俺の部屋の風呂場で、底辺人魚アイドルが「肉椎茸」を栽培していた件
俺の部屋の風呂場で、底辺人魚アイドルが「肉椎茸」を栽培していた件
キャルル特製の『人参マンドラのポトフ』で心身ともに満たされた俺は、食後の温かい陽薬茶を啜りながら、ふぅと深い息を吐いた。
「どうだった、ソウマ君? 愛情たっぷりマシマシだったでしょ?」
「あぁ、助かった。徹夜明けの胃袋には最高の特効薬だ」
「えへへ……♡」
俺が素直に褒めると、キャルルはウサギの耳をピコピコと揺らしながら、俺の汚部屋——もとい、彼女の手によってピカピカに磨き上げられた部屋で、上機嫌に食器を片付け始めた。
ヤンデレ気味な合鍵錬成村長に部屋を侵略された事実は頭の痛い問題だが、作ってもらったメシが美味すぎたせいで、強く出られない自分が憎い。
「さてと。腹も膨れたし、汗を流して寝るか」
スーツの上着を脱ぎながら、俺は立ち上がった。
俺のアパート『ポポロ・コーポ101号室』は、一応築浅の物件であり、バス・トイレは別だ。大宇宙管理局の激務を終えた後、湯船に浸かる時間は俺にとって至福の時でもある。
「あっ、ソウマ君お風呂? 私、背中流そうか!? っていうか一緒に入ろっか!?」
「却下だ。お前は洗い物が終わったら自分の家に帰れ」
キャルルの過激な申し出をスルーし、脱衣所へと向かう。
ガチャリ、と風呂場のドアノブに手をかけ、押し開けた。
——その瞬間、むわっとした湿気と共に、妙に香ばしい……まるで『上質なステーキ肉を焼く前』のような、生々しい匂いが鼻を突いた。
「……ん?」
風呂場の電気をつける。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
俺の真っ白なバスタブの中。
そこに、どこから拾ってきたのか分からない太い原木が数本、無造作に立てかけられている。
そして、その原木には、肉厚で赤みを帯びた奇妙なキノコが、びっしりと群生していた。
さらに。
「ふふふ……順調に育っていますわね。これで明日の食費も浮きますわ……♪」
その原木の前にしゃがみ込み、霧吹きでシュッシュッと水をやっている不審者がいた。
ルナミスデパートのワゴンセールで買ったであろう『ダサい芋ジャージ』に、『健康サンダル』という完璧なド底辺スタイル。
しかし、その顔立ちは、ぞっとするほど美しい。透き通るような青い髪と、深海を思わせる宝石のような瞳。
海中国家シーランの元・親善大使であり、現在は路上のミカン箱で歌うド底辺地下アイドル。
リーザ・シーラン・リヴァイアサン(16歳・人魚族)である。
「……お前、人の家の風呂場で何やってんだ」
俺が低くドスの効いた声で尋ねると、リーザは「ひぇっ!?」とカエルのような悲鳴を上げて飛び上がった。
「ソ、ソウマ様!? お、お帰りなさいませ! ち、違いますの、これはその……アイドルとしての新しいエコ活動のプレリュードと言いますか……!」
「嘘をつけ。どう見ても無許可の不法農園だろうが。ていうか、なんだそのキノコは」
「これは『肉椎茸』ですわ! 肉のように厚みがあって、焼いて醤油をかければ完全にステーキの味がする夢の食材……っ! ポポロ山のふもとで菌床を拾ってきたんですの!」
リーザは自慢げにふんすっと胸を張った。
確かに肉椎茸は、庶民にはありがたい美味い食材だ。だが、栽培場所が致命的に間違っている。
「却下だ。今すぐその原木を撤去しろ。俺が風呂に入れねぇだろうが」
「そ、そんなぁ! あと三日待ってくだされば、極上のステーキ丼が……! それに、このお風呂場、適度に湿気があって暗くて、キノコ栽培には最高の環境なんですのよ!?」
「俺の絶対聖域(風呂)を菌糸の温床にするな。……っていうか、根本的な疑問なんだけどな」
俺はこめかみを揉みながら、リーザを見下ろした。
「俺、家を出る時、確実に鍵をかけていったよな。お前、どうやってこの部屋に入ったんだ?」
キャルルはさっき『記憶を頼りに合鍵を作った』と言っていた。
まさか、このド底辺アイドルも同じ手を使ったのか?
「えっ? あ、それは……その……」
リーザは気まずそうに視線を泳がせた後、モジモジしながらジャージのポケットから、黒ずんだ奇妙な金属片を取り出した。
「こないだ、ソウマ様がテーブルに鍵を置いた時……ルナミスデパートの化粧室から拝借してきた『固形石鹸』に鍵を押し付けて型を取りまして……」
「……」
「公園で拾った鉄クズを、パチンコ屋の裏路地で拾ったヤスリで三日三晩削って、合鍵(ルビ:マスターピース)を錬成いたしましたの……!」
「……恐ろしいサバイバル能力だな、おい」
俺は思わず天を仰いだ。
どんな強固なセキュリティも、空腹のアイドルとヤンデレ村長の前では無力らしい。大宇宙管理局の特務執行官として、世界神の権限すら物理BANできる俺だが、物理的な『合鍵』の増殖には対応しきれていなかった。
「ソウマ様、どうかこの肉椎茸だけは見逃してくださいませ! 私、ここ三日間、公園の雑草サラダとパンの耳しか食べていないんですの……!」
リーザは俺の足元にすがりつき、涙目で訴えかけてきた。
シーラン国の王女という高貴な身分でありながら、アイドルという夢に取り憑かれた結果、彼女の年収は数千円。特技は『タローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と喧嘩して勝つこと』という、涙なしには語れない極貧生活を送っている。
「いや、泣かれても困る。俺は風呂に入りたいんだよ。ていうかお前、今日のご飯はどうしたんだよ」
「だ、大丈夫ですわ! 今日は献血カーに行って血を抜いて、粗品のハンバーガーをもらってきましたから、栄養はバッチリ——」
——ギュルルルルルルルルルルッ!!
リーザの強がりをへし折るように、彼女のペラペラに薄い腹部から、まるで獰猛な魔獣の咆哮のようなすさまじい腹の虫が鳴り響いた。
「あぅ……」
リーザは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにお腹を両手で押さえた。その瞳には、限界を迎えた飢餓感がどうしようもなく浮かんでいる。
(……チッ)
俺は、小さく舌打ちをした。
相手が理不尽なチート能力者なら、躊躇なく関節を極めて法外な違約金をもぎ取る。
だが、俺の【規約執行】は、飢えてお腹を鳴らしているだけのポンコツな美少女には、なんの役にも立たないのだ。
「……おい」
「ひゃいっ!」
「今すぐその原木をベランダに出して、風呂場を水で流して片付けろ」
「そ、そんな……私のステーキが……っ」
絶望で顔を歪めるリーザの頭に、俺はポンと手を乗せた。
「片付けが終わったら、着替えてこい。……ルナキンに行くぞ」
「えっ?」
「ステーキが食いたいんだろ。肉椎茸じゃなくて、本物のロックバイソンのハンバーグステーキを奢ってやる。……ドリンクバーもつけていいぞ」
俺がそう告げた瞬間。
リーザの深海のような青い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
「ソウマ様ぁぁぁっ!!」
「うおっ、バカ、鼻水つけんな!」
リーザは芋ジャージのまま、俺の腰に勢いよくしがみついてきた。
「あああ、ありがとうございますっ! 愛と富(Love&Money)の神様ですわ! 一生、一生ついていきますのーっ!」
「いいから早く片付けろ。気が変わる前にな」
やれやれ、とため息をつきながら彼女の頭を引き剥がしていると、脱衣所の入り口から、ジトッとした視線を感じた。
「……ソウマ君?」
エプロン姿のキャルルが、手にお玉を握りしめたまま、般若のような笑顔でこちらを見つめていた。
「ソウマ君……私には特製ポトフを食べさせておいて、他の女には高級ハンバーグを奢るんだ……? へぇ……そういうことするんだ……?」
「違う。これは人道的支援だ。ていうかお前が勝手にポトフを作ったんだろうが」
「私も行く! 絶対行く! ソウマ君の隣の席は私のものだからねっ!」
「……お前、さっきポトフ三杯食ってただろうが」
大宇宙管理局、カスハラ部・巡回調停官。
世界を滅ぼす魔王よりも、チートを振りかざすバカ勇者よりも。
俺の平和な睡眠時間を最も脅かすのは、勝手に合鍵を作って俺の101号室に居座る、このポンコツで愛の重い美少女たちなのかもしれない。
「……あー、明日も残業代、きっちり請求してやる」
俺の小さなボヤきは、深夜のファミレスへと向かう彼女たちの無邪気な歓声にかき消されていった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「合鍵を作るアイドル、サバイバル力高すぎww」
「風呂場でキノコ栽培は草」
「結局メシを奢って養ってやるソウマ、イケメンかよ!」
「101号室の日常、ずっと見ていたい!」
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次回第4話、
『世界神ルチアナが降臨。創造神がジャージ姿で「5万貸して!」と土下座してきた件』
に続きます! 今度は神様がタカりに来る!? 引き続きよろしくお願いいたします!




