第3話 美濃太田駅の、新橋の、あの子
スマホで「郡上八幡 川 飛び込み」と入れて検索してわかった。
ここでは小学生から高校生くらいまでの子が、橋から川に飛び込むのが夏の風物詩なんだそうだ。低いところから始めて、徐々に高さを上げていくそうだ。
こういうのを、「通過儀礼」って言うのかな。
そして最後に到達するの一番高いところがここ、新橋のようだ。
名古屋にそんな通過儀礼がなくてよかった。
誰か実際に飛び込まないかなと思ってしばらく橋のたもとで見ていたら、中学生くらいの男の子がやってきた。
欄干を乗り越えたので飛び込むのかと思ったら、その子はしばらく逡巡していた。
そこに、中年というか初老というか、そんな年代の男性が近づいてきて、男の子に声をかけた。
僕と同じく勘違いしているのかと思ったら、普通に少し話をして離れていった。
最後に「がんばって」という声が聞こえてきたので、どうやら励ましたようだ。
あのくらいの年の人から見たら、これから川に飛び込もうとする若い子はどう見えるのだろう。
若さがうらやましかったりするのだろうか。
それとも、無謀を諫めたいと思ったりするのだろうか。
若いからって、何でもできる訳ではないんだけどね。
僕なんて、高校1年の夏休みってもっと何かあってもよかったなあ、くらいしか考えていないのだから。これじゃ何もできないよ。
その男の子は、結局飛び込まずに橋のたもとから河原に下りていった。
でも、挑戦しようとしただけ、僕よりマシだと思う。
そういえば、さっきあの子が指さした看板、「不慣れな方等の無謀な飛び込みは厳に自粛されるよう警告します」と書いてあった。
僕がやったら無謀もいいとこだ。
その少し後には、さっきの男の子と同い年くらいの女の子の二人連れがやってきた。
二人も、欄干を乗り越えて少し逡巡していたけど、顔を見合わせて「3、2、1」と声を掛け合って、見事に飛び込んでいった。
みんな低いところから始めて練習を重ねているらしいけど、これ、本当に大丈夫なのだろうか。
僕は二人が飛び込んだ川面を覗き込んだ。
二人はすぐに浮き上がって、岸に向かって泳いでいった。
よかった、無事だった。
一安心したけど、やっぱり高いよ、これ。
スマホで調べたら、新橋は12メートルの高さ。建物でいうと5階くらいかな。
どうやったら、こんなところから飛び降りる度胸がつくのだろう。
飛んだ女の子二人はすごいけど、あの男の子だって、飛ぼうとしただけでもなかなかのものだよ。
郡上八幡に着いていきなり、「飛び込み」というパンチを浴びせかけられた僕は、この街のことを全然知らないことを思い知らされた。
さっき街のパンフレットをもらったけど、それだけじゃ足りない。まずはこの街のことをしっかり勉強できるところへ行かないと。
巡回バスを利用し、昔の税務署の建物を利用した、郡上八幡博覧館へ向かう。
博覧館は「博物館」と「博覧会」を合わせた施設だそうで、郡上八幡の魅力を、「水」「歴史」「技」「郡上おどり」のコーナーに分けて紹介している
郡上おどりの実演、楽しかったなあ。
博覧館を出て、柳町用水という用水に沿って歩く。
両側の家並みは日々生活している普通の家で、観光客の僕が歩くのはなにかお邪魔をしている気分になる。
家の前をきれいな用水がいつも流れているのは、気持ちよさそうだ。
しばらく歩いて吉田川にかかる橋を渡ると、食品サンプルの工房が見えてきた。
ここはさっき観光案内所で目をつけていたところだ。
もしできるなら、サンプル作成の体験をしてみたい。
幸い体験の枠が空いており、サンプル作りに挑戦できることになった。
しかも、お客さんは僕ひとりだ。
一対一で教えてもらえる。
作れるサンプルはいろいろあったけど、夏らしくかき氷に挑戦することにした。
インストラクターの方がやってきた。
あれ、あの子じゃないか。
美濃太田駅の、新橋の、あの子。
これからバイトって言っていたけど、これだったんだ。
向こうもびっくりした表情を見せた。
「はい、それでは始めていきます。私、市橋と申します。よろしくお願いします」
「あ、僕は関口と言います。よろしくお願いします」
くすっと、彼女が笑った。あ、僕は特に名乗る必要なかったんだ。
でも、これで彼女が市橋さんということはわかった。
彼女は白いボウルを差し出した。
「これがかき氷の元になります。プラスチック、正確にはビニール樹脂でできた氷と木工用ボンドが入っています」
これで話をするのも3回目だけど、彼女の口調はあらたまった感じになっている。
そうだよね、アルバイトの最中だからね。
ボウルの中には、どう見ても削った氷のようなものが入っている。
「これをこのスプーンを使って、全体がよく馴染むよう、よく混ぜ合わせて下さい」
僕は恐る恐るかき混ぜ始める。
「もっと力を入れて、切るように、ダマができないように混ぜてもらっていいですよ」
「あ、あの、そんなに力を入れたら、溶け・・・はしないか。粉々になったりしませんか」
また彼女がくすっと笑った。おかしいこと言ったかな。
「では、ちょっと指先で触ってみてください」
僕はまた恐る恐る人差し指で、氷・・・のようなものをつつく。
あ、ぷにぷにしている。そして当たり前だが、冷たくはない。
「ほら、大丈夫でしょう」
「本当だ。でも、どうみても氷だけど」
「それが長年築いてきた、郡上八幡の食品サンプルの技です」
彼女は胸を張って答えた。




