第2話 川に飛び込もうとしていたんじゃないんですか
定刻に、列車は美濃太田駅を発車した。初めての列車に乗るのはワクワクする。
窓側の席に座って、車窓の風景を眺める。
長良川鉄道といっても、最初から長良川が見える訳ではない。しばらくは郊外の景色が続く。田んぼが多い。
でも、僕は退屈はしない。僕は田んぼの景色を見るのが好きなんだ。特に夏も終わりかけなると、稲穂が実って頭を下げ始めている。
それを見ると安心するんだ。
お米を作ってきた先祖代々のDNAのなせる技かな。
それに、そんな普通の景色も、初めての列車から見ると新鮮に見える。
美濃太田駅から40分ほどの湯の洞温泉口駅に近づくと、左手に大きな川が見えてきた。これが長良川だ。
そしてここからが、この列車のハイライトだ。
この列車は、「ゆら~り眺めて清流列車」といい、橋の上とか、川に寄り添うところとかの、景色のよいところで徐行をしてくれる。
スマホの地図ソフトで見ると、長良川は右に左に蛇行している。
長良川鉄道は長良川に沿ってはいるけど、完全に沿おうとすると線路がとんでもなくくねくねになってしまうので、沿いきれないところでは橋で何度も川を渡っている。
なので、長良川が車窓の右に現われたり左に現われたりする。
「偉大なる田舎」と言われる名古屋だけど、さすがに街中にこんな光景はない。
僕は車窓の景色に夢中になっているけど、普段乗っている人にはこの景色はどう見えるのだろう。
例えば、さっき駅で声をかけてくれた女の子とか。
列車に乗るときにちらっと見たけど、僕の席からは離れた後ろの方に座っているみたい。
長良川鉄道にずいぶん詳しいみたいだから、車内でもいろいろ解説してくれるかと思ったけれど、そんなことはなかった。
僕から声をかけていたら?
そんなことができたら、彼女くらいできているよ。たぶん。
景色を楽しむうちに、列車は郡上八幡駅に着いた。美濃太田駅から1時間20分、あっという間の鉄道旅だった。
駅の外に出ると、さっきの女の子が車に乗るのが見えた。親御さんが迎えにきたのかな。
これで、「ひと夏の出会い」は終了っと。
全然落胆していない僕は、街中を巡るバスの時間まで、駅を「探訪」した。
待ち合いスペースに木のベンチが並んでいる。カフェもある。
「赤ちゃんの駅」という、授乳やおむつ替えのスペースがあることは、将来のために覚えておこう。
トイレが新しくてきれいなのは、観光地の駅としては大きなポイントだ。
そうしているうちにバスが来た。
街中を少し走った先の、新橋という橋の近くのバス停の前に、郡上八幡旧庁舎記念館という施設がある。
ここには観光案内所があるし、食堂もあるので、まずはここで、情報収集とお昼ご飯だ。
パンフレットをもらったり、お昼ご飯を食べたりしてから記念館を出て、すぐ前の川、吉田川を橋から眺めようと、新橋に向かう。
あれ、女の子が欄干から川を覗き込んでいる。
美濃太田駅で声をかけてきた、あの子に見える。
何をしているのかと気になって見ていたら、欄干をまたぎ始めた。
まさに川に飛び込むかのような。
「危ない!」
思わず声が出て、僕は彼女の元に駆け寄る。
その声が聞こえたのか、彼女は欄干の内側に戻る。
「危ないじゃないですか!」
「え?」
「川に飛び込もうとしていたんじゃないんですか」
やっぱりあの子だ。髪にスイカの飾りがある。
「え、いや、今日は飛び込まないよ。これからバイトだし」
今日は?
「あれ、さっき美濃太田駅で会ったね。郡上八幡は初めてって言ってたっけ。もしかして、何か勘違いしてる?」
勘違い?
川に飛び込もうとしていた割に、彼女はあっけらかんとしている。
「みんなとは言わないけど、夏になると、ここの子は橋から川に飛び込むのよ」
飛び込む?
「いや、でも、こんな高いところから?どうして?」
「どうしてって言われても。みんな昔からやっているし、どうしてかは考えたことはなかったわね」
そ、そうなんですか。
「とにかく、そういうのじゃないから。心配してくれてありがとね」
バイト行かなきゃと言い残して彼女は足早に立ち去ろうとし、一瞬こちらを振り向き、欄干に掲げられた大きな看板を指さして言った。
「君は飛び込んじゃだめよ」
言われなくても、僕にはそんな度胸はないです。




