、いつもより少し早めにベッドに潜り込んだ。
アーチャはケディの固い胸元に額をグリグリ押しつけて眠るのがすっかり癖になってしまっている。腰にあるケディの腕の重みも心地よい。
アーチャは大きな欠伸を1つして、そのまま夢もみない深い眠りに落ちた。




