第4話 女の子に、重いって言っちゃだめよ
ほお、と僕はひたすら感心しながらかき氷の元をかき混ぜ続ける。
見た目氷なので、工作をしているよりは調理に近い感じだ。これでも家で台所は少し手伝っているんだ。
でも、スプーン越しの感覚もやっぱりぷにぷになので、何の調理に近いか聞かれても困るけど。
しばらくすると、全体がしっとりと馴染んできた。
「はい、パラパラの部分が残っていなければ大丈夫です」
彼女にOKをもらえた。
「次は温かいシロップをお持ちします」
かき氷なのに温かいシロップ。それじゃ氷が溶け・・・はしないんだよね。
彼女が持ってきた小さな紙コップの中には、緑色の、まさにかき氷のメロン味のシロップに見えるものが入っている。
「こちらには溶かしたゼラチンが入っています」
だから温かいのか。
「これを、このかき氷の容器に、紙コップの半分の量を入れて下さい」
そこは本当のかき氷と一緒で、まず容器にシロップを入れるんだ。
目に鮮やかな緑色のシロップが、容器の底に広がる。
夏らしいなあ。
「入れました」
「そうしたら、今度は氷がシロップに溶けている部分を表現します」
え、プラスチックだから溶けない・・・いや、そう表現するのか。
さっきから感心することばかりだ。
「スプーンで容器に半分くらいかき氷の元を入れて、スプーンのお腹で容器の壁に押しつけるようにして、せり上げて行きます」
お、僕の技量が試される番だ。
さっきのかき混ぜることより難易度が上がった。
容器に入れたかき氷の元を、またもおそるおそると、スプーンのお腹で容器の壁に押しつけていく。
彼女は毎日何人ものお客さんに接してきているのだから、ぎこちないお客さんも中にはいるだろう。上手なお客さんもいるだろう。
だから僕が上手にやったって、数多くのお客さんの中のひとりにしかならないのはわかってはいる。
だけど、そこはどうしても同年代の女の子の前ではいいところを見せたい。
なので、慎重に慎重に、きれいにかき氷の元を容器の壁に押しつけていく。
「はい、そこであえてムラを作ると、より自然な感じに見えます」
僕の努力(と見栄)はどこへ行った。
「うーん、なかなか難しいなあ」
「うん、それを感じてもらうのも体験なんですよ」
彼女は得意げに、ちょっと砕けた感じでそう言った。
僕はうまく彼女の術中にはまったようだ。
パンフレットによると、郡上八幡での食品サンプル作りの歴史は90年にもなるそうだ。
なので付け焼き刃の知識を使って、ちょっと僕も反撃したい。
「郡上八幡の食品サンプル作りの歴史は九十年になるそうですね。市橋さんにも歴史の重みを感じます」
「そんな。私は高校に入ってからのバイトなので、まだ5ヶ月。しっかり研修は受けたけど」
「あれ、そうしたら高校1年生?僕もそうです」
少し年上かなと思っていたが、それは心の中にしまっておこう。
彼女が、自分がどう見えたいと思っているのかわからないし。
「女の子に、重いって言っちゃだめよ」
あ、失敗したか。
でも、同学年ということがわかったからか、そこからはやりとりも、よりフランクになった。
「じゃあ、壁もできたことだし、次は残りのかき氷の元を盛り付けていくよ。底の方は少し押しつけた感じで、上の方はふんわりとした感じで盛っていってね」
押しつけることはそんなに難しくはないけど、ふんわりと盛ることは難しい。
90年とは言わないけど、人の手による技が必要だ。
食品サンプルって、そうした技の積み重ねなんだな。
本物のかき氷だと、削られた氷を容器を回しながらうまく受け止めていくと、自然とふんわりしそうだ。(いや、それも本当は難しいのだろう。かき氷屋さん、ごめんなさい。)
しかし、これは木工用ボンドを混ぜたプラスチックだ。
手で形を整えたいところだが、手にくっつくので、基本的にはスプーンで盛りながら、ふんわり丸く形を作っていく。
「このあと上からシロップをかけるんだけど、シロップは温かいから氷がちょっと縮むんだ。だから気持ち大きめに盛っていくといいよ」
何事も経験だなあ。確かに本物のかき氷でも、シロップをかけると少し氷が溶けるから、その前にかなり盛大に氷を盛っているもんな。
よし、こんなもんだ。
「はい、よくできました」
花丸もらっちゃった。
「じゃあ、さっきの残りのシロップをかけていくよ」
ここまでくれば出来たも同然だ。
で、お約束のように、ここで僕は失敗する。
容器の手前にはきれいにシロップをかけられたが、向こう側にかけたシロップは氷の表面を滑り落ちて、容器からこぼれてしまった。
本物の氷とはここでも勝手が違う。
「あ、シロップ追加持ってくるね」
彼女はこぼれたシロップもきれいに拭いてくれた。
追加でもらったシロップでは、さすがに僕も同じ失敗はせずに、きれいにシロップかけを完遂することができた。
「最後に、サクランボを載せて出来上がり」
サクランボのお尻に木工用ボンドを付けて、かき氷のてっぺんに慎重に載せた。
慎重に載せたのは、最後にまた失敗をしたくなかったからだけでなく、このかき氷サンプル作りの時間が終わるのが惜しかったからだ。
「きれいにできたね」
彼女は満面の笑みで褒めてくれた。
「表面が乾くのに半日、中まで乾くのに2日かかるので、気を付けて持って帰ってね」
そう言って彼女は僕の「作品」を丁寧に箱に入れてくれた。
「お客さん・・・関口さんはどこまで帰るの?」
ちゃんと名前覚えていてくれたんだ。
「名古屋まで。そんなに遠くないし、乾いてなくても壊さないで帰る自信はあるよ」
「そうだったね。今日もう帰るんだった。美濃太田駅で1日フリー切符を勧めたっけ」
それも覚えていてくれたんだ。




